第17話 第一夜~約束

「さて、まずは何が聞きたい?」


 ボスは試すように、主導権を投げてくる。何を期待しているのかは知らないが、オレは聞きたいことを聞くまでだ。


「World Errorについて教えてください」


「意外だな。最初は天成教との関係について、聞かれるもんだと思ってたが」


 意味ありげな笑みを浮かべながら、東さんはそう言った。オレの真意を分かっているだろうに、わざわざ言わせようとするのか。相変わらず、捻くれた人だ。大きく息を吐き、心を落ち着ける。


「その真相は、ある程度さっきの話で予想できます。あまり気分のいい想像じゃないですけど。それと……」


 オレは力強い視線をボスの方へ向ける。信念と覚悟を持った瞳を。


「オレの腹はもう決まっています。今更折れることはないので安心してください」


 おそらく、今の覚悟を問うような問答はボスなりの優しさなのだろう。オレの心が疲弊しきっていないかを確認し、光の見えない未来へ歩みだせるかを量った……と考えられる。何とも不器用な配慮だ。


「……なるほど。すまんな。余計な気を回したようだ」


「ほんとですよ。あまりオレを舐めないで頂きたい」


 予想外の返答だったのか、ボスは目を丸くしていた。まあ、オレ自身こんな自信満々な言い回しをしたことに驚いている。ステラの性格が移ったのかもな。そう思うと笑えてくる。自然に上がるオレの口角を見たからなのか、東さんも笑いだした。それはもう愉快そうに。


「クックッ。その様子なら本当に大丈夫そうだな。いやはや成長が見られて嬉しい限りだ」


 くすんだ茶髪をかきあげ、満面の笑みをこちらに向けてくる。


「では、本題に入ろうか。まず前提条件として、EコードのEが何を表しているか知ってるか?」


 ステラも知っているようだったが、やはり東さんも知っているのか。あの時は聞けなかった答えを、ようやく聞けるようだ。


「いえ、知りません」


「そうか……。まあ、ここを長々と話しても意味ねーし端的に言うぞ。このEはErrorを表している。意味合い的には異分子とかバグみたいなニュアンスだな」


「バグ……ですか。あまりピンとこない表現ですね 」


「そうか? まあ、それでも無理はない。あくまでこれは天成教が言い始めた言葉だしな。それなりに浸透している言い方だが、知らないやつもそれなりにいる」


「東さんは、その言い方ができた起源を知ってるんですか?」


「いいや、知らん。というかどうでもいい。少なくとも、俺はEコードが使えればそれでいいんでな」


 オレは苦い表情を浮かべた。これは短慮と言うべきなのか、割り切っているのか。おそらく、後者なのだろうがそうとも言い切れないのが怖いところだ。まあ、このくらいスッキリしていた方が、うじうじ悩まなくていいのかもしれないな。……たぶん。


「話、戻すぞ。EコードがErrorからきていることが分かったな。ならば、World Errorとは何だと思う?」


 ボスはごつごつとした指を、オレの方へ向けてきた。


「……世界のバグみたいな感じですか」


「その通りだが、正確に言うと少し違う。World Errorってのは世界の法則そのものに干渉する者のことを言うんだよ。お前やステラちゃんのようにな」


 確かに、オレの力は時間という概念に干渉している。だが、ステラの力がその条件に当てはまるのだろうか。常人とは思えぬ威力の力を行使するが、世界法則を曲げているとは言い難い気がする。だが、いったんこれは保留にしておこう。直接聞けばいい話だ。今はそれよりも……。


「まあ、いまいちその重要度はピンときてはいませんが、ある程度理解はできました。では、次に……ステラとオレの関係について聞かせてください」


 オレは最も重大な部分へと足を踏み入れる。さっきの話題は言わば前座だ。気になってはいたが、最優先ではない……その程度の認識だ。威勢のいい言葉で濁しはしたけど、壁越しに話を聞いてきた時から一向に動悸は収まっていない。その鼓動を抑え込むように、左手で胸を抑えるように黒い上着を握りこむ。


「あー、永遠とステラちゃんの関係ね。俺も詳しいと言うわけではないから、ざっくりとになるぞ」


 それでも構わないと、オレは首を大きく、ゆっくりと縦に振った。ボスは頭をガシガシと乱暴に掻き、意を決したように話し始める。


「まあ、まずは何で俺とステラちゃんが知り合ったのか話すとしよう」


 オレは喉をごくりと鳴らし、ボスは太く、小麦色に焼けた足を悠々と組む。


「いやー、中々あれは衝撃的な体験だったぜ。なんせこの部屋目掛けて突っ込んできたからな。しかも永遠、お前を抱えてだ。あの時はほんと大変だった。警報なるわ、警備の奴らもわらわら集まってくるわで、誤魔化すのも一苦労ってわけだ」


「よくそんな登場した奴を信じましたね」


「目だよ」


「目?」


「ああ。あの青い瞳の中に燃えるような決意の炎を見たんだよ。それに一目見て怪物だと分かったが、一切武力を行使しようとはしなかった。そんな少女を無下にはできねーだろ?」


 なるほど、ボスらしい。甘いが信念の通ったその言葉に、オレは思わず頬が緩む。


「それで、その時に永遠を預かり、ステラちゃんは天成教からの目があるから一人旅立ったってわけだ」


 オレは話を聞きながら、急かすような視線を向ける。肝心の部分がまだだと言わんばかりに。


「分かってる。お前たちの関係だろ? ステラちゃん曰くパートナーらしい」


「パートナー?」


「その真意は知らん。だが、天成教の被検体であった永遠と縁を結び、永遠のおかげで天成教から逃げ出せたと言っていたな」


 オレは顎に手を当て少し俯く。ある程度の把握はできた。オレの境遇、ステラとの関係、それに彼らがオレにこだわる理由も。細かいところは分からないが、そこまでこだわる必要もないだろう。今のオレは、今のオレでしかないのだから。


「聞きたいことは聞けたみたいだな」


 ボスは、似合わない朗らかな笑みを浮かべている。全くこの人は……。


「ええ、十分です。ありがとうございました」


 オレは徐に立ち上がり、扉に向かって歩き出す。


「永遠。最後に一つだけ」


 不意に声をかけられ、東さんの方を半身で振り向く。


「奥の手だけは使うなよ」


 オレは当然だと言わんばかりに力強くうなづき、暗い廊下へと足を踏み出した。

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