第8話 裏切り者と返礼

「ふーん。これが彼らの要求ね」


 ステラは興味なさげに、書簡を眺めている。その視線は氷のように冷たい。何か奴らに恨みでもあるのか? そう勘繰ってしまうほど、負の感情が瞳の濁りに現れていた。


「『二週間後までに一宮永遠の身柄を譲渡せよ。さもなくば実力行使も厭わない』……ね。ま、彼ららしい一方的な宣言だわ」


 彼女は吐き捨てるようにそう言うと、背中をソファーに預ける。


「奴らなんていつもこんなもんだ。気にしても仕方ねーな。それで話を戻すが……」


 東さんは続きを促すように、菜月さんに視線を送る。彼女はこくりと頷くと、手元のタブレットで資料を確認しながら話し始める。


「声明は今見てもらったものです。そして、侵入者の件は、次のスライドの動画をご覧ください」


 ステラは指示通り、指で画面をなぞり、タップして動画ファイルを再生する。オレはもちろん見たことあるが、空気を読んで、一応自分のタブレットでもその映像を垂れ流す。それは、三十秒ほどの動画であった。内容は、ある男性職員が、PPAのメインコンピュータからデータを抜き取っているもの。はたから見れば、裏切り者が情報を盗んでいる映像だろう。


「この人って誰なの?」


 ステラは映像の中の人物を指さし、問いを投げかける。


「この方はPPA日本支部の技術顧問、神谷幸作さんですよ。能力は<電子操作エレクトロマスター>で、主にこの島のコンピュータ、機械関連の取りまとめを行っていた者です」


「今は?」


「拘束して隔離しております。現在も事情聴取中で、詳しい現状は何も進展はありません」


「なるほどね……。大所帯のPPAがわざわざ私を呼んだ理由が分かったわ。自陣営のすべての情報が漏洩したなら、私に依頼するのは得策かもね」


 ステラは納得がいったと言わんばかりの笑みを浮かべている。


「まあな。普通のEコードを持つ者同士の戦闘は、相性の有無で勝敗が分かれることがほとんどだ。こっちの手札が割れた今、頼れるとしたらステラちゃんくらいしかいないってこった。無駄にPPAの兵隊を、使い潰すわけにはいかないしな」


 ステラの視線と、ボスの眼光が交錯する。彼女の目には、疑念や不信の光が若干見える気がする。まあ、東さんと面識は薄いようなので、そう思うのは仕方ないだろう。どう見ても、誠実な人物には見えないからな。


「何か企んでる?」


「そんなわけないだろ。世界最強に喧嘩売るなんて馬鹿げたことすると思うか?」


「さあ? あなたのこと……私は大して知らないもの。でも、今の私の印象から考えると……」


 ほんの僅か……刹那の瞬間、静寂がその場を支配していた。そんな重い話をしているわけでもないのに、何かに押しつぶされるような圧力を横から感じる。これは能力の余波か? 彼女にはオレの知らない疑念があるのだろうか。


「あなたならやりかねない」


 そう言った彼女の顔には、勝気な笑みが浮かんでいた。周りが冷や汗をかくような圧力にさらされているのに、当の本人は足をゆっくりと組み替えている。


 対するボスは負けじと強気な笑みを保ってはいるが、気圧され気味だ。まあ、ここまで至近距離で『力』を見せられると、原始的な恐怖が襲い掛かってくるのも無理はない。実際オレも、その感覚を味わっている一人だからよくわかる。


 だが、ここで場を収めるのはオレの役目だろう。これからの関係的にも、それがいいはずだ。


「……ステラ」


「何かしら?」


「東さんは信用できる人だ。少なくとも、特定の個人を陥れるような人間ではないよ。そこはオレが保証する」


 力強い瞳が、こちらを値踏みするように眺めてくる。正直、心臓が口から飛び出しそうだ。立場上、オレの擁護なんて意味はない。だが、彼女はこれで矛を収めてくれるはず……。そんな不可思議な確信が、オレにはあった。


 オレは緊張を誤魔化すように、ごくりと生唾を呑む。すると一瞬の間の後、彼女は笑みを浮かべた。まるで無邪気な子供のように、無垢な笑みを。


「ええ、そうね。私もそう思う」


 先ほどまでの圧力が、嘘のように霧散し、場が弛緩する。よかった……上手くいった。


「それにしても、永遠クンがそんな真剣な顔するなんて……」


 クスクスと馬鹿にしたような笑い声が、部屋中に響き渡る。まさか……。


「……今のはオレたちへのしっぺ返しってことか」


「そういうこと。飛行機でもここでも試されっぱなしだったから、ちょっとした意趣返しよ。どう? 正剛。私からのお返し、気に入ってくれた?」


「オイオイ、これが返礼ってか? それは厳しすぎるだろ。思わず冷や汗かいちまったぜ」


「そう。気に入ってくれたなら嬉しいわ」


 変人たちの全くかみ合っていない会話に、頭が痛くなる。少しでいいから、大人しくしてくれないものか。


「さて、聞きたいことも聞けたし、そろそろ行きましょうか?」


「……どこに?」


「もちろん、情報を抜いた犯人のところに決まってるでしょ」


 当然と言わんばかりに、彼女は晴れやかな笑顔で言い放った。

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