第31話 第二夜~正体
――午前零時十六分
オレはビルの長い長い階段を上っていた。いつもはエレベーターを使うところだが、今は少しでも危険は避けるべきだからな。それに、目指すのは最上階ではなく、十五階にある通信室だ。若干の疲労感を感じながらも、止めることなく足を動かす。
そして、無事に目的地へとたどり着いた。よし、ひとまずは安心か……。オレは一度深呼吸すると、厚い扉の取っ手を捻り、ゆっくりと引く。予想通り、そこには菜月さんがひとり座っていた。彼女の目の前にはモニターが置かれ、周りにも数々のコンピュータが並んでいる。PPAの通信室というだけあって、設備は国家の機関にも負けないだろう。
オレは現状を口頭で伝えようと、菜月さんへ近寄ろうと歩き出した。紺色のカーペットのおかげで足音もしないはずだが、彼女はくるりと頭をこちらに向ける。
「あら? 永遠君? てっきり響君が来たのかと思ったわ」
菜月さんは液晶に映し出された赤い点を見ながらそう言った。通信機の電波からそれぞれの位置を監視していたからか。オレは右耳につけた小型の通信機をトントンと叩く。
「これ、響のなんですよ。オレのは壊れてしまって」
「なるほど、そうなのね」
菜月さんは安堵の笑みを浮かべた。だが、すぐに真剣な顔つきへと表情は変化する。まあ、真面目な彼女ならそうなるだろう。
「それで、状況は?」
「響がこのビルの周辺で交戦中です。相手はおそらく、空間移動系の能力者でしょう。また、近接戦闘もかなりのもので、オレでは歯が立ちませんでした」
「了解。でも、響君が対応してくれてるなら、大丈夫そうね」
「オレもそう思います。ですが、奴らは天成教です。並じゃない。可能ならば誰か応援を……」
菜月さんは話を遮るように首を横に振った。
「残念だけど、それは無理よ。東さんは足を負傷、ステラさんは戦闘中。永遠君でも相手にならないなら、私もその戦いに割り込むのは難しいでしょうね」
「つまり、どうすることもできないってことですか……」
オレは彼女の足元へと視線を落とす。
「そういうことね。今は信じて待つしかないわ」
沈黙が場を支配し、僅かな嘆息の音でさえよく響く。……さて、どうするか。オレは思考を巡らせながら顔を上げた。その瞬間、不意に足の力が抜ける。ガクンと膝をつき、右耳から通信機が零れ落ちた。どうやら、軍服の男に殴られたのが予想以上にきいていたらしい。
「永遠君! 大丈夫!」
菜月さんは心配そうな声を上げ、駆け寄ってくる。オレは落とした通信機を拾い、立ち上がる。
「問題ないですよ。ちょっと、つまずいただけです」
オレは拾ったものを付け直し、彼女を見下ろした。――やっぱり、そうか。
「菜月さん。少し考えたんですが、外のことは響やステラに任せることにしました」
「そうね。現状、私たちは動かないことがベストだと思うわ」
「だから、オレは内のことに集中しようと思います」
「内のこと?」
菜月さんは困惑したような表情を浮かべる。その顔色は新鮮だな。
「靴、どうしたんですか?」
「え?」
「いつもはもっと高いヒールを履いてるじゃないですか?」
「一体何を……」
本当に訳がわからないとアピールするように、菜月さんは苦い笑みを顔に張り付けている。だが、彼女の紫紺の瞳はオレを捉えて離さない。狼狽と冷淡な態度が入り混じったちぐはぐさは、オレの語調を強める。
「それに菜月さんがオレを呼ぶときは一宮君って呼ぶんですよ」
「……」
「これでも意味が分かりませんか? 菜月さん。いや、天成教の誰かさん」
菜月さんの表情が抜ける。まるで今まで被っていた仮面が剥がれ落ちたように。どこまでも冷たい表情は言葉を発さずとも答えを示していた。菜月さんだった誰かは椅子に腰かけ、ゆっくりと足を組む。
「無意識のうちにステラ君の呼び方がうつっていたようです。失敗しましたね」
天成教の誰かは溜息をつきながら、黒みがかった椅子にもたれ掛かる。その様子からはまるで焦りというものは感じられない。どういうことだ? 正体がバレても問題ない策があるというのか。オレは警戒レベルを引き上げながら、腕を伸ばし、仕込んでいた銃を構える。
「後悔してるところ水を差して悪いが、いくつか質問に答えてもらうぞ」
「そんな脅しは無駄ですよ。この体は正真正銘、十六夜菜月のもの。私にとっては入れ物に過ぎないのですから」
奴はその余裕を見せつけるように、肩を揉みながら首をならす。
「ですが、私も今は少々暇を持て余していましたので答えるのはやぶさかではありません」
「じゃあ、さっさと話せ」
急かすようにオレは鋭い視線を送る。
「話は最後まで聞いてください。こちらにも条件があります」
何を提案する気だ? オレは銃の引き金に指をかけ、奴を見据える。
「あなたが私の正体を看破した理由を話してください。ここはフェアにいきましょう」
予想外に軽い内容だ。何を企んでいる……。探ろうと挙動を観察しても、奴の能面のような表情からは何も読み取れない。仕方ない。取引に応じるしかないか。
「……最初の被害者だった神谷さんが外部から取り寄せているトマトジュースの中に血液が混入されていた。そして、二人目の被害者であった不知火老師は神谷さんと同じ血液型だった。つまり、能力の発動条件には血が関係している可能性が高いと考えられる」
「ふむ、それで?」
「だから、あんたのEコードは特定の血液型の相手に自分の血を注ぎ、操るものだと予測できる」
「なるほど。確かにある程度の筋は通っていると思いますね。しかし、神谷幸作はまだしも不知火仙道や十六夜菜月にいつ血を入れるのですか?」
こいつ……オレを試しているな。だが、そんなつまらない挑戦状じゃ指標にもならないぞ。オレはこれ見よがしに大きく息をはいた。
「あまりオレたちを舐めるなよ。瞬間移動する軍服の男、奴がこの島に潜伏していたことはもう知っている。よって、老師はそいつに、菜月さんは島を出た時を狙ったんだろ。どこか間違ってるか?」
オレの完全な答えを受けても、奴の表情は冷え切ったまま変わらず、動揺の一つも見えやしない。それどころか、オレを称えるようにゆっくりと手を叩きだした。
「流石、私が作り出した最高傑作。頭の出来もいいみたいですね」
馬鹿にしたような口調に腹が立つ。だが、今はそんなことよりも――
「その言葉で確信した。やはりオレはあんたらに作られた能力者だったようだな」
「ええ、そうですよ。一宮永遠君。いや、こう呼んだ方がいいですかね。被検体№001、最初にして最高の人造能力者アルファ……と」
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