第29話 第二夜~矛と盾
――午前零時十分
目の前から永遠が消失し、動揺のあまりかステラの青い瞳が見開かれた。
「永遠クン!」
少女の叫びに、当然返事は帰ってこない。きょろきょろと辺りを見渡しても、影も形も既にそこにはなかった。
「菜月聞こえる? 永遠クンがまた……」
ステラのまくしたてるような口調に、焦りと不安が滲んでいた。だが、その会話を遮る一筋の蒼い閃光が迸った。ステラは苛立った舌打ちを漏らしながらも、その軌道を上空へと捻じ曲げる。攻撃された方向を見ると、ひび割れた幾重もの蒼い壁が鎮座していた。
(仕留めたと思ったのに……。これじゃあ、永遠クンを追うのは厳しいかもしれない)
ステラが予期せぬ危機に歯噛みしていると、鼓膜に菜月の凛とした声が響いた。
《落ちついてください、ステラ様。永遠君は私がいるビルの近くに移動させられたみたいです。応援ももうすぐ到着します。ですから、ステラ様は目の前の敵を倒してください。おそらく、その二人とまともに戦えるのはあなたしかいません。それに、その二人に島を破壊されては元も子もなくなってしまいます。永遠君の方へ向かいたいとは思いますが、ここは耐えてください》
ステラは大きく息を吐き、青い瞳に冷たい炎を灯す。
「……分かったわ。今はこの二人の相手をしてあげる。そっちは任せたわよ」
《承知いたしました。ステラ様もお気をつけて》
プツリと通信は途切れ、ステラは衝撃波の嵐をベータとガンマに浴びせる。だが、重火器を凌ぐ火力にも屈さず、ガンマは蒼い盾を展開している。先ほどと同様に、何重もの壁がボロボロになりながらもステラの攻撃を凌いでいる。
防戦一方かと思いきや、仕返しとばかりにベータが作り出す光線の雨がステラに圧力をかける。その矛先はステラ自身ではなく、島の建物に向いているためなおさら意地が悪い。島への被弾を避けるため、ステラは苦々しい表情を浮かべながら攻撃を相殺していく。
(このままじゃ不味いわね。無駄な削り合いで時間を消費してしまうわ)
ステラが次の一手をどうするか思考を巡らせていると、不意にベータが口を開いた。
「あなたはどうして天成教から逃げたのですか?」
責めるようなベータの赤い瞳が金髪の少女へと向けられる。ステラはその質問に思うところがあるのか、目を細めた。
(こっちの動揺を誘うつもり? それとも……)
しばしの沈黙が場を支配する。お互いが別種の感情が流れているのか、その表情は対照的だ。ベータは鋭い目つきでステラを捉え、紅瞳には燃えるような炎が渦巻いている。
「答えられませんか?」
「別に、そういうわけじゃないわよ。天成教の奴らが最低だったから逃げた……ただそれだけだからいう必要もないと思っただけよ」
「本当ですか?」
ベータの言葉には確信を持った疑念が込められていた。核心を突かれたからか、ステラの眉がぴくりと反応する。
「……何が言いたいの?」
「あなたは幼少の頃から天成教に育てられた。なのに、抜け出したのは三年前、あなたが十五歳のときです。抜け出すチャンスは他にもあったはず。アルファ――今は一宮永遠でしたか、彼を共に連れ出すとなると、寧ろ難易度は上がる。つまり……」
「あなたはアルファのためにわざわざ天成教を抜けたってことだ」
ベータに代わり、突き付けるようにガンマが言い切る。
「ちょっと、ガンマ」
「ベータの話は長すぎる。私的に聞きたいことがあるなら、速やかに頼むよ」
ガンマは呆れ混じりの視線をベータに向けている。一瞬、ベータがムッとした表情を浮かべたが、了承したように渋々頷く。
「それで、どうなんですか? 世界最強さん。ボクたちの予想は当たってますか?」
「ええ、その通りよ。だから、どうかしたのかしら?」
あっけらかんとしたステラの返答に、ベータは大袈裟にため息をついてみせた。
「いえ、どうもしません。ですが、あなたの勝手のせいで、ワタシたちが作られたと思うと……」
ベータは一際大きな青白く発光する球体を作り出す。にじみ出る圧力は、先ほどまでの比ではない。もし島に落ちれば、半壊は免れないだろう。ベータは青い光球をふわりと持ち上げると、鋭い視線をステラに向ける。
「――腹立たしくて仕方がない」
青い光球は上空へと放たれ、花火のように爆散する。何百もの光に分かれ、降り注ぐ姿はまるで雨だ。だが、一つ一つが破滅の塊。もし、このまま落ちれば、近代的なこの島であっても海の藻屑となるのは確かだ。
「チッ」
ステラはすべての光の槍へ干渉し、互いをぶつけ、相殺していく。しかし、その隙をベータとガンマは見逃さない。ステラを貫かんとする幾重もの光が、容赦なく襲い掛かる。
「それ、もらうわね」
ステラは自分へ向かってくる光を操り、近づいてきている攻撃の処理に利用した。恐ろしほどの力に一瞬、ベータの動きが止まる。
「ベータ!」
活を入れるようにガンマが叫ぶ。ハッとしたのかベータの体がびくりと震えた。ベータはちらりとガンマを見る。二人の視線は交錯し、思考が絡み合った。ベータがこくりと頷くと、ガンマがステラを囲うように球形の壁を作り出す。その壁は急速に縮み、少女を押しつぶそうとする。
「面倒ね」
ステラは当然のように壁の動きを押しとどめ、上空の光を消していく。彼女の冷静な頭に余裕がちらつく。
――瞬間、一条の光が侵入する。
細く、凝縮された光はステラの咄嗟の念動力では僅かしか動かせず、彼女の左腕を貫いた。顔には苦悶が浮かび、白いブラウスは赤く染まっていく。少女は歯を食いしばり、青い壁を思い切り破壊する。ステラは破片が散らばる中で、苛立たしげな視線をベータに送る。
「やってくれたわね」
弱弱しく傷口を抑えるステラを見て、ベータは嫌らしく口元を歪めた。負の感情が凝縮されたその笑顔は月明かりに照らされ、怪しく輝く。
「やはり、ワタシの<
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