第19話 第一夜~鼠
永遠たちが自宅へとたどり着いた時、島に存在する発電所が混在する海岸付近に、一人の男が佇んでいた。金髪は短く切りそろえられ、軍服のような濃い緑色の服に身を包み、手には黒いスマホが握られていた。
「こっちは手筈通りだぜ、旦那」
「そうですか。それは良かった。ならば、準備の方は万全ということですか? 《
丁寧ながらも、うさん臭さの抜けない声が響く。その返答を聞き、迷彩服を着た亡霊と呼ばれた男は、何かを思いだしたかのように『あっ』と呟いた。
「ちょいと忘れてたんだけどよ。おそらく、あの爺さん殺したことで、旦那のEコード、バレたかもしれないぜ。結局、あの飲み物も処分できなかったし」
「いえ、構いませんよ。私の力は条件さえ満たせば防ぎ難いものですから。それよりも、今は自分の心配をした方がいいと思いますよ」
電話越しの声は心配というよりも、忠告という意味合いを孕んだ言葉を発していた。その丁寧な物言いに、男は苦い笑いを漏らす。
「そうなんだよ。なんか今警戒してるやつが、妙に鋭くて内心ビクビクなんだわ。正直、この通話も早く切りたいくらいだぜ」
「なるほど。だから、いつもより声が小さいのですか。まあ、仕方ないでしょう。今警戒に当たっているのは望月響でしょうから」
亡霊は、面倒くさそうにため息をつきながら頭を掻く。
「あー、そんな奴いたな。PPA日本支部でも屈指の武闘派とかいう……」
「それだけではありませんよ。彼の索敵能力はその島くらいなら全域にわたります。油断していると、不意の一撃を食らうことになりますよ」
「そこは十分警戒してるさ。逃げ道も無数にあるし問題ないはず」
「それならば構わないのですが……」
熱を感じない透き通る声が、男の鼓膜を揺さぶる。男は得も言われぬプレッシャーを感じているのか、冷や汗をかきはじめる。
「一応、言っておきますが失敗は許されませんよ」
亡霊はごくりと唾を呑み込み、必死に口角を上げた。まるで自分を鼓舞するかのように。
「分かってるって。俺も処分されるのはごめんなんでね」
男は精一杯おどけてみせる。その様子を見てもいないのに、丁寧にしゃべる男は嘲るような笑い声を漏らした。
「では、期待していますよ。明日の本番ではさぞ、活躍してくれるのでしょうしね」
「あ、ああ。任せてくれ」
妙な迫力のせいか、肯定の返事が男の口からこぼれ出る。元々理解している上と下という立場の差以上の何か、それを亡霊は感じ取っていた。だが、上役の男は何ら気にしていないのか、淡々と話を続ける。
「具体的な段取りについては、メッセージを送っています。確認しておいてください」
「分かったよ。あー、それで一つ聞きたいことがあるんだが……」
「何ですか?」
「本当に、あの新型どもでステラ・ホワイトを抑えられるのか? 実物を見た感じ、微妙な感じがするんだが」
「さあ、どうでしょう?」
「おいおい! 勘弁してくれよ。こっちはあの化け物と対面するんだぜ!」
亡霊は、ほんの少し声を荒げる。数々の実践を潜り抜けてきた彼の本能が、恐怖に突き動かされたのだろう。そんな彼とは対照的に、電話越しに話す男は平坦な声音を保ち続けている。
「そう焦るものではないですよ。事実として、あの二人が最強の牙城を崩せるかは分かりません。ですが、今の状況ならば九分九厘こちらが勝つでしょう。そのための準備、そのための枷なのですよ。ご理解いただけますよね?」
冷たい圧が軍服姿の男を襲う。『無駄な問答はさせるな』という言外の要求——男はナイフを突きつけられた人質のように口を噤んでしまう。数秒ほど沈黙を了承と受け取った旦那と呼ばれた男は、変わらぬ口調で話し始めた。
「よろしい。では、また明日お会いしましょう」
そこで通話はぷつりと切れ、スマホの画面も黒く染まる。男は緊張の糸が切れたのか発電所の壁へと寄り掛かった。
「相変わらずおっかねぇ人だ。感情の欠片さえないときやがる。全く、下っ端は辛いねぇ」
男が一人でボヤいていると、妙な風切り音を彼の耳が捉えた。
「やべ、奴が来た」
男は慌てて姿をくらます。まるでそこに元からいなかったかのように、軍服姿の男は消失する。僅かに遅れて白衣を羽織った少年が、ふわりと男が居た場所に降り立った。
「誰かいた気がしたんだけど……。まあ、いいか。取り合えず報告だけしとかないと」
望月響はポケットの中からスマホを取り出し、そそくさと連絡を東正剛へと送る。
「さて、また警戒に戻るか」
響は地を蹴り、夜の闇の中へを駆けて行った。
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