第一章 目覚めよ、下着の悪魔

第一話 もう限界です。姫さま

 フィルが体を拭いている。バスタオルで体を拭いている。

 風呂上がりの体からは温かい湯気が立ち上り、洗い清められた肌は瑞々しい。長い髪を伝う湯の一滴は、まるで恵みの雨のよう。


「ふぅー」


 風呂上がりのリラックスした、それでいて上気した表情がドロシーの情欲を激しく揺さぶる。

 フィルは体を拭き終え、タオルを脇に置いた。束の間、フィルを覆う布は一切が無くなり、ドロシーの目の前にフィルの完全な裸体が飛び込んでくる。このシタギア王国で……否、この地上で最も愛らしく、最も高貴で最も可憐なる姫君の艶肌。

 ドロシーの喉が鳴る。指が無意識に震えてフィルの方へと伸びかけるが、残っている理性でなんとか押しとどめる。


――いけない。いけない。それをやってしまったら、すべてが水の泡……。

「ドロシー?」

「は、はい! なんでしょう」


 フィルに呼びかけられ、ドロシーは正気を取り戻す。


「着替えを」

「あ、失礼しました。どうぞ」


 ドロシーはあらかじめ用意していたフィルの新しい下着を手渡す。


「ありがとう」


 にっこりと微笑んだフィルはそれを受け取って穿いた。するすると脚を上っていく綿の布から目を離せない。

 続いて手渡したネグリジェによって肌が覆い隠されると、ようやくドロシーの興奮も静まった。


「ドロシー、だいじょうぶ? なんだか顔が赤いよ」

「大丈夫ですよ。さあ、お部屋に戻りましょう」

「本当に? それならいいのだけど……」


 フィルは本当に心配してくれている。それだけにドロシーは後ろめたくなった。しかし、近頃はその後ろめたさすら興奮の材料になりつつある。


        *


 フィルを部屋に戻した後、ドロシーは急ぎ足で脱衣所へ戻り、恒例の儀式に臨んだ。


「姫さま、姫さま、姫さまっ! ああああっ!」


 天を仰ぎながら、フィルの脱ぎたてパンツを自らの顔面に押し当てる。今宵のメインディッシュは桃色の生地に桜の花びらが舞う、暖かで可愛らしい柄だ。

 パンツを顔に押し付けたまま深呼吸をすると、心が満たされて、頭の中に桃色の桜吹雪が舞い踊った。ここは天国だ。パンツの中の天国だ。こうしている間だけ、ドロシーは天国へ到達できる。


 興奮が絶頂に達し、ドロシーの視界に火花が弾けた。

 膝から崩れ落ちる。抑えようもなく涙があふれ出し、心臓が激しく脈打った。


「もう、限界です……。このままでは、ダメになる……!」


 ドロシーはよろよろと立ち上がると、洗濯籠を持ち上げる。当然、フィルの着替えを洗濯係へと手渡すためだ。しかし、洗濯場へ向かうドロシーの足がぴたりと止まる。


――これを洗濯係に渡せば、また明日の夜まで姫さまの下着に触れられない。姫さまの可憐で清純な秘密に触れられない。


 明日の夜まで。実に二十四時間。二十四時間もある。


――ああっ、頭がおかしくなりそう!


 ドロシーは無意識のうちに洗濯籠に手を突っ込み、フィルのパンツを手に取る。そのまま手が自分のポケットへと動いてゆく。これを持ち去ってしまえば、いつでも姫さまと共に……。


「ダメに決まってるっ」


 すんでのところで思いとどまる。

 そんな愚行、一瞬にしてバレる。ドロシーは今の地位を失い、フィルは悲しむ。あってはならない。

 もう迷っていられない。かねてよりの計画を実行に移す時が来たのだ。正気を失う前に、なんとかしなければならない。

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