第5話 東正剛

 小型航空機が、海に浮かぶ巨大な人工島に着陸する。近代的なビルが立ち並んでいるため、海が見えなければ、都心と勘違いしてもおかしくないだろう。


 そのため、この島で生活するのは予想以上に快適だ。これは必要だからというよりも、外に早々出られない能力者たちが、ストレスを抱えすぎないようにする配慮といったところだと思う。……まあ、あの人がそこまで考えているのかは知らないが。


 飛行機を降りると、一際大きい高層ビルへと足を向ける。


「あそこにあなたたちのボスがいるのかしら?」


「そうだ。PPA日本支部管理主任の東正剛あずませいごうがな」


 オレは全三十階層から成るビルを見上げる。いつ見ても首が痛くなる高さだ。


「ああ、あの人ね。一度だけ会ったことがあるわ。どう見てもそんなお偉いさんには見えなかったんだけど……」


「まあ、その意見には同意だが、ああ見えて優秀な人なんだよ」


「ふーん。人は見かけによらないものね」


 他愛無い会話でお茶を濁しながら、オレたちは自動ドアを抜け、ビルの中に入っていく。どの階も外壁はガラス張りなので、フロントは太陽光が差し込み、程よく明るい。偶にちらちらと光が目に当たるのが鬱陶しいが、特段騒ぐほどでもない。


 目の前に鎮座しているエレベーターに乗り込み、『30』と書かれたボタンを押す。若干の浮遊感に襲われながら、上へと昇っていく。


「ねえ、永遠クン」


「なんだ?」


「カウンターみたいな場所はあったのに、誰もいなかったけどあれで普通なの?」


「まあな。少なくともあの場所が使われているところを、オレは見たことがない」


「じゃあ、何のためにあるの?」


「何のためでもないんだろう。東さんに言わせれば、風情があるから作ったそうだからな」


「変人なのね」


 どの口が言うのかと思ったが、唾を呑み込み、喉まで出かかった言葉を辛うじて体の中に押し込む。お前が言うなと言ったところで、不毛な会話になることなんて目に見えている。


 甲高い機械音が鳴り、分厚い金属製の扉が開く。会話が途切れ、安堵の息を吐いた。そして、ふと顔を上げると、目の前に聳えるガラスの壁からは島の光景が一望できる。まるで展望台と言ったところだ。まあ、もう見飽きたが。


 エレベーターから出て、右側に延びる通路を、先導するようにオレは歩き出す。彼女も特に何も言わず、付いてきているようだ。


 ほんの数十秒ほど歩いた場所にある、白い扉をノックすることなく開ける。一人の男が、ソファーに座っているのが目に入る。


「遅いぞ、永遠。待ちくたびれてひと眠りしちまうところだったぜ」


 野太い声が鼓膜を揺さぶる。声の主はもちろん我らがボス、東正剛だ。縮れた茶髪を頭の真ん中で分け、アロハシャツに泥土色のズボンを身につけ、さらにサンダルを履いている。一見、リゾート地で浮かれている奴にしか見えない。まあ、体がデカいから舐められはしないのが救いか……。


「いや、予定通りですよね。夜更かししてるツケを今払おうとしないでくださいよ」


「仕方ねーだろ。今や世の中には様々な娯楽が溢れている。ゲームに、本、動画に漫画。そんなものが沢山あるのに享受しないなんて人生の損失だろ? つまり、悪いのはこの世界だ。俺は悪くない」


「拗らせた高校生みたいなこと言わないでください。今はオレも軽口に付き合う気分じゃないので」


「命狙われるのなんて今更だろ? 何ビビってんだよ」


「……今回の相手はそこらの木っ端組織じゃなくて、あの天成教ですよ。世界最大の裏組織であり、非人道の限りを尽くす過激派集団。普通に考えて恐怖するもんでしょ」


「まあ、そうだが、今のお前には世界最強が付いてるんだぜ。なあ、ステラちゃん」


 ボスは彼女に負けないくらい、馴れ馴れしく呼びかけた。少女はクスリと笑い、余裕綽々といった表情を浮かべた。


「ええ、本当にその通りだわ。私がいるんですもの。核ミサイルが飛んできても守って見せるわよ」


 少女は東さんの前にあるソファーまで歩いていき、当然のように座り足を組む。普通に考えれば、失礼極まりない。まあ、彼女が『普通』なんて思ってはいないが。


「正剛、あなたは話が分かるみたいね。褒めてあげる」


 彼女の生意気な発言に、東さんは声を出して笑う。それはもう愉快そうに。オレだったら苛立つかもしれないが、変人同士通じ合うものがあるのかもしれない。


「世界の頂点に褒められるなんて、光栄の至りだ。礼にこいつをプレゼントしよう」


 そう言ってボスは、ソファーの中に手を突っ込む。取り出されたのは案の定、銃だった。全身黒塗りの自動式拳銃と呼ばれるものの銃身が、何故かオレの方を向いている。まさか……。


 乾いた発砲音が響き渡り、黒い弾丸が、オレ目掛けて飛んでくる。奇天烈な状況に、思わず目を見開いた。

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