第4話 PPA

 小型飛行機に乗りこんだオレたちは、またも空を横断していた。大型旅客機と違い、下まで見渡せるが、生憎と一面海だ。見どころなんか何もない。呆けたように無心で外を眺めていると、不意に肩を叩かれた。


「ねえ、ちょっといい?」


 右横を向くと、光輝く海面のような瞳が、こちらを覗いていた。口角が上がったその顔は許可を得ているわけではなく、今から話すぞという宣言のようだ。まあ、ダメだと言ったところで話し始めるだろうが……。


「ああ、何だ?」


「これは今どこに向かっているのかしら?」


 ごく普通な質問に、若干怪訝な顔をしてしまう。そんなことくらい分かっているはず。裏の意図があるのか?


 探るような視線を向けるが、彼女の表情は一切変わらない。純粋な笑顔が浮かんでいる。逆に不気味だが、大して知らぬ中の人間に踏み込みすぎるのも、不躾というものだろう。


「PPAの本部に向かってるんだよ。オレが今身を置いている機関でもあるし、あそこ以外の場所は危険でゆっくりできないからな。そこらへんは分かるだろ?」


 PPA……サイキックプロテクトエージェンシーの略称だ。世界の各地に拠点を持ち、能力者を保護し、活用している国際的な企業の一つでもある。表向きは様々な事業を展開する外資系企業としているが。


 超常的な能力を持つ者は、様々な組織にとって垂涎ものだ。それを隠して過ごしていたとしても、いずれはどこかの機関に見つかり、非人道的な使い方をされる未来が訪れるだろう。


 だから、PPAはそうなる前に保護し、合法的に力を活用する、そんな組織の一つだ。Eコードを持つ者を利用する点においては同じだが、個人の意思を尊重し、尊厳も踏みにじらないくらいにはまともな組織なので、不満を漏らす者は少ない。


 正直、一般市民が運よく能力を持って生まれたとしても、ひっそりと狩られるのが落ちだという事実を皆、分かっているからである。いや、理解させられていると言った方がいいかもしれない。結局、超能力は本人に利益ももたらすが、それ以上の災いを運んでくるってことだ。


「PPA……ね。組織的にはそれなりに信用できるけど、大きなものほど内に蟲が入り込んでるものだと思うけど?」


 獅子身中の虫を心配しているということか。彼女が遅れを取ることがあるとすれば、奇襲や毒殺くらいだから警戒するのも分かる。


「その心配はひとまずはないと思うぞ。今から行くPPAの日本支部は、心を読む能力を持つ人が所属人員を検閲済みだ」


「その人自身が蟲だったらどうするの?」


「それはない。その人はオレがPPAにいる前から組織に所属していた古株だ。蟲の可能性は極めて低いと思うぞ」


「ふーん。まあ、確かにそんな内通者がいるなら永遠クンの首はもう胴にはくっついていないわね」


「安心したか?」


「一応ね。会って見れば分かるし、今は保留ってところよ」


 意外にも、慎重な発言が彼女からこぼれ出た。最初はふざけた奴かと思ったが、割とちゃんとした人なのかもな。それか依頼として受けた以上、護衛としての責務を全うしようとしているのかもしれない。個人的にはそうあって欲しいものだ。


 そんな期待を彼女に傾けるように視線を向けた時、ピピっというアラーム音が狭い航空機内に響く。


「まもなく到着いたします」


 PPA専属のパイロットが、親切に目的地への到着を知らせてくれる。


「意外と早かったわね」


「ここに近い空港に降りたからな。必然ってやつだ」


「周到ね。流石、名を轟かす大企業」


 勝気な笑顔を浮かべているため、全く称賛しているようには見えないが……彼女なりの誉め言葉なのかもな。実力は確かとはいえ、面倒そうなやつとこれから一緒にいるのか。オレは窓の外を見ながら、そっとため息をついた。

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