第36話 第二夜~真なる力
――午前零時四十五分
立ち尽くすオレの肩を誰かが叩いた。振り向くと、そこには真剣なボスの顔がある。
「永遠、お前はステラちゃんと逃げろ」
「……どういうことですか?」
「奴らの狙いは元からこの島だったってことだよ。お前を奪えればそれでよし、出来なければこの島を破壊してPPAという後ろ盾を無くす算段だったんだろうぜ。永遠を孤立させちまえば狩るのは簡単だからな」
オレは唇を噛んだ。クソ! つまり、オレたちは……最初から詰んでいたってことか。今までの努力は――ボスや響、それにステラが傷を負ってまで勝ち取った勝利は無意味だったってのか。オレのせいで仲間を負け戦に巻き込んでしまったってのか。ジワリと生暖かいものが口内に広がり、鉄の味を感じさせる。
「――まだよ」
視界の端に映る金髪の少女がゆっくりと立ち上がる。ステラは赤く汚れた顔をブラウスの裾で拭い、覚悟が籠った力強い瞳で見つめてくる。
「もう一度、私に任せて。必ず……必ずあのガラクタを押し返してみせる。だから――」
「いえ、それは不可能なようですよ」
水を差すように静謐な神谷さんの声が響いた。ステラは首をぐるりと回し、神谷さんを睨みつけた。
「まだ分からないでしょ! もっと出力を上げれば……」
「違うのですよ、ステラさん」
苦々しい表情を浮かべた神谷さんは残念そうに横に首を振った。
「今、『イカロス』の構造を制作元のサーバーに侵入して調べました。あれの約八割はAP鉱石で作られている。物に直接影響を与えるあなたのEコードとは致命的に相性の悪い……あの黒い金属でね。おそらく、あの探査機はステラさん対策で作られたのでしょう。つまり――」
「私では不可能だって言いたいのね。理解はできる。でも、それがどうしたの? 私はステラ・ホワイト、世界最強を冠する能力者なのよ! 彼らの想定くらい覆せなくてどうするの。私の力すべてを集約すればきっと……」
いつも通りの大口。いや、これは自信からきた言葉じゃない。『自分がやらなければならない』そんな強迫観念めいた責任意識から発せられたものだ。おそらくは過去の何かが彼女を突き動かしてるのだろう。今ならわかる、ステラの思いの重さが。だが、だからこそオレが動かなければならない。たとえ彼女の理想に沿えなくとも。
オレは確かな覚悟を持ってステラの肩を叩いた。
「オレがやるよ」
意味を理解したくないのか、呆けた表情をステラはしている。だが、オレは追い打ちをかけるように言葉を続ける。
「奥の手……いや、オレの力を本来あるべき姿で使うってことだ。他ならぬステラなら理解できるだろ?」
彼女の強気な仮面は崩れ落ち、幼い子供が懇願するような表情が顔を出した。こんな意外な顔もするんだな。
「待って、待ってよ。それじゃあ私は何のために……」
ステラはオレに悲痛な顔ですがりつく。強く握られた黒いジャケットがぐしゃぐしゃによれてしまう。
「……分かってくれ」
ステラの青い瞳が揺れる。オレの抱いた覚悟の重さ、それを悟ってしまったのだろう。張りつめた糸が切れたのか、ステラはへたり込んでしまう。
「おい、永遠。今の言葉……本気か?」
「冗談でこんなこと言いませんよ。だって、この力を使えばオレは昔のように記憶を失いますからね」
「……覚悟の上ってことか」
「ええ」
「ちょ、ちょっと待ってください。永遠君の真の力? 記憶を失うとはどういう……」
「オレのEコードは本来、手で触れる制限や巻き戻す時間の制限はないんですよ。それどころかこの島全体を丸ごと効果範囲にすることだって可能ですし、数年単位で時間操作もできます」
「なんという……」
「強力ですよね。でも、それなりに不都合はあります。効果範囲を拡大する際はオレを中心にしか広げられないし、広げた分だけ巻き戻す時間は多くしなければいけません。つまり、巻き戻しの対象に自分自身も含まれるってことです。オレの能力は生物は消失しないので肉体情報だけが過去に戻る。だから……」
「肉体は若返り、記憶は失われるというわけですか」
そう呟いた神谷さんの顔には驚愕が張り付いていた。まあ、感情の起伏に乏しい響きでもはっきりと目を見開いているのだから無理もない。
「まあ、最大でもオレ自身が生きた年数以上は巻き戻せないようですが」
――沈黙。それも空気が鉛のように重たい最悪なやつだ。ごくりと喉を鳴らす音さえ、確かに聞こえてしまう。オレが乾いた口を開こうとした時、愉快そうな笑い声が響いた。
「おいおい、お前ら辛気臭い顔してんじゃねーよ。別に今生の別れってわけじゃねーんだ。『任せた、また後で必ず会おう』って言えばいいだろ? 少なくとも俺はそうするぜ」
……ボスらしいな。豪快で気持ちのいい果断さだ。振り回されることもあったが今はそれがありがたい。
「ふっ、そうですね。我々はそれくらい割り切らなければなりませんね」
神谷さんも感化されたのか薄く笑みを浮かべていた。
「申し訳ありません、永遠君。すべての責任を君に押し付けてしまって」
「そんなこと言わないでください。元々、オレのせいでこうなったんですから」
「確かにそうですが我々は仲間ですからね。本来なら大人の私たちが背負うべきだったと私は思っています。でも、力不足でそれもかなわない。だから、せめてもの謝罪とサポートを君に送らせて頂きます」
神谷さんは持っていたタブレットをオレに差し出す。
「これに『イカロス』の落下までのカウントダウンを表示させて置きました。能力発動の目安にしてください」
「ありがとうございます」
「私はこれくらいにさせて頂きます。時間も限られていますからね」
神谷さんは踵を返し、ボスの方へと返っていく。次は……。
「トワ」
不意の背後からの呼びかけにびくりと体が震える。いつの間に移動したんだよ。
「少しくらいいいでしょ。大事なこと黙ってた仕返し」
「悪かったよ。だけど、オレも全容を知ったのはここ数日だし、仕方なかったんだよ」
「簡単に片づけられないこともある。もう『今』のトワには会えなくなるとなればなおさら」
言葉の棘がちくりと刺さる。響の言う通りオレの記憶はなくなり、今のオレと響の関係性はなくなってしまう。まだ、どれだけの時を遡るかは分からない。だが、ステラの力でも排除できないとなればすべてが白紙に戻る可能性は高いだろう。
「――っていうのは冗談」
「は?」
「だから、冗談。僕は全く悲観してないし、トワの決断の妥当性も理解してる」
……本当にこいつは。響は軽く握った拳をオレの胸に当ててくる。
「またね。次は僕から声をかけてあげるから」
それだけ言うと響は背を向けて歩き出す。若干俯きがちだったせいか顔は見えなかった。しかし、十分気持ちは伝わったよ。
「それじゃ、俺たちは一足先に島から離れておくぜ。後は二人でゆっくりと語り合えよ」
ボスは意識のない菜月さんを抱き上げると、残りの二人と共に駆け出していく。良い仲間だったな。オレの力が足りずに失敗するなんてこと微塵も頭にないようだ。それに、気になっているであろうステラとの関係にも触れても来ない。最高の時間だったな。オレはそんな過去を味わうように数秒目を閉じる。
さて、あとはステラか。閉じた瞼をしっかりと開け、オレはうなだれた彼女に視線を合わせるように片膝をついた。
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