第九話 雨に濡れるパンツ

 ついに本番の時が来た。

 強行軍の練習ではあったが、フィルは持ち前の才覚と学びの姿勢によってインゴム族伝統の踊りを体得していた。

 大雨は極まり、土砂災害が各地で多発していることから、祭事の決行が決まったのだ。

 ドロシーとしては、フィルの実力に一片の疑いも無い。ただ、サンダーバードという危険の前に大切な姫さまを出さなければならないこと。これだけが懸念事項である。


「姫さまたちが踊る間、必要最低限の者以外は儀式場に一切立ち入らないよう取り決めてもらいました。余人の前に姫さまの下着姿を晒すわけにはいきませんからね」

「うんうん」

「あとはサンダーバードへの対処ですが、さすがに私一人では手に余ります。協力してもらいますよ、コットン」


 フィルたちが儀式場へ向かう影で、ドロシーとコットンは最後の打ち合わせをしていた。今回やるべきことは多い。


 フィルたちの踊りを成功させ、災害を止めること。

 サンダーバードの脅威からフィルを守ること。

 そして、サンダーバードからパンツの素材を確保すること。


「最悪、姫さま以外の二人はどうなっても構いません。無理そうなら切り捨ててもよしとします」

「血も涙もないね。ドロシーの欲望に忠実なところ、だーい好きだけど、人が死ぬのはイヤだから、何としても守るけどね」

「ええ、もしもの事があれば、姫さまが心を痛めることは分かりきっています。不本意ですが、可能な限り守ってやるとしましょう」


 儀式場は洞窟の外だ。踊りのために設えられた石造りの舞台にフィルたち三人が上ってゆく。ドロシーは舞台の脇に急拵えで建てた簡素な雨除けの小屋に控えている。弱々しい木製のそれは激しい風に軋み続けて、今にも吹き飛びそうだった。

 雨除けにはドロシー以外にも二人、太鼓の奏者が収まっている。最低限、儀式に必要な者として同席を許したのだ。


 容赦ない雨風が叩きつけ、空には稲光が頻繁に輝いていた。


「準備はよろしいですか!」


 風の音に負けないよう、大声でフィルに問いかける。激しい風のうなり声の向こうから、微かに「大丈夫!」と返事が聞こえ、気丈に手を振る姿も確認できた。


「始めなさい」


 ドロシーが太鼓奏者に指示を出すと、腹に響く太鼓の演奏が始まる。


 ゆっくりとしたリズムに乗って、フィルたちの踊りも動き出した。フィルの踊りは流れるように穏やかで、一つ一つの動きに柔らかさを感じるものになっている。元々担当であったリネンも同じ動きをしていた。この穏やかさは好天の空を表しているらしい。


 一方で、アサの動きはというと、荒々しく激しい。動きには力強さとキレのよさが目立つ。キビキビとした動きと止めのハッキリした踊りは、担当する衣に合わせて雷の鋭さと強さを意味するらしい。


 神鳥の衣が表すのは空を統べるサンダーバードの二面性ということだ。フィルの持つサンダーバード素材のパンツが柄違いで二枚も用意されていた理由にも頷ける。


「さすがは姫さま。素晴らしい踊りです」


 ドロシーの視線は自然とフィルの腰回りへと吸い寄せられてゆく。

 フィルは大雨の中でパンツ一枚。当然、びしょ濡れだ。緩やかな動きで腰を回すと、べったりと尻に貼り付いたパンツがシワを作り、慎ましやかな体のラインを露わにする。そして遅れて回り込んできた長く美しい金髪がそれを隠すのだ。


 前、後ろ、前、後ろ。踊りに合わせて回る体が、パンツの前面と後面をドロシーの視界に次々と届けてくる。下着で水遊びなどする歳ではないフィルである。当然、濡れたパンツを穿いた姿を見る機会はドロシーといえどほとんど無い。それが今、びしょ濡れのパンツ一枚で踊っている。普通ならば恥ずかしくてとても出来ない、恐らく今後一生見る機会のないであろう秘儀。


 煌めく髪の向こうに垣間見える青空のパンツと、濡れた生地の向こうに有るはずの秘境に思いを馳せる。

 水を吸って、踊りの動きにパンツの端が縒れる。柔肌に貼り付き、時には捲れ、時には食い込み、刻一刻とその姿を変えるパンツのシワは、まるで空を漂い形を変える雲のごとく自然で自由であり、フィルの奔放さとも重なって――


「ドロシー」

「何です。今良いところ――」

「来る」


 フィルの下着踊りに集中していたドロシーは、コットンの言葉に意識を呼び戻した。いよいよ正念場らしい。


 重い雨雲に久方ぶりの切れ目。眩い薄明光線を背後に、雷を纏う巨鳥が舞い降りてきた。

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