第13話 絶望のカウントダウン
オレたちは拘置所を出て、神谷さんの住居へと向かっていた。居住区画は現在位置からも近く、五分ほどで辿り着くだろう。ステラを先導するように、見通しの良い道を闊歩する。
「ねえ、永遠クン」
「なんだ?」
不意に、背後にいた少女から声を掛けられた。話しやすくするためか、彼女はオレの隣まで駆けてくる。
「さっきのおじいちゃんとは長い付き合いなの?」
「いきなり何だ」
「別にいいでしょ。仲良さそうだったから、少し気になっただけよ」
オレは、さらりと日の光で輝く金髪を手で払う少女の様子を伺う。何故か彼女は、少し不満げな面持ちであった。よくわからないやつだな。だが、まあいいか。特に隠すこともないしな。
「ああ、それなりに長いぞ。三年ほどの付き合いになるからな」
「……三年? それじゃあ長いとは言えないんじゃない?」
さも不思議といった様子で、疑問を呈してくる。その態度に若干の違和感を覚えた。だが、何が可笑しいとも言えないほどの、些細な感情の差異だ。……あまり神経質になっても仕方がない。気にしないようにしよう。特に相手は気まぐれな奴なら尚更だな。
「普通ならな。だが、オレはそれ以前の記憶が一切ない。だから、オレにとっては生まれた時からの付き合い同然なんだよ」
「……ふーん、そうなのね」
興味なさげな返答だ。まあ、別にいいが。
「くだらない話はおしまいだ。そろそろ、目的地に着くぞ。ほら、あの白い箱みたいなやつだ」
オレは神谷さんの住居に、人差し指を向ける。その方向に視線が吸い寄せられたのさろう。指をなぞるように、彼女の首が動く。
「あれね。役職付きの家とは思えないほど簡素に見えるけど?」
「仕方ないさ。発展してはいるが、ここはあくまで島だ。解析や通信、発電設備に土地を割いたあまりものに家を建てた結果らしい」
「正剛にしては合理的ね」
「あの人も馬鹿では無いからな。重要な部分を優先するさ」
そんな特に益もないことを話していると、家の前まで来ていた。オレは自分のスマホを取り出し、管理コードを画面に表示させると、認証端末にかざす。すると、扉が独りでに開いた。
「永遠クン、開けられるのね」
「まあ、今は非常時だからな。東さんから管理者権限を貰ってるだけだ。……というか、もしオレが開けられなかったら、どうするつもりだったんだよ」
「分からない?」
満面の笑みを浮かべ、オレの瞳を覗いてくる。……これは壊す気だったな。全くもって野蛮な奴だ。彼女の笑顔を尻目に、オレは部屋の中へと足を踏み入れる。そこは一言で言うと、質素な空間だった。最低限必要なものと一つの空の棚、そして数個の段ボールしかない。唯一、生活感を感じられるのは、食べ物が入っていたであろう空箱や包みが、ごみ箱に押し込められていることくらいだろう。
「何というか……簡素な部屋ね」
彼女は苦い表情を浮かべている。ステラでさえ、それくらいしか言うことがないのだろう。ミニマリストにしても行き過ぎている。
「だが、好都合だな。調べるところが少なくて済む」
「そうね。ま、調べるとするならあの箱しかないけど」
ステラは床に転がる茶色の箱を指さす。実際、これ以外見る場所もないため、オレと彼女はそれぞれ別の箱へと近づき、開ける。
「これは……なんだ? 野菜ジュース?」
段ボールの中から、トマトの絵がデカデカと描かれた缶を取り出した。一応、中身を確認するためにプルタブを引っ張り、開封する。ほんのり香るトマトの匂いを感じながら、目を凝らしてみると、案の定、赤い液体が見えるだけだった。
「ただのトマトジュースみたいね」
いつの間にかオレの隣にいるステラが、澄んだ声で呟く。毎回思うがやたら距離が近いな、こいつ。オレは若干、彼女から体を離すように立ち上がる。
「結局、収穫はなしか」
オレが残念そうに言うと、ステラはその言葉を否定するような勝気な笑みを浮かべた。
「そうとも限らないわよ」
「これに何かあるのか?」
オレは手に持っている缶を揺さぶった。液体の揺れる感覚が、右手に伝わってくる。
「確実とは言えないけど何らかの仕込みがあると思うわ」
「勘か?」
「勘よ」
はばかることなく堂々とした様子で、自信たっぷりにステラは宣言する。まあ、他に手がかりもなさそうだし、信じてみるか。オレは東さんに連絡しようと、ポケットに手を入れる。
「いかん。それはいかんぞ」
――いきなり背後からしゃがれた声が聞こえた。この声は……。正体を確信しつつも確かめるために、オレは後ろを振り返る。
「老師? どうしたんですか? もう島を発ったのでは……」
「それはいかん。それを調べるのはいかんな」
全くと言っていいほど会話が通じていない。どういうことだ?
「仕方ない。こうするとするかの」
老師は法衣の中から何かを取り出し、それをオレの方へと放る。それは見た時、目を疑った。これは対異能者用手榴弾! Eコードを持つ者を殺すために開発された殺傷兵器だった。しかも、ピンが抜けている! あと数秒もすれば、ここは爆心地だ。オレは持っていた缶を放り投げ、宙に浮く爆弾目掛けて、一気に突っ込む。手で触れさえすれば木の葉にした現象と逆、つまり空間時間を巻き戻すことで、この爆弾を消し去ることができる。
あと少し……。いつ爆破するかわからない恐怖に苛まれながらも、必死に足を動かす。
だが、手が届く前に、オレの体は強い力で引っ張られた。そして、その刹那、眩い閃光が弾ける。その光越しに見える老師の顔には、不気味な笑顔が張り付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます