第七話 エルフのお姫さま、トイレに逃げ込む

 結局、体調不良を理由にしてリーネは退店。予定よりも少し早めに、関係者の皆で王城へと向かう運びとなった。ドロシーにしてみれば当然の結果であり、コットンがなぜこれで上手くいくと思ったのか想像もつかなかった。

 王城への道すがら、ドロシーはコットンに問うた。


「貴女は『北風と太陽』という寓話をご存知ですか?」

「知ってるけど?」

「無理に脱がせようとしても効果はありません。いくら下着が濡れたからといって、公共の場でパンツを脱ぎ捨てる姫君はいませんから。それに、今回の下着は特別製。ただの布とは違うのです。強引に奪ったとなれば、後で外交問題に発展しかねません」

「じゃー、どーしろっていうの?」


 頬を膨らませてぷりぷりと怒るコットンに、ドロシーは簡潔に告げた。


「決まっています。自らの意志で譲っていただくのです」


          *


 一行は王城へと到着した。

 王族参加の食事会はつつがなく行われ、いよいよ王女同士の交流の時間となった。

 リーネはフィルの私室へと招かれ、ドロシーたち護衛の面々は別室にて待機中だ。


「で、これからどうするの?」


 部屋の隅に陣取ったドロシーに、透明化したコットンが問いかけてきた。ドロシーは視線を動かさぬまま、小声で伝える。


「姫さまの部屋の近くまで行きます。屋外から回り込みましょうか。窓から中の様子を窺うことができますので」


 フィルの私室は城内でも高い位置に造られており、回り込むには壁伝いに行く必要があった。しかし、高度な精霊魔法の使い手であるドロシーには容易いこと。土の魔法を使って壁に小さな足場を設置して易々と窓際まで移動した。


「よく打ち解けているようですね」

「エルフ姫の方はすっかり元の調子に戻っちゃって、つまんないのー」


 窓の向こうでは、フィルとリーネが談笑している。

 コットンの言う通り、リーネの様子は先ほどまで強力な下着魔法に暴露されていたとは思えないほどの自然体であった。それでも店からここまではドロシーも同行してきたので、着替える暇は無かった。いまもリーネの下半身は濡れに濡れたハイペリオンの下着に包まれているはずである。これも加護のなせる業か。


「下着魔法には、特定の人物に向けた情欲を刺激する技もありますね?」

「あるけど」

「よろしい。それでは作戦を始めましょう」


          *


「――それでね、これもドロシーが作ったんだよ」

「まあ、とてもよく出来ていますね」


 フィルが持ち出した一抱えもある大きな馬のぬいぐるみを、リーネが褒めた。

 フィルは立場柄、同世代の友人に乏しい。まして、厳重に警備された王城の私室に招くことのできる者などいない。フィルはこうしてリーネを部屋に迎え入れられたことが嬉しくて饒舌になっていた。


「あ、ごめんね。なんだかずっとわたしばっかり喋ってるね。わたしの部屋にお友達を呼べることなんて普段ないから、つい……」

「構いませんよ。フィルちゃんのお話はとても楽しいですから。それに、私もその気持ちはよくわかりますので」

「リーネちゃんも?」

「ええ。私も同じ年頃の子のお部屋にお邪魔する機会はありませんでしたから。こうしてフィルちゃんの部屋でお話を聞いているだけでも、とても新鮮な気持ち、に……っ!」

「リーネちゃん……?」


 途中まで穏やかに喋っていたリーネが、突然言葉を詰まらせた。顔は上気し、全身を小刻みに震わせている。顔を伏せて何かに耐えているようであった。見れば、また両手で股の辺りを押さえている。


「おトイレ?」

「は、はい。すみません、お、お話し中に……んんっっ!」

「ううん。部屋を出て、左の突き当りの方にあるよ。でも、ほんとにだいじょうぶ……?」


 フィルがリーネの顔を覗き込むと、リーネは一際頬を紅潮させて顔を逸らした。


「だ、大丈夫です。ちょっと、都会の空気に、あてられただけ、かと、思うのっ、で。んあっ……!」


 所々言葉を詰まらせながら、ゆっくりと立ち上がるリーネ。

 腿をすり合わて震えに耐えながら、なんとか部屋の外へと出て行ったリーネの背を見送ったフィルは、トイレを我慢するだけでここまでになるだろうかと心配に思うのだった。

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