第7話 犯行声明
背後から、ガチャリと音がした。東さんの秘書の菜月さんだろう。カツカツと、ヒールが床を打つ音が鳴り、それを確信する。彼女はオレたちのところまで来ると、立ち止まり、ステラの方を向く。
「お初にお目にかかります、ステラ様。私は東の秘書をしております、十六夜菜月と申します。以後お見知り置きを」
菜月さんは、とても綺麗な所作で頭を下げ、だらりと長い艶やかな黒髪が床へと近づく。相変わらずきちんとした人だな。固いと言えばそれまでだが、変人ばかりのこの異能者の社会では貴重な存在だ。変人濃度の濃いこの空間を中和してくれるはずだ。
「初めまして、菜月。私は私よ。よろしくね」
オレはその言葉に、思わず頭を抱えた。何とも傲岸不遜な言い回しだ。そもそも、自己紹介にすらなっていない。自分のことは知られていて当然、名乗ることも不要という意図が透けて見える。
まあ、実際紹介なんてされなくても、この世界に精通している人間なら、誰でも知っているのは事実なんだが……。流石というか、なんというか。もういっそここまでいくと、尊敬の念すら覚えるな。
「はい、よろしくお願いします」
頭を上げた菜月さんの茶色がかった瞳には、一切の動揺は見えない。それどころか挨拶は終わったとばかりに、東さんの隣にゆっくりと腰を下ろした。こっちも流石だな。
「早速だが菜月、あれを」
「分かってますよ。東さん」
彼女は腰を折り、足元へと手を伸ばす。すると、足元の影に菜月さんの白い手が沈んでいく。もちろん異能の力、名前は
影の中から取り出されたのは、数個のタブレットだった。オレ、ステラ、ボス、それぞれの前に置かれる。オレはそれを手に取り、画面に触れる。すると、何かの資料データが浮かび上がる。タイトルは『護衛依頼とその概要』だった。
「では、私の方から今回の依頼について、説明させていただきます。お手元のタブレットにすべての資料を保存していますので、適宜各自でご参照ください」
オレは彼女の言葉にのっとって、画面を指でなぞり資料をスライドさせていく。正直、オレと東さんはそこらへんの事情は知っている。つまり、この場はステラのために用意されており、オレたちが居るのは齟齬がないか確認するためでしかない。まあ、それでも真剣に聞かないと、菜月さんに怒られるから真面目に聞くが……。
彼女の方へ視線を向けると、背筋をピンと伸ばし、真っ直ぐにステラの方を見ている。スーツを身に纏い、タブレットを手にしている姿は正しくプレゼンをしている社会人だ。隣のボスとの差が凄いな。
「まずは、今回の依頼の発生背景をお話しします。資料の3ページ目をご覧ください」
一応、オレもそのページへとスライドを戻す。そこには、よく見慣れた文字列が並んでいる。
「何故、ステラ様に依頼をお願いしたのか、その理由ですが端的に申し上げれば、国際的犯罪組織『天成教』に一宮君の身柄が狙われているからです。その理由ですが……」
「彼の能力の価値に気づいたからでしょ?」
ステラは事もなさげにそう言った。まさか、一度見ただけでオレの力の真価に気づいたのか……。いや、オレのことを調べた経緯で知ったというのが濃厚だな。見ただけで分かるものでもないし。
「その通りです。今まで彼の力のことは秘匿してきました。ですが、どこからかそれが漏れた。私どもと彼らは幾度となく争ってきましたが、それはただの小競り合い、お互い全力で相手に仕掛けることはありませんでした」
「まあ、二つとも大きな組織だし、根元まで刈り取るのは不可能に近いわね」
「ですが、彼の存在がその関係に終止符を打った。彼らは確実に攻めてきます」
ステラは菜月さんの言葉を聞き、怪訝な表情を浮かべた。どうにも納得いっていないという感じだ。
「少し疑問なのだけど、何故情報が洩れていると気づけたの? それに彼らが攻めてくる保証なんてあるのかしら」
「それは……」
「侵入者と犯行声明だ」
割って入るように野太い声が響く。
「……どういうことかしら?」
「つまりだ。ほんの一か月ほど前、俺たちは間抜けにも敵の侵入を許したあげく情報を抜き取られてんだよ。そして、奴らから届いたのがこれだ」
東さんは催促するように、菜月さんに手を差し出す。彼女は溜息をつきながら影の中から一枚の書簡を取り出し、手渡した。
ボスはそれを見やすいように、ステラの目の前に突き出す。見なくてもよく覚えている。そのふざけた手紙はまさしく、オレの身柄を奪うことを暗示した宣言だったことを。
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