第26話 第二夜~窮地
――午前零時十分
オレは再び、白い空間に囚われていた。クソッ、またか! どうやら、接触して転移させるタイプの能力ではなかったらしい。そう気づいたときには、もう遅かったわけだが。
視界が白から色づく世界に戻る。ここは……菜月さんのいるビルの近くか。まあ、連絡は来ると思うが、報告はしておこう。
「こちら一宮です。これからの指示を仰ぎたいのですが……」
きょろきょろと周りを見ながら、指示を待ってみたが聞きなれた声は聞こえてこない。通信機を耳から外して見ると、その一部が削り取られ、破損していた。肩を撃ち抜かれたときに……やられたか。修復しようと、壊れた機器を握りこむ。
「おいおい、随分余裕だな」
不意の聞きなれない男の声に、思わず体が反応する。だが、とっさの裏拳は見事に空を切った。
「甘いぜ」
今度はさっきの方向とは逆から声が聞こえ、同時に重い蹴りが腹部に突き刺さった。息苦しさを感じながら、アスファルトの上を無様に転がる。こいつはオレを飛ばした奴か。ほんとに厄介だな! 鈍痛に歯を食いしばり、敵の方へと視線を向ける。すると、握っていたはずの通信機が目に入る。最悪だな。
「ったく、あんまり煩わせんなよ。戦闘は本職じゃねーんだからよ」
奴はそう言いながら、落とした機器を踏み潰した。
「それは……そっちの都合だろ? お前の勝手を押し付けんなよ」
「肉人形風情が人間みたいなこと言うなよ。反吐が出るぜ」
せせら笑うような不快の声音が鼓膜を揺らす。この口ぶり、やはりオレは……。予測できてはいたが、改めて言われると何とも言えない気分になるな。
「ん? ああ、そういえば記憶がないんだったな。悪いこと言っちまったか?」
オレの表情から、奴はこちらの現状をくみ取ったらしい。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているのが、その証拠だ。どうやら性格も最悪のようだ。流石は天成教だな。
「いや、別にいいさ。事実は事実だ。オレは肉人形風情だが、お前と違って受け止めるだけの器量はあるつもりだからな」
「言ってくれるじゃねーか!」
オレへの返答は、回し蹴りだった。顔面に向けた鋭い一撃を辛うじて、両腕を重ね、防ぐ。またも地に転がされるが、今度は勢いを利用して上手く立ち上がる。顔を上げると、駆けてくる奴の姿があった。
「ほらほら、もっと頑張れよ」
当然のように繰り出される熟練された拳の連打が襲い掛かってくる。腕越しでも響く攻撃に、苦悶の表情を浮かべる。本職じゃないのにこれかよ。オレもそれなりに鍛えたはずなのに、歯が立たない。
――雑念を抱いた、一瞬の緩み。鈍器で殴られたような衝撃が横腹を貫いた。
堪らず膝を折れ、地に伏してしまう。
「やっぱ、こんなもんか。さて、それじゃ……」
鈍痛に耐えながら顔を上げると、目と鼻の先に銃口があった。長い銃身と状況から考えると――
「麻酔銃か」
「正解、よくわかったな。褒めてやるぜ」
余裕の満ちた表情で、奴は見下してくる。
「まあ、ほんとに頑張った方じゃねーか。お前の能力は強力だが、戦闘においては微妙だしな。特に対人戦じゃほぼ無意味だ。そんなこと自分で分かってんだろ?」
確かに奴のいう通りだ。オレのEコードは物質は再生と消失どちらも行えるが、生物には再生しかできない。つまり、素手の戦闘に長けた相手をする場合、直接的には意味がないことになる。オレは奴の方へと手のひらをかざすように持ち上げる。
「ああ、そうだな。分かってるよ。だからこそ――」
――補う手段を持ってるんだよ。
思い切り右腕を伸ばすと、仕込んでおいた黒塗りの拳銃が顔を出す。奴の驚愕の張り付いた顔に向けて、勢い任せに引き金を引いた。これで……。オレは逆転の一手が機能したことに安堵する。だが、その夢想は
「今のは中々よかったぜ」
突然、左方から奴の声が聞こえ振り向こうとするが、強い衝撃に見舞われる。受け身を取ることもできず、地に叩きつけられた。
「だが、人を騙す気なら、まず自分を騙せなきゃ始まらない」
ゆっくりと奴は歩み寄ってくると、オレの髪を乱暴につかみ、顔を無理やり上げさせた。
「お前の目には『やってやる』という気概が、ありありと映ってたぜ。あれじゃ、こっちも警戒するに決まってる」
勝者の余韻に浸っているのか、満足げに語り始める。心底ムカつくが好都合だ。時間を少しでも時間を稼げれば……。まだまだ講釈を垂れようとしていたが、それを遮るようにバイブ音が鳴った。奴はスマホの画面を見ると、切迫したような表情を浮かべる。仲間からの連絡か?
「もう少し遊んでやるつもりだったが、それもおしまいだ」
奴はオレの髪を放すと、抱えていた麻酔銃を再び構える。
「じゃあな、せいぜい楽に死ねることを願っとけよ」
引き金に指がかかったその瞬間――
――軍服男の体が吹き飛んだ。
何が起こったんだ! 驚きに目を見開いていると、空方白衣を纏った男が降ってくる。
「やあ、トワ。助けに来たよ」
友の頼もしい言葉に思わず笑みが溢れてしまった。
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