第24話 第二夜~仕掛け

 ――午前零時八分


 俺はEコードを発動させ、拳をアスファルトに叩きつけた。あたりには破壊音が響き、灰色の粉塵に包まれる。俺は一直線に機関銃持ちの奴らへ近づこうと試みるが、そうは問屋が卸さないらしい。乱射される銃弾の雨が、最短ルートを潰している。


 ――だが、それがどうした。


 俺は気配を殺し、体操選手さながらの跳躍で奴らの背後へと回る。感覚で位置を探り、足を鞭のようにしならせ、首を刈り取る。その蹴りは、同時に二体の分身を消滅させた。


 ――銃持ち、残り……八


 ガスマスクの奴は群れの数が減ったことに気づき、銃口をこちらに向けるだろう。しかし、もう遅い! この間合いは俺のものだ。音を頼りに高速で近づき、固めた拳を連続で振るう。ボクサーさながらのステップで、放たれた左右のコンビネーションはガスマスクを捉えた。


 ――残り、六


 だが、相手も馬鹿じゃない。煙の中から逃げるように、移動している。俺は勢いを止めることなく、駆け出しながら、足元の無数のアスファルトの破片を右手に握りこむ。足音から機関銃を持っている奴らとの距離と位置関係を把握し、その方向目掛けて、灰色の破片を投げ込む。能力によって強化された腕力のおかげで、ただの破片が散弾銃のような威力を発揮する。


 鋭敏な聴覚で着弾を確認し、残りの銃持ち二体を仕留めるために跳躍する。数メートル程度の距離を一瞬で打ち消し、顔面に膝蹴りを叩きこむ。最後の一体が素早く機関銃の照準を合わせようとしているが、残念ながら俺の拳が先に奴を貫く。これで――


 ――残り、零だ。


 灰色の煙の中を抜けると、ガスマスクの群れが現れる。銃を持っていた奴らを足した数より減っているところを見ると、投擲物が当たったのかもしれないな。


「これが身体強化フィジカルギフトか。厄介だな」


「おいおい。劣勢だからって、おしゃべりで時間稼ぎか? 未開のサルに話しかけるなんて、追い詰められたもんだな」


「勘違いするな。時間稼ぎなど……するつもりはない。最後の手向けに、称賛でも送ってやろうという配慮だ。ありがたく受け取っておけ」


「そんな配慮はいらんよ。ここで消えるのはお前一人だ」


 否定はしたが、おそらく時間稼ぎをしているのは事実だ。奴は俺の能力を知っている。つまり、この強化が十分しか続かないことも知っているはずだ。しかし、これはまだ前座だろう。さてさて、いつ踏み込んでくるか。


「ところで、一つ質問だ」


 来たな! 俺は思わず口角を上げる。 


「望月響は……どこにいる?」


「さあな。あいつは強いが気まぐれだ。こっちには早々に見切りをつけて、永遠たちの方に行ったのかもしれないぜ。まあ少なくとも、ここにはいないと断言してやる」


「下手な嘘はやめろ。潜んでいるのだろう? この近くに」


 そう言って、奴は周りを見渡す。確かに、ここには大型ヘリだけでなく、PPA所有の航空機も点在している。だから、身を隠す場所は十分にあるって言いたいんだろうな。


「そう思うのは勝手だが、俺の言葉は紛れもない真実だ。邪推はお前が損をするだけだぞ」


「……それならば、試させてもらう」


 ガスマスク野郎は、分身を二体ずつ、左右に展開する。なるほど、手堅い策だ。


「おいおい。信用ゼロだな」


 俺は足元に転がっている鋭利な灰色の破片を二つ拾い、左に走る木偶を消す。


「なるほど。理解した」


「何を?」


「お前の思考だ」


 奴は右方に追加で、二体の分身を送る。どうやら、そいつらに隠れられそうな場所を、くまなく探させるらしい。


「探すなら逆だろ? 大丈夫か?」


「問題ない。じきに分かる」


 三十秒もせず、奴らは捜索を終える。だが、響の姿は影も形もなかった。


「馬鹿な!」


 ガスマスクの奴が、焦燥と驚愕が入り混じった叫びをあげた。そして、すぐさま左を向く。分かるぜ。騙された、そう思ったんだろ。でも、残念。俺の言葉はすべて真実だ。鉄仮面が剥がれたこの一瞬――狙わせてもらう。


 ひび割れる鼠色の地を蹴り、本体へと接近する。隙だらけだぜ。軽く拳に力を込めた時、視界の端でほのかな光を感知する。


 ――ぞくり。本能が体を突き動かし、いつの間にか後方へと跳んでいた。左腕からは僅かに出血しており、血が指に滴る。光が見えた方を見ると、大型ヘリの中からライフル銃を構えた分身体。なるほど、予想外の仕掛けだ。


「やれやれ、これでも殺せんとはな」


 ガスマスクは腰のポーチから赤い液体の入った細いビンを取り出し、地面に叩きつけた。すると、液体が霧状のものに変化し、奴を型取り、定着する。これが分身の仕組みってわけか。


「補充も済んだ。さて、第二ラウンドと行こうか」


 どうやら、奴の面の皮は予想以上に厚いらしい。さっきの焦りはどこへやら。淡々と機械のように、語りかけてくるのだから。

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