第38話 果たされた願い
「あと、一分か」
オレはタブレットのタイマーを見て、そう呟いた。空を見上げると、確かに近づいて来る赤い何かが見える。流石は神谷さん。正確な予測だ。
「さて、今回はどこまで記憶を失うことやら」
以前と違い、オレの肉体には三年分の経験が蓄積されている。AP鉱石で作られた探査機とはいえ、そのすべてを吐き出す必要はないかもしれない。だがオレ自身、この力をコントロールできるか……。初めて使うわけではないが、その時の記憶がないのだからどうしようもない。つまり、一生この力は習熟することはないってことだ。
「まあ、大きな力にはそれなりのリスクがある方が健全かもな」
オレは一人納得し、軽く息を吐いた。すると、タイミングよくタブレットから電子音が鳴り響く。どうやら、あと二十秒ほどで『イカロス』が島に墜落するらしい。
「そろそろか」
オレは『奥の手』を発動する。陽炎が発生したかのように、空間が揺らめく。その規模はどんどんと大きくなっていき、僅か一秒ほどで島全体を包み込んだ。
その二秒後に探査機が効果範囲に突っ込んでくる。一瞬で数か月もの時間が巻き戻る異常な空間。やはりその力は凄まじく、漆黒の探査機は見る見るうちにその姿をこの世から消していく。
「せいこう……か」
オレの意識も段々と薄くなってきたか。目まぐるしく風景が変化していく中で、一人立ち尽くす。
「だ……が、もうすべて……たくしてる」
オレは飛来物が完全に消滅し、欠片一つ残されていないことを確認する。もう、いいか。
「さよなら」
ステラは空間の歪んでいる島を見下ろしていた。その顔には後悔は見えないが、複雑な表情を浮かべている。
「そんな顔すんなよ。ステラちゃん」
彼女が振り向くと、数枚のプロペラによって浮かんでいる白いヘリコプターのようなものから顔を出している東がいた。
「それを永遠は望まない、そうだろ?」
東は不器用に片目を瞑って見せる。ステラはそれを見え、クスリと笑う。
「ええ、そうね」
一分も経たないうちに、空間の歪みが晴れた。様々なところが壊れていたPPA日本支部であったが、今はすべてが元通り。騒乱の傷跡は何一つ残っていない。しかし、建物の高さや並んでいる航空機の数には違いがあった。島自体がタイムスリップした、その光景は何とも不可思議で歪であるといえる。
そんな景色をステラが悠然と眺めていると、島に動く影が一つ。彼女は特別夜目が利くわけではない。だが、雲一つない空のおかげか、しっかりとその姿を捉えていた。
(あれは、もしかすると……)
ステラは顎に手を当て、少し俯く。彼女は数秒も経たないうちに顔を上げ、東の方を見た。
「少し、用ができたわ。永遠クンのところへは先に向かってちょうだい」
「あ、おい!」
東の声も聞かずにステラは飛び出した。
「やれやれ、保険が無ければ終わっていましたね。敗北することは想定内でしたが、まさかあの探査機を消滅させるとは……。しかし、この手はそう何度も使えないでしょう。すぐに本部に戻って攻勢をかければ――」
男は突然の暴風に腕で顔を庇う。男がおそるおそる顔を上げると、そこには金色の髪を輝かせる少女が一人。一瞬のうちに思案に耽る男を追い越し、目の前に立っていたのだ。
「あ、あなたは……」
「黙って」
軍服の男が一言発するより早く、その体が宙に浮かぶ。しかも、ただ浮いているだけではない。重機で押さえつけられているような力が男の全身には加えられている。当然、男は動くことすらままならない。
「私の質問に答えることだけ許可するわ。それ以外は……分かるでしょ?」
男は必死に頭を縦に振った。
「じゃあ、一つ目の質問。あなたの体は空間移動のEコードを持った男、でも中身は幸作や仙道を操った男、そうでしょ?」
「よ……く、わかりましたね」
苦しげな声で
「当たり前でしょ。私は能力者のオーラみたいなものが見える。だから、その違いで乗っ取られているかの判断ができるのよ。理解したかしら」
「なる……ほど。その、情報は知りません……でした」
ステラはその言葉に鋭い視線を送る。だが、熱を吐き出すように息を吐き、右手を上げる。
「冥途の土産になってよかったわね。知りたいことは知れたから質問は終わり。さようなら」
右手を徐々に閉じていくと、それに比例して男を潰す力は強くなっていく。男の体はどんどん縮こまっていき、骨が軋む音が僅かに響く。
「ま……て、アルファ……について」
昔の永遠の名に反応したのか、ステラの力が緩む。
(いける! やはり彼女はアルファに異常に執着している。彼のことを引き合いに出せば一分程度時間を稼ぐのは容易い)
幻影が心の中でほくそ笑むのも無理はない。彼の力は他人の体内に存在する自分の血液に応じた時間、体を乗っ取るというもの。その欠点は与えた血液に対応する時間、対象者の体を操作しなければ、本体には戻れないということ。だが裏を返せば、注入した血液量分の時間さえ経ってしまえば、どれだけ本体が離れていようと戦線から離脱できるのだ。
――そして、そのリミットはあと六十秒。
およそ三百文字、それだけ話せば経ってしまうほどの僅かな時間。男の腹の中では既に勝利の鐘の音が鳴っている。
「アル……」
「もういいって言ったでしょ?」
男の額にぽっかりと穴が開く。左手の人差し指の先から放たれた衝撃波のせいだ。綺麗に穿たれた穴から、遅れて赤い血が噴き出してくる。
「私、オーラが見えるって言ったでしょ? 実はこれ、大まかな感情の変化も分かるのよ。だから、あなたが何を考えていたかは知らないけど、下種な人間だってことは分かった。もう聞こえてないでしょうけど」
ステラは念動力で血の流出を抑えながら、ともに浮かび始める。
「永遠クン。あなたとの約束……果たしたわ」
ステラは届くことない言葉を虚空に向かって吐き出し、東たちが向かった方角へと加速し始めた。
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