第30話 第二夜~最強
――午前零時十八分
「やはり、ワタシの<
嘲るような笑みを浮かべるベータにステラは笑い返す。自信と優越を含んだ笑みを。
「……なるほど。あなたたちは出来損ないなってわけね」
まるで周囲の気温が下がったかのような凍える視線がステラに向けられた。ベータの燃えるような怒りは、凍てつく殺意に変わったようだ。見開かれた瞳に宿る渦巻く憎悪が、それをありありと物語っている。
「何を言ってるのですか? 無様に腕を壊された木偶が……」
吐き捨てられた罵倒を受けても、ステラの余裕の表情は崩れない。
「<
――静寂。
二人の少女の視線が重なり合う。疑念と同情の感情が混ざり、意識の共有が行われているのであろう。天成教をお互い知っているからこその沈黙。ベータはごくりと唾を呑み、ゆっくりと息を吐く。
「……あなたに言われるまでもありません。それとも……手でも抜いてくれるのですか?」
必死に冷静さを保とうとしているが、ベータの声は震えている。いくつもの感情がぐちゃぐちゃに混じり合った魂の叫びがこだまする。それはステラの心情さえも揺さぶっているのか、彼女の表情を曇らせた。だが、その変化も刹那の間だけ。ステラの覚悟を持った敵意が、二人の少年少女へと向けられた。
「無理ね。私にも譲れないものはあるから」
ステラの心情が理解できるからか、柔らかい笑みがベータから零れ落ちる。
「だと思いました。まあ、端から期待はしてませんが。それに、あなたにもし敵意がなくとも、ワタシたちはあなたを容赦なく殺します。それだけが唯一の生き残る道ですから」
ベータは手の中に青い光球を浮かべ、ステラ目掛けて放った。
「私もそうだと思ったわ」
ステラは足元のアスファルトを無理やりはがし、盾にした。砕かれた灰色の欠片が煙幕のように舞い上がる。ステラはその粉塵に紛れ、開けた広場に向かって走り出す。駆ける音を聞きつけ、ベータも走り出す。
「待て! ベータ」
ガンマから強い静止の声がかかるが、銀髪の少女の足は止まらない。ガンマは軽く舌打ちをし、ベータを追いかけていく。
「おい! ベータ。追う必要はないだろ。ここで適当に島へ打撃を与えれば奴は戻ってくる。こちらの有利を押し付けろよ」
「確かにその方が正しいと思うわ。天成教の一員としてはね。でも、それじゃダメよ」
「なんで?」
「強さの証明にはならないからよ」
ベータの真剣な表情でガンマを見つめる。見慣れぬ深刻な表情せいか、ガンマは姿勢を僅かに正した。
「どういうことだ?」
「さっき<
「分からないだろ、そんなこと。あいつが適当に言ってるだけかもしれない」
「でも、思わない? アルファを取り戻した後、消されるかもって」
饒舌に語っていたガンマの口は引き結ばれ、沈黙が流れる。無言の肯定を受け、再びベータが口を開いた。
「でしょ? だから、ワタシたちの力を出来るだけアピールしておいた方がいいわ。どうせ、あの人はこの戦況も見てるだろうから」
「……分かった。だけど、このまま追いかけるのは悪手だぞ。わざわざ逃げるってことは確実に何かあるぞ」
「だから、このままの距離は保ちつつ、攻撃を続けましょう。もう少し行けば、直接重要施設も狙える。さっきみたいに島の防御に力を割かせて……その隙を今度こそ仕留める。いいわね」
「了解。気を引き締めていくぞ」
「言われるまでもないわ」
方針の決まった二人は、ステラと十分な距離を取って追走していく。下手な攻撃も加えず、出方を見るようだ。ステラはちらりと後方に視線を送るが、気にせず足を動かす。数分ほどの追いかけっこも終わり、開けた広場のような場所でステラは足を止める。ベータとガンマも周囲を警戒しつつ、ゆっくりと速度を緩めた。
「随分、慎重なのね」
「当たり前です。先ほどの攻防で、あなたが一筋縄ではいかないことはよく分かりました。念入りにあなたの神経を削らせてもらいますよ」
ベータは一際輝く、エネルギーの塊を浮遊させる。その光は夜闇を照らす月のような美しく、怪しい魅力を放っていた。
「やる気を出してもらったとこ悪いけど……もう終わらせるわ」
「いくらあなたでもそれは――」
「無理だと思う? でも、あなたたち忘れてるんじゃない? 地の利は私にもあるってことを」
ステラが右手を上げた。瞬間――
――広場そのものが空へと飛びあがった。
まるで巨大なエレベーター。ビルなんて余裕で追い越し、地上三百メートルもの高さに三人は持ち上げられる。あり得ない現象を目の当たりにし、ベータもガンマも目を丸くしていた。
「どうかしら? これで私の枷はなくなったわよ」
恐ろしいほどの圧力が、ステラから滲みだす。鎖を引きちぎった獣が、その本領を発揮しようとしている。
「まさか、島を守るはずのあなたが自ら壊すとは……。それに、これほどの力を瞬時に引き出すなんて!」
ベータは嵌められたことを悔やんでいるのか、血が滲むほど唇を噛んでいる。自分の発言がこの最悪を招いたことに、責任を感じているのだろう。
「この程度、許容範囲内でしょ。島の機能を維持できれば十分。ああ、言っておくけどあの場で私はEコードを使ってないわよ。寧ろその逆、力を消したの」
ベータとガンマはステラの意図が分からず、浮かべられた微妙な表情が、手元の光球に照らされている。二人の顔を見てステラは仕方ないと言わんばかりに口を開く。
「気分がいいから説明してあげる。あなたたちが勘違いしてる私の力について」
「勘違い?」
「そうよ。私の力はただの念動力じゃない。正確に言うと……世界に新たな力の法則を作り出す能力ってところかしら。惑星に重力が働くみたいにね」
何気なく告げたステラの言葉にベータは赤い瞳を露にする。
「そんな情報、天成教からは……」
「ま、戦闘にはあんまり関係ないから流されたのかもね。でも、今回みたいに上と下、二つの力を相殺するように作っておけば罠にもできるのよ。消すのは手軽だしね」
意気揚々と語るステラに、ベータとガンマは鋭い視線を送っている。二人の瞳にはまだはっきりと濃厚な殺意が籠っていた。『World Error』の真髄を知ってなお、戦意は挫けなかったようだ。
「もう勝った気でいるみたいですが、勝負は終わってないですよ」
「残念だけど、私が終わりと言ったら……終わりなのよ」
空間が歪み、夜空さえも呑み込む黒い何かが出現する。その物々しい存在感に二人は絶句し、立ち尽くしている。
「簡易的なブラックホールのようなものよ。本物よりはずっと弱いけど、吸い込まれたら死ぬから気をつけなさい」
ステラはにやりと妖しく笑い、引き寄せられていくベータたちを見つめる。ガンマは勢いに抗い、黒点と自分たちの間に壁を作り出す。だが、その力は凄まじく、打ち上げられた広場もろとも二人を吸い寄せる。呑まれ、一瞬にして存在が消える灰色の破片を見たせいかベータの指先が震える。
「呆けるな、ベータ! あれを破壊するんだよ。それしかこの状況を打開できない。浮かべてるその球は飾りか!」
苦しそうなガンマの声が響く。強力な引力に必死に耐えているのだろう。徐々に壁もひび割れはじめ、その面積を減らしていることからも分かる。
「で、でも……」
「言い訳はいい。生きるも死ぬもどうせ一緒だ。君の矛がダメなら諦めて、共に死んでやる。だから今は……ありったけを絞り出せ!」
ベータは相棒の魂の言葉に感化されたか、真っ直ぐに力の根源へと目を向けた。
「いくよ、ガンマ。攻撃の余波に負けないでよ」
「当たり前だ。全力を注いでくれ」
ベータの周囲に浮かんでいた光球は、目もくらむほどの凄まじい光量を放つ。 その姿は太陽と見間違うほどだ。一点に凝縮された破壊の光は、黒い塊へと一直線に注がれる。青と黒の破滅が混じり合い――弾けた。
二つの力は暴風と衝撃に形を変え、何事もなかったかのように姿を消した。壊れかけの盾の上で、ベータとガンマは安堵のため息をついた。
「中々頑張ったわね」
儚げな表情をしたステラが、どこからともなく現れる。その手は打ち鳴らされ、二人の健闘を純粋に称えているようだった。ベータもガンマも咄嗟に戦闘態勢を取ろうとするが、ぴくりとも体が動かない。呼吸もままならないため、苦しげに顔を歪めている。
「ま、それでも殺すんだけどね」
ステラは人差し指を振るうと、二人は同時に咳き込む。
「戦いは私の勝ち。あなたたちはこれから死ぬわ」
「まだ……」
「もう無理よ。Eコードを使える余力もないでしょ」
「……」
「でも、私もあなたたちにはほんの少しだけど同情しているわ。だから、死に方くらいは選ばせてあげる。実現できそうならだけど。何かある?」
ヘラヘラと笑うわけでもなく、真剣な表情で二人に問う。ベータが思案する中、ガンマがいち早く口を開いた。
「二人で死なせてくれませんか?」
意外な願いにステラは面食らったような表情を浮かべた。若干、彼女の頬は緩み、柔和な声が響く。
「へえー。なるほどね。じゃあ、これでどうかしら?」
ステラは二人の体を操作し、抱き合わせる。
「十分です」
「あなたは?」
ステラはちらりとベータに視線を向ける。
「これで構いません。ワタシに権利はありませんから」
「そう。それじゃ……さよなら」
二人の体はミサイルのように海面へ向かって打ち出された。着弾地点は仄暗い海。数秒後、必然の死が彼らを襲うだろう。
「ごめん。ボクは君の盾にはなれなかった」
「それはこちらのセリフよ。ワタシの矛じゃあの人には届かなかった」
お互いに口角が少し上がる。その後、間もなく海は高い高い水柱を作り出した。しぶきが雨のように降り注ぎ、いくつもの波紋が広がる。
「……悪いわね。私はあなたたちも守れるほど強くないのよ」
静かな海を見下ろしながら、ステラはぽつりと呟いたのだった。
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