第18話 第一夜~確信

 オレは月明かりで、ほんのりと照らされている廊下を抜け、エレベータへと乗り込む。いつも通り『1』と書かれたボタンを押し、ガラス張りの壁越しに、外を眺める。若干の浮遊感を感じながら立ち尽くしていると、不意にエレベーターが止まり、扉が開く。そこには艶やかな黒髪を携えたスーツ姿の女性が立っていた。


「菜月さん、どうしたんですか? こんな時間に?」


 カツカツという音が狭い金属の箱内に響く。彼女は扉を閉めるボタンを押しながら、オレの方へと視線を向けた。


「島外での緊急の要件が入ったの。不本意だけどね」


 菜月さんは溜息をつきながら、長い黒髪を手で払う。見るからにお疲れのようだ。


「そうですか……。あまり無理をなさらないようにしてくださいね」


「ありがとう。でも、大丈夫よ。このくらい慣れっこだもの。一宮君は自分の心配だけしてなさい」


 彼女はにこりと優しげに笑い、オレの頭を軽く撫でる。全くこの人は……。オレは照れ臭さを感じ、扉の方へと視線を逸らす。すると、タイミングよく、エレベーターは一階についたのか甲高い音と共に扉は開いた。気恥ずかしい気持ちに後押しされ、足早に出口へと向かう。多分、菜月さんの顔には今、笑みが浮かんでいるんだろうな。そんなくだらない予想をしていると、それを証明するように後方からこぼれるような笑い声がほんのりと聞こえてくる。


「それじゃあ、また明日ね」


 凛とした通りの良い声が、エントランスに響く。オレは片手をあげて返事をしておく。そのままビルを出ると、居住区に向かって歩き出す。輝く月を見上げながらポケットからスマホを取り出し、一応の警戒を響に促しておく。


「さて、帰ってどうするかな……」


 思わず独り言が口から出る。今更だが改めて考えてみると、さっき話した話題をステラの前で出すことは不味い。彼女自身が東さんに口止めしていたのだから、当然と言えば当然だ。あまりの情報量に、頭がパンクしてしまったのかもしれない。まあ、菜月さんにも言われたことだし、取り合えず今は明日を乗り切ることだけを考えるとしよう。話はそれからだ。


 自分の心境の整理を終え、ステラが待っているであろう家に近づいていく。ロックを解除し、中に入ると、ソファでくつろいでいる少女の姿が目に入る。その格好は何故か、オレの就寝用のシャツとズボンを身に着けている。何だかそんな彼女の様子を見て、気が抜けてしまう。真面目に、色々と考えていることが馬鹿らしく思えてしまうほどに。オレが気の抜けた表情をしていると、ステラはこちらを見てにこりと笑った。


「おかえりなさい。お風呂とこの服、いただいたわ」


「……ああ、そう。別に構わない。ここにあるものは好きに使ってくれ」


 まあ、言わなくても多分使うが。そう思いながら冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し、口をつける。喉を潤すとステラと少し間隔をあけ、ソファーに腰かけた。


「それで、何の話だったのかしら?」


「……ただの確認だよ。オレの意識のな」


「そうなの? てっきりこの調査の件かと思っていたけど」


 そう言って、ステラはスマホの画面をオレの方に向けてくる。そこには今日起きた爆破事件の調査データがまとめられた資料が映っていた。オレは自分のポケットからスマホを取り出し、確認する。確かに、同じものがオレのところにも送られてきていた。流石ボス、誤魔化す材料も作ってくれるとは……。ありがたく使わせてもらおう。


「あー、そう言えばその話もあったな」


 慌てて資料を流し読みながら、状況を把握する。よし、いけそうだ。


「だが、結局のところ老師の死体は修復してしまったし、武器の出どころも老師自身に渡されていた護身用のもの。相手の手の内を探れるものは何もなかったようだぞ」


「まあ、そうね。彼らも馬鹿じゃないから証拠を残すようなことはしないのは最初から分かってる。でも、これ見て」


 ステラが次に見せてきたのは老師と神谷さん、二人の詳細なプロフィールだった。それには名前に顔写真、身長、体重、血液型、そしてEコードの仔細すべてが記述されている。これに何かあるのか?


「ここから分かる共通点から考えると……」


 彼女は二人の事件の真相予測を語り始める。数分も経たず告げられた真実は、筋道は立っていても、確証の持てない程度の空想のように感じた。


「だが、それが確実とは……」


「焦らない。これも見て」


 ステラが指さしていた資料の項目は、ついでのように末端に記されている、あの部屋にあったトマトジュースの解析結果だった。確かにこれは……。


「私の予想も、絵空事ではなくなるでしょ?」


 自信満々の笑顔で彼女はそう告げた。その宝物を自慢げに掲げる子供のような表情は、若干ムカつくが気にしないようにしよう。誇ってもおかしくない発見なのだから。


「これが本当だとすれば……」


 オレは同意を求めるように、視線をステラへと向ける。すると、彼女は力強く、うなづき、嫌らしく口角を上げた。


「ええ、いるでしょうね。この島に見えない鼠が」

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