第25話 第二夜~本体

 ――午前零時十三分


「おいおい、まだ手札を隠してたのかよ」


 左腕を振るい、指に溜まった鬱陶しい血を飛散させる。


「隠していたわけじゃない。お前が、気が付かなかっただけだ」


「よく言うぜ。物音一つ立てなかったクセによ」


 質問に返答はなく、代わりに無数の分身体が襲いかかってきた。もう問答は不要ってか。本来なら、それなりの障害だろうが、強化された俺の前には無意味。しかし、タイミングよく打ち込まれるライフル弾が、動きを制限してくる。ほんと、面倒なことしてくれるぜ。


 俺は足元に転がる一丁の機関銃を足の甲で引っ掛け、持ち上げる。回収される前に使わなきゃ、損だからな。ライフル銃を構える奴に照準を合わせ、引き金を引く。流石に、重い銃を構えていたためか、あっさりと黒い銃弾の雨をくらう。だが、それにしても有効な武器を手放すのは不気味だ。機関銃にしても、妙に簡単に排除できた。……やはり、油断はできねーな。


 警戒レベルを上げながら、銃口を喋っていた個体に向けようとした時、ふわりと拳大こぶしだいの何かを放ってきた。これは……爆弾か! 衝撃に備えつつ、後ろに跳ぶ。しかし、予想とは裏腹に、夜闇を眩い閃光が照らし、轟音が空間を支配する。クソッ、そっちかよ! 慌てて目を閉じ、左耳を左手で抑えながら、手持ちの機関銃の引き金を引く。


 狙いは奴らではなく、足元に転がる同様の銃たちだ。今最もヤバいのは、ハチの巣にされることだろう。その可能性だけは潰しておかなければならない。記憶を頼りに、弾丸をまき散らしていく。目論見は成功したのか、辛うじて機能している左耳が、複数人の足音を拾う。だが、近づいてきたのは分かっても、相手の動き全てを把握できるわけではない。鋭い衝撃が右頬と腹部を襲う。


 俺は足に力を入れ、自ら衝撃の方向へ跳んだ。強化された体のおかげで、直撃でも大したダメージはない。ごろごろと壊れた滑走路を転がり、距離取る。まあ、相手も大人しくしちゃくれねーよな。予想通り、奴らが駆けてくる音が聞こえてくる。俺は手を軸にして、側転でもするように立ち上がる。そして、当たり前のように潰されたはずの左目を見開く。


 ――一瞬で状況を把握し、突きで二体、蹴りで二体、近づいてきた分身体を処理する。


「まさか、ここまでの回復能力があるとはな」


 少し離れた位置にいるガスマスク野郎が、平坦ながらも感心したように話しかけてくる。


「当たり前だろ? 時間制限があるんだ。これくらいのポテンシャルはあるさ。それよりも、驚かされたのはこっちだぜ」


「特に目立つところはなかったと思うが」


「あったさ。さっきのスタングレネード、光も音も中々のもんだった。分身体はともかく、お前まで全く影響を受けてねえ。趣味で付けてそうなマスクがそんな高性能だとは……誰も思わねーだろ?」


「それは、お前の想像力が貧困なだけだ。天成教の技術力なら、十分考えられるだろうに」


「それはそれは手厳しいことで」


 奴の嘲るような言葉に、おどけて返してみせた。この返答がお気に召さなかったのか、俺を追い詰めるように、分身体を展開してくる。有意義な時間稼ぎもこれまでだな。能力の持続時間も残り少ないことだし、賭けるならここか。俺は歯を食いしばり、地を揺るがす一歩を踏み出す。


 ――刹那の時間、まるで地震でも起こったかのように振動を振りまく。


 奴らの体がぐらりと揺れる。よし、今だ! 振り下ろした足の勢いそのままに、一直線に突っ込んで行く。その速度は弾丸さながら。あっという間に、目当ての個体との距離をゼロにする。一切止まることなく、力士のようにぶちかます。だが、奴は衝撃を受けた瞬間、霞のように消え失せた。


 つまり――俺の前で喋っていたガスマスク野郎は、本体ではなく、分身体たったのだ。


 思考をまとめながら、空中に放り出された体の安定を保とうとしていると、焼けるような痛みが右足にはしる。建物の崩れるような背景音を聞きながら、苦悶の表情を浮かべ、ボロボロの地面を転がる。痛む足を見ると案の定、赤く染まる銃創があった。


 ったく、遠慮なくぶち抜いてくれたぜ。だが、これで終わりだろう。周りを見渡すと、予想通り分身どもは消えていた。俺は上着を脱ぎ、患部をきつく縛る。ひとまずはこれで大丈夫だろう。一息ついていると、上空から荷物を持って降ってきた。


「お疲れさん。瞬殺だったみたいだな」


 俺は無造作に放られた物……もとい、軍勢レギオンの本体に視線を落とす。


「まあね。居場所さえわかれば雑魚だし、こんなもんでしょ」


「ま……さか、こんな作戦……だったとは」


 奴は絞り出すように、悔恨の念が籠った言葉を紡ぎだしている。響の攻撃でガスマスクは割れ、青白い顔を晒していた。


「ようやく気付いたかよ」


 そう、俺たちの作戦は単純なものだ。俺を囮にして奴の本体を探す、これだけだった。具体的には―― 


 ――最初の煙幕で響を戦線から外し、捜索役に回す。


 ――捜索時間を稼ぐ。


 ――必死の一撃を放ったように見せかけ、野郎の攻撃を釣る。


 ってところだ。


「だ……が、なぜ……意思疎通が……できた」


「あん? そんなの分かり切ったことだろ? 俺の言葉を思い返せばな」


 俺は分かりやすいように、響の頭を触って見せる。


「符丁……か」


「頭を触ればカシラ、背中を触ればケツの文字を聞けって教えてあったんだよ。まあ、誰かさんは気づかなかったみたいだが」


 出したメッセージは、『みつけろ、ほんもの』だったか。


「だけどさ、なんであれが本物じゃないって分かったの?」


「ん? 単純な話だ。移動系のEコード持ちがいるなら、姿を潜めるのがセオリーだ。それに、奴の背後にいる個体の操作が的確過ぎた。だから、ピンと来たわけだ。全体を俯瞰できる位置にいるんじゃないかってな」


「へぇー。意外に鋭いんだね」


「意外は余計だ」


 まあ、偉そうに語っちゃいるが、実際のところ響への指令は保険だった。見事にはまったし良しとするか。


「ご高説……どうも……ありがとう。返礼と……して、土産……を残そう」


 俺たちの話を黙って聞いていたガスマスクが、いきなり嗚咽のような声を漏らす。すると、奴は口から何かを吐き出した。目を凝らすと、それはピンの抜かれた手榴弾らしきものだった。ビックリ人間かよ! こいつは! 傷のない足を必死に動かそうとした瞬間、自分の体が高速で野郎から離れていく。響の力か。


 視界の先ではどでかい爆発が起こり、熱風が肌を撫でる。


「チッ。面倒なことになったぜ」


 一応、捕虜にして戦果にしようと思ってたんだがな。


「どうする? アズマ」


 冷静に響が問いかけてくる。全く、こういう時は頼りになるな。


「永遠のところへ行けよ。そして、出来れば……」


「あの瞬間移動みたいなことしてる能力者を捕らえる」


「分かってんじゃねーか」


「まあね。じゃ、行ってくる」


 それだけ言うと、響は夜の闇の中に吸い込まれていった。

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