第35話 第二夜~おわりの足音
――午前零時四十分
無事、集合場所へと到着した。そこには筋骨隆々とした肉体を見せつけているボスと重々しい機械を手にする神谷さん、そして、欠伸を噛み殺しながら体を伸ばしている響がいる。響やボス、それにステラの傷や服の赤い染みを見るに激しい戦いだったのだろう。これからはこれまで以上に頭が上がらないな。オレは抱えている菜月さんを建物に立てかけるようにゆっくりと下ろす。
「おう、お疲れ! 完全にお前の策が機能したな」
近づいてきたボスが気持ちよさそうににっかりと笑う。
「上手くいったのは確かに良かったと思いますが……」
「その後のセリフが気になる……か」
やはり、ボスも天成教の引き際の素直さに疑念を抱いているのだろう。
「はい。色々な工作をして作った有利な状況をそう簡単に手放さないはずです。失敗したにしても何のあがきもないのは流石におかしい」
ボスは思案顔をしながら、顎を撫でる。
「まあ、その通りだな。だが、心配しなくてもいいぜ。今調べてさせてるからよ」
その言葉を聞き、オレは神谷さんの方へと視線を移す。神谷さんは攻撃用の重機を置き、タブレット型の機器を操作していた。おそらく、島のメインシステムにアクセスし、探知プログラムを起動しているのだろう。
「なるほど。それなら一安心ですね」
ふーっと息を吐く。すると、忘れていたあることを思い出した。
「そういえば、転移のような能力を使う軍服の男はどうなりましたか? 響と戦っていたはずなんですが」
「あー、それは……」
ボスはきまり悪そうにボサボサの頭を掻く。何かあったのか?
「逃げられた。ちょっと、目を離した隙に」
面倒くさそうに建物に寄り掛かっている響が答えた。
「いや、それは……不味くないか?」
困惑と焦りが混じったような声音が出てしまう。だが、心配ないと言わんばかりに響は首を横に振る。
「たぶん、大丈夫。一応、周辺探ってみたけどもういないみたいだし。一人でどうこうできる能力でもないから。捉えられなかったのは残念だったけどね」
「そういうことだ。だから、今は気にするな」
ボスはオレの頭に手を置き、乱暴に撫でた。全く、この人は……。オレは顔をそらし、東さんの手を払いのけて神谷さんに近づいていく。すると、突如顔を上げ、タブレットを掲げた。
「皆さん! これを見てください!」
切迫したような声が事の重大さを表している。しかも、あの冷静な神谷さんが叫ぶとは……。オレは急いで画面が見えるところまで近づいた。目を凝らすと、何かの落下軌道のようものが目に映る。
「これは惑星探査機『イカロス』のおよそ十分後までの軌道を演算したものです。ここ、見てください」
そう言って神谷さんが指をさしたのは落下地点。その場所の名前はPPA日本支部と書かれていた。つまり――
「あと十分後には探査機がここに落ちてくるってことですか……」
「……そのようになりますね」
快勝ムードから一転、不穏な空気が流れる。なるほどな。奴が最後に言い残した言葉の意味が今理解できた。まさか、あの時の冗談が本当に実現するとは……。全く、最悪な土産を置いていってくれたな。
「ちょっと、勝手にしょぼくれないでくれるかしら」
ステラは口を尖らせ、不服そうな視線を送ってくる。ずかずかとオレと神谷さんの間を通り抜け、くるりとこちらを向く。
「私がいるでしょ?」
腕を組みながらそう宣言した。――そうだ。何故忘れていたのだろうか!
「……確かに、ステラさんならば可能かもしれませんね」
「かもじゃないわ。絶対よ!」
ステラは笑みを浮かべながら、右手を空へと突き出す。その瞬間、空間が軋むように視界が揺らめき、暴風が吹き荒れる。思わず、顔を庇うように腕を上げていた。
「幸作はあまり離れないで、軌道を見せてちょうだい。落ちてくるガラクタの位置を正確に把握したいの」
ちらりと神谷さんの方を見ると、余波で吹き飛ばされそうになっていた。研究ばかりで引きこもりがちの体では堪えるのだろう。オレはそんな様子を見かねて、タブレットを奪い取る。出来るだけ何ともない風を装い、ステラの近くで機器を掲げる。
「これでいいか」
オレが声をかけると、ステラはにこりと笑った。
「十分よ」
彼女は画面を見ながら、ある方向へと右手を伸ばしていく。
「ここらへんね」
――刹那
凄まじい圧力がステラから放たれた。窓ガラスを割った時とは比べ物にならない力だ。吹きすさぶ風に逆らいながら彼女の勇士を視界に納める。きっと、この光景は伝説になるはずだからな。
「一宮君! その軌道はリアルタイムで更新されます! 処理できているか確認もお願いします!」
聞こえるように必死に声を張る神谷さんに軽く手を上げ、返事をしておく。オレはステラの力の高まりを感じながらタブレットの情報を凝視した。だが、残念なことに演算された軌道は一切変化しない。流石に宇宙からの飛来物ともなれば、時間がかかるようだな。オレはもう少し出力を上げるように声をかけようとする。
――しかし、声が出なかった。
何故か。理由は単純だ。ステラが苦悶の表情を浮かべ、目からは赤い涙を流しているからだ。濁った血液は風でアスファルトに飛散していく。誰がどう見ても彼女は限界だった。その予想は裏切られることはなく、風がやむ。ステラは膝をつき、呼吸を荒げている。オレは変わることのない電子画面を見続けることしかできなかった。
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