第27話 第二夜~獣

 ――午前零時十五分


 永遠は痛む体を庇いながら、必死に足に力を入れ、立ち上がる。


「助かったよ、響。今の今までボコられてたところだったからな」


「見れば分かるよ」


 響は永遠の顔を半眼で見ながらそう言った。何せ、彼の顔は所々赤く腫れている。永遠は親友の呆れ混じりの視線に気づき、照れ臭そうに笑う。


「そんな目をするなよ。オレの対人戦闘スキルはお前も……知ってるだろ?」


「そうだけどさ。それにしてもやられすぎだし、もう少し粘って欲しかったな」


 ぐうの音も出ない響の言葉に、永遠は言葉を詰まらせる。実際、無手同士でここまで一方的にやられるのは、経験不足以上のものがあるのは確かだ。永遠自身それが分かっているのか、苦い表情を浮かべる。


「それに耳のやつ、どうしたの? 壊しちゃった?」


「あ、ああ。あいつとは違う奴にやられたよ」


「そっか。じゃあ。これあげるよ。僕にはもう不要だと思うから」


 響は耳に着けていた通信機を外し、永遠に放り投げる。永遠は遠慮なくそれを受け取り、右耳にはめた。


「ありがとな」


 永遠の素直な礼に響はほんのりと口角を上げる。永遠はその微かな動きを微笑ましく思っていると、視界の端に動く影が映った。


「どうやら、まだ決着はついてないみたいだぞ」


 永遠は軽く首を振り、前方への警戒を促す。その方向にはひしゃげた麻酔銃を放り捨て、響たちに近寄ってくる男の姿があった。


「また面倒な奴がきちまったようだな」


「おじさん、僕のこと知ってるの?」


「日本支部最強の振動操作ウエーブマスターを知らないわけないだろ。特に潰すべき相手として、インプットしてるぜ」


 亡霊ゴーストは知っていることをアピールするように、頭を指でトントンと叩く。


「ふーん、そうなんだ。あんたに僕を潰せるとは思えないけど、せいぜい頑張ってよ」


 響は構えもせず、見下すように顎を突き出す。亡霊はその態度を見ても、嫌らしい笑みを崩さない。二人の実力者の視線が交錯し、火花を散らす。


「トワ、君はナツキのところへ向かって。こいつは僕が始末しとくから」


 一瞬だけ永遠に響の視線が注がれた。その時間、わずか一秒。だが、この二人にはそれで十分だった。


「了解だ。出来るだけ早くけり……つけろよ」


 永遠は迷うことなく落とされた拳銃を拾い、眼前にそびえるビルへと走り出す。


「おいおい、良かったのか? せっかくの二対一だったのによ」


「それはこっちのセリフ。ターゲットを逃がすなんて、工作員失格なんじゃないの?」


 二人の顔に、不敵な笑みが張り付く。そして、同時に彼らは動き出した。一人は拳を突き出し、もう一人はどこからともなく現れた機関銃の引き金に指をかけた。本来ならば、響は銃弾の雨に蹂躙じゅうりんされるだろう。だが、その未来を塗り替えるように、放たれた衝撃波が銃身を曲げる。その破壊力に恐れをなしたのか、亡霊は瞬時に姿を消した。


「また、いなくなった」


 響は軍服男を探すために、パンと手を叩く。彼の能力は振動を操る。音波での探索を始め、衝撃波での攻撃や移動と応用力の高い力だ。しかし、そのEコードをもってしても、亡霊の姿は捉えられない。


「尻尾を巻いて逃げちゃったかな」


「誰がそんな真似するかよ!」


 前触れもなく、響の背後に亡霊は現れた。しかも、先ほど壊されたはずの機関銃を持って。黒い弾丸が乱射されるが、響は超人的な反射神経で反応し、高速で移動する。地上だけでなく、空中も足場にする縦横無尽の軌道に亡霊は狙いが定まらない。


「チッ。やっぱ、これくらいじゃダメか」


「まあ、良い線言ってたと思う……よ」


 力の籠った言葉と共に、響は亡霊へと飛び掛かる。軍服男は機関銃を盾にするが、まるで直撃したかのように力なく膝を折る。口から真っ赤な血を吐血し、苦しげな息を漏らす。


「どう? 僕の力は」


 響は無様を晒す敵を見下しながら呟く。


「僕のEコードは知っていても、具体的な使い方を熟知はしてないんだね。あ、ちなみに今のは分散するはずの衝撃をあんたの体にも流してあげただけだよ。一つ勉強になってよかったね」


「ハッ。気に入らねーな」


 亡霊は血の塊を吐き出し、負の感情の籠った瞳で響を見上げる。そのどす黒さは夜闇よりも暗く、まるで日の当たらない谷底のように、底知れないものだった。


「ほんとに不快だぜ。お前みたいな……強者気取りのガキはな」


「別に、気取ってないよ。結果的にそう見えるってだけでしょ」


「煽りの才能も一流ってか。心底ムカつくガキだぜ。恵まれた環境で、ぬるま湯に浸ってるだけのクセによ」


 亡霊は腹の中に溜まった恨みつらみを言葉に乗せて吐き出した。そのおぞましい狂気に当てられ、響は自然に構えを取る。餓えた獣が発するような『必死』がそこにはあったのだろう。


「今から教えてやるよ。本当の戦いってやつをな」

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