第14話 潜む謎

 弾けた閃光が、辺りを満たす。オレはステラの方に高速で引っ張られながら、思わず目を瞑った。彼女の力が弱まり、地に足がつく。どうなった……。爆裂と手榴弾内部に含まれていた、AP鉱石の破片への恐怖を噛み締めながら、恐る恐る瞼を持ち上げる。すると、飛び込んできたのは壊れた家の石材が塵のように舞い、鋭利な黒い破片が宙に浮いている光景だった。ステラが守ってくれたのだろう。だが、今はそれよりも……。


「ステラ!」


「分かってるわ」


 彼女は、軽い衝撃波のようなものを発生させたのか、視界を塞いでいた粉塵と破片を一瞬で吹き飛ばす。


「なんて……ことだ」


 老師は確実に死んでいる。爆発の影響で体の前面が吹き飛び、骨が析出している。顔も判別不能なくらい焼け爛れ、さらに手榴弾内部の鉱石の黒い破片が所々に突き刺さっている。何とも痛ましい姿だ。オレは破損した歪な床を歩き、その死体に近づいていく。


「待って!」


 ステラの制止の声も聞かずに、オレは老師だったものに片膝をつき、触れる。手に伝わる肉の感触と鼻孔を刺激する血の匂いに、嫌悪を覚えるが、歯を食いしばり、Eコードを行使する。グチャグチャであった老師の体は、生きていた時と同じ姿に戻っていく。


「まさかとは思うけど、生き返ったりするの?」


「いや、それはない。オレがどうにかできるのはあくまでも肉体の損傷だけだ。だから、これはせめてもの罪滅ぼしだ」


「……そう」


 オレのせいで、老師は死んだ。それは確実だろう。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。まだ、若干暖かい老師の手を強く握る。すみません、老師。あなたに恩を返すことはできませんでしたが、せめて……せめて、敵を討って見せます。新たな決意を胸に宿し、オレは立ち上がる。そして、息を吐き、ポケットからスマホを取り出す。


「もう気づいていると思うが、ボスに連絡する。事後処理と原因究明をしないといけないから」


「そうね。私は一応周囲の警戒をしとくわ」


「頼む」


 オレは画面をタップし、東さんへと電話を掛けた。1コール終わる前に、重厚な声が鼓膜を揺らす。


「東さん。実は……」


「ああ、分かってる。残っている人員をそっちに回した。もうそろそろつくはずだ。俺も今向かってる」


 ボスの言う通り、数人の研究員たちが、色々な機材を持って来ているところが見えた。


「今調査員の方々が現着しました。オレは取り合えず、現場の状況を彼らに説明しておきます」


「そうしてくれ。じゃあ、また後でな」


 そう言うと通話がプツリと切れた。スマホをポケットにしまいながら、オレは研究員の人たちに近づき、状況を説明する。何故こうなったのか、老師が死んでいる理由なんかを話していく。そんな中、傷一つない段ボールがふわふわと宙に浮き、近づいて来る。


「永遠クン、それ調べてもらって」


 箱の中身は例のトマトジュース。確かにこれは調べてもらった方がいいだろう。オレは事情を話し、茶色の箱を託す。彼らは一通り現場を調査すると、老師の遺体を収納する袋に入れ、運んでいく。


「残念だったわね」


 周囲を警戒していたステラが、いつの間にか戻っていた。いつも通りに見える彼女の声音にも哀愁が漂っていると、少し安心してしまうな。


「ああ、そうだな」


 平静を装い、淡々と返答する。


「でも、あまり沈まれても困るわよ。天成教にとってこれはおそらく宣戦布告。本番はこれからよ」


「理解してるよ。それにオレの今の心情は悲しみより、怒りに寄ってる」


 オレは気づかずに強く握っていた、指の力を緩める。痛みを感じ、手のひらを見ると血が滲んでいた。その傷を能力で直していると、奇抜な格好をした大男が近づいて来るのを視界に捉える。


「待たせたな」


「いえ、構いません。寧ろ、早急に対応してもらって助かりました」


「組織の長として当然のことだ。気にするなよ。それで何があった?」


「老師が突然現れ、対異能手榴弾を爆発させたんです。オレたちはステラの力で無傷でしたが、老師はこの爆発に巻き込まれて……」


 ボスはオレの端的な説明を聞き、考え込むように髭の生えた顎をさする。


「その時の仙道さんの様子はどうだった?」


「明らかに可笑しかったです。こちらとの会話が通じていないというか……会話する気がなかったというか」


「なるほどな」


「多分だけど、おじいちゃんは何らかの能力下にあったと思うわよ」


 沈黙を保っていたステラが、口を挟んでくる。しかし、彼女の確信に満ちた言葉は興味深い内容だ。オレは思わず彼女の方へと、視線を向ける。


「ステラちゃん、理由があんのかい?」


「感覚的な問題なんだけど、Eコードを持つ者には各々に波長みたいなものがあるのよ。その波長が拘置所であった時とここで会った時では違ってたわ」


「なるほど、そんな超感覚があんのか。これで神谷の件含め、人を操作する系統の能力が働いていることは確定か」


「すんなり信じるのね」


「そりゃそうだろ? ステラちゃんがあっち側ならこんな小細工必要ないだろ。なあ、永遠」


「そうですね。今のところ疑う余地はありませんね」


 彼女はオレの言葉に驚いたのか、目をぱちぱちとさせている。そんなに不信感をあらわにしたつもりはないのだが。


「まあ、それが分かっても重要なのはそこじゃねえ。問題はどうやって人を操っているか、他の奴も操られる可能性があるかだな」


「無条件で可能とは思えないですが……」


「ま、この話は後よ。情報なしじゃ推測もできないでしょ。とりあえずはこの場の解析を待つとしましょう。それと正剛。非戦闘員は今すぐ逃がした方がいいわよ」


「分かってるって。解析も違う支部に飛んでやってもらうつもりだ。これで島内には俺たち含め、たった六人しかいないことになるな」


「十分よ。戦力差は私が埋めるもの」


「そりゃ頼もしいな」


 東さんは口を大きく開けて、豪快に笑う。正直、この状況では一番の頼りは彼女だ。ボスがステラを呼んだ考えは正しかったらしい。少数精鋭で、あの天成教を退けなければならない。しかも、正体不明の能力が蔓延る中で。オレは大きく息を吐き、気持ちを整える。結局のところ、自分の身だけでなく、この居場所を守るためには相手を倒すしかない。オレはその決意を改めて心に刻んだ。――もう何も失わないように。

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