第四話 ようこそ、エルフのお姫さま!

 コットンとの打ち合わせから三日後の朝、エルフの一団はシルクノシタギアへやってきた。

 一団といっても、エルフの姫リーネ、文官が五名、その護衛兵士が十名だけの少人数だ。


 今回の訪問は人間族とエルフ族間の文化的な交流が健在であることを公に示す大切な機会である。要人訪問の知らせは広く布告されており、美しいエルフ族の姫が訪れるとあって、城下町は歓迎ムードにわいていた。

 リーネを一目見ようと、馬車が通る道には多くの人々が押し掛けて、沿道から手を振りながら歓迎の言葉を投げかけている。


 馬車の向かう先は王城だ。今、ドロシーはフィルと二人並んで王城の前に立ち、馬車の到着を待っている。ここからは見えないが、馬車の窓からはリーネが沿道へと手を振って歓迎に応えていることだろう。


「ドキドキしてきちゃった……」

「大丈夫ですよ。姫さま。私がついております」

「うん」


 やがて馬車は王城の前に停まる。護衛が扉を開けると、いよいよ彼女は姿を現した。

 膝のあたりまであろうかという銀の長髪が、風に流れて揺れた。新芽を思わせる優しい緑の瞳が日の下で輝いている。背丈はフィルとさほど変わらないようだ。小柄で細い体は、まだまだ森の小枝といったところであるが、馬車から地に下ろした足取りは高位のエルフにふさわしい気品に満ちており、将来森を支える巨木となるであることを予期させる。

 そして外見的な特徴がもう一つ。多くの人間族と比して、三角に尖り気味の耳だ。銀髪の中から少し覗くそれが。彼女がエルフ族であると物語っていた。


 森の民は過度な装飾を好まないということはドロシーも知っていたが、リーネの身にまとうシンプルな白のドレスがそれを肯定していた。しかし、それは地味というわけではない。機能美に優れた高品位の物であることは一目瞭然であった。


 エルフは長命なうえに、若々しい外見を長く保つことも知られている。見かけだけで年齢の判断がつきにくい種族であるが、リーネに関しては実年齢十歳とのことなので、フィルとほとんど変わらない。


 リーネはゆっくりと階段を上り、フィルの隣に立った。ドロシーは一歩引いて跪く。

 愛らしい二人の姫君が並んで眼下へと手を振ると、民衆からの歓声が一層大きくなった。


 その時、ドロシーの耳元で小さな声がした。


「へぇー。この子がエルフのお姫さまかあ。ふふふっ、かわいいね」


 コットンだ。ドロシーは焦ったが、姿勢は変えないまま小声で呟く。


「どこにいるのです?」

「ドロシーの横。だいじょーぶだよ。姿は消してるからね」


 さすがは大悪魔。そんな芸当もできるのかとドロシーは少し驚く。しかし、あまり危ない真似はしてほしくなかった。心臓に悪い。


「二人のこの後の予定はー?」

「国王陛下への謁見の後、城下町を少し回ってから城へ戻り、姫さまとの交流になります」

「おっけー。じゃあ、また後で。楽しくなりそうだね。ふふっ。ふふふっ……」


 不気味な笑い声を残し、コットンの気配が薄れて消えた。姿が見えないのは相変わらずだが、作戦のために別の場所へ移動したのだろうか。


――すべて自分に任せろと言っていましたが、大丈夫でしょうか。


 リーネのパンツ素材抽出作戦について、ドロシーはいくつかの案を出そうとしたが、なんとコットンはそれを拒否。全部自分に任せろと提案してきた。詳細は未だ明かされていない。


 手を振り終えた二人の姫は、並んで王城へと進む。ドロシーも立ち上がって後に続いた。

 とにかくこの後のどこかでコットンが独自に仕掛けるはずだ。ドロシーとしては上手くいくことを祈るばかりである。


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