第五話 エルフのお姫さま、狙われる

 王への謁見は何事もなく過ぎた。何があるかと身構えていたドロシーであったが、ひとまず安心である。

 この後はフィルとリーネがそろって城下町を歩く。具体的には、衛兵によって交通規制が敷かれた道を通って、フィルが街の中央噴水広場を案内しながら一回り見物。その後、大通りへ抜け、途中にある衣料品の名店スノウシルクに立ち寄ることとなる。

 二人が街を歩く様子は規制線の外側から見ることができる。今はドロシーも大勢の見物人に紛れた位置に陣取り、広場を歩く二人を見守っているところだ。


「お上品だね」


 コットンの声がした。

 見れば、ドロシーのすぐそばに立つコットンがいた。今は姿を消していないが、見物人と紛れた位置であるし、問題はないだろう。


「でも、いつまでそれが続くかなー?」


 コットンはニヤニヤ笑いを浮かべて腕組みをしている。明らかに今から何かを仕掛けるつもりである。


「一体何をするつもりですか」

「まーまー、見ててよ」


        *


 フィルは王族としての立ち振る舞いをよく教育されている。今回の行事が人間族とエルフ族の交流を対外的に見せるためのものであることも理解している。こうして広場をただ歩いて回っているだけに見えても、重要な仕事なのだ。


「えっと、リーネ殿下、こちらの噴水は、四代目国王が造られたもので、城下町で一番大きく、こっ、国民の憩いの場所として……長らく親しまれて、ええっと……なんだっけ……!」


 事前に覚えてきた紹介文を必死に思い出す。衆目が自分たちに集まっている中、緊張で頭の中がいっぱいになっていた。

 フィルが外国の要人と一人で相対するのは、実はこれが初めてである。いつもならば文官の横に座っているだけだし、ドロシーも近くにいるのであるが、あいにくとドロシーは離れたところで待機だ。


「緊張していますね」

「す、すみません」


 緊張でがちがちのフィルに対し、リーネの表情は穏やかだ、歩き方にぎこちなさもない。他所に来ているのはリーネの方なのに、立ち振る舞いはフィルの方が下である。見た目も同じくらいの子供であるし、年齢も変わらないと聞いていた。王族としての大きな差に、フィルは自分が情けなくなった。


「わたし、殿下と仲良しに……じゃなくって。ええっと、お近づきになりたくて、たくさん練習をしてきたんですけど」

「ふふっ、私も貴女と仲良しになりたいですよ」


 にっこりと微笑みかけるリーネに、フィルのこわばりも少し解きほぐされたようだった。方に入っていた力が抜け、落ち着いて話を聞くことができた。


「それから、私のことはリーネと呼んでください」

「リーネ、ちゃん?」

「ええ。では私も、フィルちゃん。これでよろしいですね?」

「う、うん!」


 フィルが頷くと、リーネも頷き返した。


「いいですね。それでは、誰かが作った原稿なんて忘れて、ここから先は周りを気にせず、ご自分の言葉で案内してくださいな」

「原稿だって分かってたの?」

「もちろん。必死に思い出しながら読んでいるのが丸わかりでした」

「あはは……」


 フィルは少し恥ずかしくなって頭を掻いた。余計な小細工がお見通しなら、素のままでやればいいのだ。その方がきっとうまくいくし、リーネもそれを望んでいる。フィルは心が軽くなった。


「さあ、次はどちらへ――……っ!」


 リーネは突如言葉を詰まらせた。

 歩みが止まり、表情が少しこわばる。


「リーネちゃん?」


 リーネは一瞬だけうつむいてスカートの前、股間の辺りへ手を動かしたが、すぐに姿勢を正すと、何事も無かったかのようにフィルへ笑顔を向けた。


「ごめんなさい。ちょっと躓きそうになってしまって。もう大丈夫です」


        *


「む。耐えた?」


 ドロシーの隣で、コットンが呟いた。

 コットンはリーネへ向けて下着魔法を放っていた。無論、魔物を軒並み殺すような凶悪な技ではなく、きちんと威力を調整したものであるようだが。


「何をしたのです?」

「強制的に発情するように魔法をかけたはずなんだけど、すぐに打ち消された」


 一瞬ではあるが、ドロシーの目はリーネの不審な挙動を見逃さなかった。隣でコットンが魔法を行使したタイミングと合うので、魔法はかかったのだろう。しかし、リーネはすぐに体勢を持ち直し、今は何事も無かったかのように広場を去るコースへと戻っていた。


「今のがハイペリオンの力かな」

「その可能性が高いでしょう。彼女自身の資質による部分もありそうですが」

「動揺しなかったのはたいしたもんだね」


 ハイペリオンの防護、そして手加減されていたことを考慮しても、瞬時のリカバリーは大したものだ。気品ある立ち振る舞いを、よく鍛えられているのだろう。


「いいね。これは久しぶりに燃えてきちゃったよ。ふふふっ」


 コットンが狂気を孕んだ視線でリーネを見据えた。

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