第11話 証言

 扉を抜けると、格子で区切られたいくつもの部屋が、左右に並んでいた。もちろんその部屋は格子だけでなく、全面AP鉱石で作られている。隣にいる規格外を除けば、この部屋から自力で抜け出せる能力者はほとんどいないだろう。


 中央の通路を突き当りまで進むと、右側の牢獄に件の事件の犯人と目されている、神谷幸作さんがいた。部屋の中央にある黒い椅子に腰かけ、俯いてる神谷さんの姿は以前よりも頬がこけ、髭が伸びているように見える。まあ、仕方ない。狭い部屋に押し込められるのは、さぞストレスがかかるはずだからな。


「神谷さん、少しいいですか?」


 オレたちの存在に今気づいたとばかりに、はっとしたように勢いよく顔を上げた。黄土色の瞳がまじまじとこちらを見つめてくる。オレというよりは、隣の少女を見ていると言った方が正しいかもしれないが。


「おや、久しぶりですね。息災ですか? 一宮君」


「ええ、今のところは。まだでかい病原菌が飛来する前ですから」


 その言葉に神谷さんは苦い笑顔を浮かべる。


「それで今日は何をしに来たのでしょうか? 隣のお嬢さんが関係してるとは思うのですが……」


「実は……」


「組織を売った犯人に事情を聴きに来たのよ」


 オブラートというものを知らない女が、率直すぎる言葉をぶつけた。本当に、初対面で失礼な真似をしなければいけない病にでも罹っているのだろうか。そんな疑いを向けなければならないほど、彼女の言葉は鋭い。だが、おそらくこれも……。


「ふふっ。随分な物言いですね」


「別にいいでしょ? 事実を言っただけなんだから。それとも何か引っかかることでもあったの?」


「いいえ、何もありませんよ。元気なお嬢さんだ、そう思っただけですよ」


 神谷さんは達観したような笑みを浮かべた。流石は組織でも古株、心身が万全でなくとも煽り耐性が高い。その、のらりくらりとした様子に、ステラもあっけにとられた顔をしていた。


「毒気を抜かれたわ。狙いもバレてたみたいだし、降参ね」


 彼女は両手を上げ、苦い笑みを浮かべた。


「ええ。尋問の基本は精神の揺さぶりですから。年の甲という奴でしょうか。あなたの聡い仕草を見れば大方の意図は読めてしまうのですよ」


「神谷さん、聡い仕草って何ですか?」


「視線ですよ。彼女の目線はここに来てから一度も私から外れていない。それだけ何かを読み取ろうとしている証拠であり、私の考えの証明でもありますね」


「なるほど」


 オレは横の金髪の少女をまじまじと見つめる。確かに、今もなお、彼女の視線は神谷さんに注がれていた。


「もういいかしら? あなたの腹は私じゃ探れないようだし、聞きたいことを聞くとするわ。ま、白の確証が得られなかったから話半分にだけど」


 神谷さんは白髪の混じった頭を掻き、苦い表情をしている。このフォローはしておかないとな。


「神谷さんは白だぞ。前に言った心を読むEコード持ちが確認済みだ。結果、神谷さんの証言に嘘偽りはなく、天成教のスパイという可能性も消えた」


「私もそのことは考慮済み。だけど、まだ会ってない人のことを全面的に信用するわけにもいかないわ」


「そう言えば会えば分かるみたいなこと言ってたな……。分かった、ちょっと待ってくれ」


 オレはそう言って、ポケットからスマホを取り出した。電話帳の中から不知火という名前をタップする。通話の催促音を聞くこと数秒、しゃがれた声が鼓膜を揺らす。


「なんじゃ、坊主。何か用かい」


「すみません、老師。少しだけ拘置所の神谷さんのところまでご足労願えませんか?」


「ええが……あまり時間はとれんぞ」


「はい、問題ありません。すぐに済みますから」


「ならええわ。すぐに向かうでな。ちょっと待っとれ」


 それだけ言うとぶつりと電話が切れた。せっかちな人だ。


「話はついた。少ししたら読心の能力者は来てくれる。それまでは取り合えず……」


「事情聴取ってわけね」


 割と真面目な顔で、ステラは告げる。いつも飄々としているが、やるときはちゃんとやるんだな。さっきのこともあるし、オレはこいつの底を図り間違えてるのかもしれないな。


「さて、まずは犯行当時あなたには意識があったのか教えてくれる?」


 何とも局所的な質問だ。まあ、状況を加味してある程度の予測は立っているということか。


「良い質問ですね。答えは覚えていないです」


「無能な政治家みたいな言い訳ね」


「言い訳ならよかったのですが、本当に何も覚えていないのですよ。私の記憶はメインコンピュータのデータの精査をしていたところでぶつりと切れ、次の瞬間には私が取り押さえられていた、そんな状態なのです。信じられないかもしれませんが」


 ステラは何か考え込むように顎に手を当て、少し俯いている。


「何か心当たりでもあるのか?」


「少し……ね。でも、まだ妄想の域を出ないわ」


「それでも構いません。教えてくれませんか? 私もずっとこのままなのは嫌ですから」


 少し神谷さんの目に覇気が戻った気がする。一筋の光明が見えたからかもしれないな。本当に良かった。


「単純な話よ。人を操る、その類の力を使われた可能性について考えていたのよ。あの組織にはその手のスペシャリストがいるって聞いたことがあるし」


「操作……ですか。その系統の力は大抵、有効射程があるものですが、ここは常に警戒しているPPAの本拠地です。可能とは到底思えませんが……」


「言ったでしょ、まだ妄想の域だって」


 その言葉に、神谷さんの口からほんのりため息が漏れる。やはり、この得体の知れない失態がかなり尾を引いているようだ。責任感の強い人だし、仕方ないが……なんとかしてあげたいな。


 一瞬、暗い雰囲気が場を支配した。だが、それを打ち破るように、扉の方から陽気な声が聞こえてきた。


「来たぞ、坊主。さっさと話しを聞かせい!」


 その声の主は招集した読心の能力者、不知火仙道しらぬいせんどうその人だった。

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