第六話 エルフのお姫さま、パンツを濡らす
広場を出たフィルとリーネは、大通りを抜けて高級衣料品店スノウシルクへ入っていった。王族御用達の名店がコースに設定されているのは、文化レベルで張り合いたいからなのであろうか。もしそうであれば、虚飾を廃するエルフ相手には的外れもいいところである。
コース考案者の思惑がどうであれ、ドロシーの狙いは変わらない。リーネのパンツ、正確にはそこに使われている希少素材ハイペリオンの葉である。
「今度こそ目に物見せてやるんだから」
「貴方、遊んでいるだけでは?」
全て任せろと言われたから任せてみたが、ドロシーには成功のビジョンが見えなかった。そもそも計画の詳細も聞かされていない。
「しつれーな。ちゃんと作戦は考えてるんだから」
「どのような?」
「パンツがぐしょぐしょに濡れたら脱ぐでしょー? かんぺき!」
「……」
ほとんどノープランに近い作戦に、ドロシーは呆れて言葉を失った。
仮に脱いだとして、その下着は側近の誰かに渡されるだけでこちらに回ってくることはないだろう。
ドロシーの冷たい視線などどこ吹く風。コットンは今回の仕事を大層楽しんでいるようだ。
「ほらほら、わたしたちも店に入るよ」
「きちんと姿を消していくように」
何を言っても無駄そうな雰囲気を感じ取ったので、最低限の注意だけして、ドロシーも後に続いた。
*
店の中に入れるのは、フィルとリーネを除けばドロシーとエルフ側の衛兵だけだ。ドロシーが店内に来てくれたことと、衆目が無くなったことで、フィルは少し緊張が和らいだ。
「わたしのお洋服はね、全部このお店で買ったものなんだよ」
「私はあまり服飾に詳しくありませんが、とても華やかな雰囲気を感じます」
「えへへ。まあ、わたしがお店に来ることはほとんどないんだけどね」
「そうなのですか?」
「うん。わたしの服はみんなお店に並んでない特注だし、着る服を選ぶのも、ドロシーだから。あっ、ドロシーってうのは、わたしのメイドさん」
そう言って、フィルは壁際で待機しているドロシーを示した。リーネと共にそちらを向くと、ドロシーも気づいて会釈を返してくれる。
「そうですか。でしたら、その方はフィルさんのことをよく分かっていらっしゃるのですね。今日の服もよく似合っております」
「うん! とっても頼れる人だよ」
ドロシーは自分よりも自分のことを分かっているのではないかと、フィルは時々思う。生まれた頃から一緒にいるわけではない。それでも、ドロシーのいない生活など、今では考えられなかった。
「リーネちゃんにも専属のお手伝いさんいるのかな?」
そうフィルが問いかけるが、リーネから返答が無かった。どうしたのかと様子を窺えば、リーネは立ち止まり、少し俯いて顔を赤くしていた。内股にした脚が小刻みに震えている。
「だいじょうぶ?」
体調が悪いのだろうか。そう思って話しかけると、引きつった笑顔を見せながら、返事が返ってきた。
「だい、丈夫、です……っ! んんっ……!」
明らかに大丈夫そうではない返事にフィルは少し狼狽えた。ドロシーやフィルの護衛が控えている位置とは少し距離があるので、気づかれていないのだろうか。
ドロシーは相変わらず顔を赤くしたまま、両手で股を抑えて身体を震わせていた。
*
「んふふふふふふふふふっ。効いてる効いてる」
いくら姿を隠していても、みっともないニヤけ顔が容易に想像できる声でコットンが笑う。
ドロシーとコットンの二人は店内の壁際に寄ってフィルたち二人の様子を窺っていた。コットンの声が漏れても困るので、リーネの護衛とは少し距離をとっている。
「ここから成功までのビジョンが見えませんが」
「ドロシーはバカだねー。ここは服屋だよ? きっとびちゃびちゃになった下着の替えを買うに決まってるよ。そしたらその隙にエルフのパンツを盗めばいいね」
「そんなうまいこといくわけないでしょうが……」
遠目に見てもリーネの様子はおかしい。ガクガクとした足の震えは徐々に大きくなり、紅潮した顔には涙すら浮かんでいるようだ。衣装が白いので分かりにくいが、確かに濡れているのは分かった。
コットンがどれほど強力な魔法をかけたのか不明だが、ハイペリオンの加護を貫通するくらいであるから、相当なものだろう。
コットンは楽しそうだが、あまり良い状況ではない。リーネの護衛兵も様子の変化に気づき始めている。妙な外交問題に発展したらたまったものではない。ドロシーはあくまでも秘密裏に事を進めたいのだ。
「ここまでです。あちら側の護衛にも声をかけて、退店しましょう」
「ええー? ここからが面白いのにー」
「貴女の愚策には付き合っていられません。後で私の作戦を伝えますので、その通りにしなさい」
コットンにそう告げると、ドロシーはリーネの護衛へ声をかけるべく、歩き出した。
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