第12話 確証
「どうした、坊主。呆けた顔をして。時間もないんじゃからさっさと本題に入らんか」
こっちの雰囲気なんか一切気にしない老師の発言に、思わず面食らってしまった。それは他の二人も同じだったようで、間抜けな顔をしている。だが、不知火老師のデリカシーゼロの発言に、結果的だけ見れば救われた。あの淀んだ空気は、居心地が悪かったからな。
「すみません、老師。では、お言葉に甘えて単刀直入に質問させてもらいます。神谷さんの心を読んだ結果、彼に白の判定を下しましたよね」
「そうじゃな」
「今ここでもう一度、確かめてもらうことはできますか?」
「なんじゃそりゃ。儂を信用しとらんのか?」
メンチを切るように、下から見上げてくる。オレは否定を強く表すために、手をぶんぶんと振って見せた。
「とんでもないです。オレ自身に思うところはありません。あるのは……」
「私の方よ、おじいちゃん。あなたを信用しきれてないのはね」
「お主は……ステラというのか。ふむふむ、なるほどの。事情は理解できた」
老師はオレの方を見ながらそう言った。おそらく、オレの思考を読んだのだろう。手っ取り早くて助かる。
「では、見てみるとしよう」
神谷さんの方を向くと、長い白髪の間から見える黄金色の瞳が見開かれる。これは、心よりもさらに、深層の記憶を読んでいる時の挙動だ。いつ見ても少し不気味だな。
「ふむ、やはりな……」
「どうでしたか?」
「変わらんよ。彼にはあの事件当時の記憶は一切ない。改めて神谷君の言葉の信憑性は儂が保証するぞ」
そう言って、老師は視線をステラの方へと向ける。その様子をじっくりと観察する彼女は、そのままズカズカと不知火老師の方へと、近づいていく。身長の低い老人を見下すように腰を折り、顔を近づける。
「それ……本当でしょうね」
威圧するようなその声音は、普段の明るい声とは全く異なったものだった。正直、その変化についていけず、目を見開いてしまう。だが、オレと違い老師は一切動揺することなく、余裕を持った笑みを漏らす。
「ほっほ。中々過激な娘じゃの。本当じゃよ。嘘偽り、その一切がないことを神に誓ってもよいぞ」
「そ、安心したわ」
ステラは満足したように、朗らかにほほ笑む。本当に……こいつは二重人格なんじゃないかと思うほど、気質がころころ変わるな。圧倒的な力も相まって、その恐怖もひとしおだ。まあ、言っても仕方のないことだが。
「それならよかったわい。役目も終わったことじゃし、儂は帰るぞ。そろそろ時間じゃ」
老師は右手に付けた時計を見ながら、そう言った。この人の能力は貴重なため、戦場になりそうなこの島からの移動命令が、PPA本部から出ているからだろう。まだ、色々と知恵を借りたいところだが……仕方ない。
「ありがとうございました、老師。おかげで助かりました」
「気にせんでええ。坊主の頼みじゃ」
皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして、にっこりと老師は笑う。その暖かい笑みに釣られ、オレの口角も緩んでしまう。敵わないな、この人には。
「それじゃ達者でな。必ずまた会おうぞ」
それだけ言うと、入口の方へと老師は消えていく。
「気の良い人ね」
いつの間にか、オレの傍にいたステラがぼそりと呟く。こいつにもそう思わせるとは……流石、老師だな。年季が違う。
「ほんとにな」
オレは先ほどの感慨を噛み締め終えると、彼女の方へと視線を向けた。
「さて、これで分かっただろ? 神谷さんは白だって」
「ええ、十分に理解したわ。そして、確信した」
「何を?」
「幸作が何らかのEコードで操られていたことよ」
「……何か考えがあるんだな」
「もちろん」
ステラは力強く笑う。流石は世界最強。安心感が半端ではない。
「幸作。あなたの部屋、調べさせてもらってもいいかしら?」
「構いませんよ。私に拒否する謂れはありませんから」
「そ。ありがと」
神谷さんからの許可を取ると、彼女は入ってきた扉の方へと歩みを進める。
「ほら、永遠クンも行くわよ」
ステラは、能力でオレを無理やり引っ張っていく。ほんとに強引な奴だ。
「分かったよ。自分で歩くから引っ張るな!」
若干苛立った声で抗議すると、意外にも形のない力は霧散した。オレが黒い端末に手を置き、扉が開く。外に出ようとした瞬間、彼女は牢屋の方を振り向き、宣言した。
「幸作、必ず私がそこから出してあげるから大船に乗った気でいなさい!」
その透き通る凛とした声は、確実に神谷さんの耳と心に響いたことだろう。こういう所があるから憎めないんだよな。オレは、緩んだ顔を見せないように、彼女よりも先に歩き出した。
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