第十話 サンダーバード

 光芒を背後にしたサンダーバードは恐ろしいほどに神々しかった。羽ばたきと共にバチバチと空気が鳴って、地上のドロシーたちに威圧感を与えてくる。怒りの表れかも知れない。

 サンダーバードは悠々と降下しながらも、鋭い目はフィルたちへと向けられている。踊りの出来を見定めているのだろうか。


 ドロシーはフィルたちの方へと目を向ける。

 三人とも少し表情が硬くなったようだ。特にフィルが顕著だ。目の前に神鳥が降臨したのならば無理もない。むしろ、踊りを中断しなかったのは大したものだ。


「もう少し頑張ってください。姫さま」


 このまま何事もなく踊りが済んで、サンダーバードが満足してくれたら豪雨の問題は万事解決だが、ドロシーとコットンにはそれ以上の目的がある。


「羽と雷……」


 フィルの替えパンツの材料が必要だった。集めるべきは羽と雷。必要な材料は二種類もある。羽はともかく、雷なんてどうやって採集すれば良いのだろうか。しかし、伝説級のサンダーバードにまみえる機会など、人生で二度あるか分からない。逃すことなど考えられなかった。


 その時、緊張が災いしたか、フィルの足がもつれてしまった。リズムを崩してつんのめるフィル。それを見咎めたのか、サンダーバードの瞳が厳しく光り、雷の音が強くなった。ドロシーの勘が危機を告げる。


「いけない。防ぎなさい、コットン!」

「任せて!」


 コットンがスカートの裾をはためかせながらふわりと飛び上がり、フィルたちを庇う位置に陣取った。それと同時、サンダーバードを取り巻く雷が最高潮に達する。


「アンリーシュ・ザ・マッドネス――」


 コットンが魔法を発動するより先に雷が迸った。空が一瞬白く光り、轟音と共にコットンを撃つ。伝説の神鳥と下着の大悪魔、どちらが格上なのか分からないが、少なくとも今の一撃は効いたらしい。ボロボロになったコットンが力なく墜落してゆく。


「上出来です、コットン。姫さまは……!」


 そんなことよりもフィルのことだ。

 ドロシーが舞台上に目を向けると硬直して空を見上げるフィルがいた。コットンが盾になったので攻撃は免れたようだったが、さすがに驚いたのだろう。アサとリネンも同じような状態だった。

 どうすべきか迷っていると、横に立つアサが真っ先に我に返り、呼びかけを始めた。


「しっかりしなさい! 神鳥様はまだ見ているのよ!」


 確かに、サンダーバードは一撃を放出して怒りが落ち着いたのか、今は羽ばたきながら舞台を見下ろしているだけだ。

 発破をかけられて、二人の目にも気概が戻った。再び呼吸を合わせると、舞の続きを始めた。どうやら問題なさそうだ。


 その後、舞が終盤へ近づくにつれて空の雲が薄くなっていった。雨足が弱まり、風も穏やかに変わった。次々に現れる雲の切れ間から光が降り注いで、舞台を照らし出す。そして雨が完全に止むと同時、久方ぶりの青空と同じく晴れやかな三人の笑顔と共に舞は終わった。


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