第9話 錬金

 思い立ったが吉日とばかりに、ステラは立ち上がる。即断即決とは……行動力の鬼だな。ここまで迷いのない姿勢だけは尊敬できるかもしれない。


「さあ永遠クン、案内して」


 完全に護衛対象を召使いのように扱うその姿に、先ほどまであった敬意はすぐに吹き飛ぶ。少しは素直に褒めさせてくれないものか。


「それはいいんだが……」


 オレはちらりと、東さんたちへ視線を向ける。


「行って来いよ、永遠。俺たちはやることがあってついて行けないが、話は通しておいてやるからよ」


「何か私たちでは分からなかったことが判明するかもしれないし、案内よろしくね」


 肯定的な返事が二人から返ってくる。まあ、仕方ないか。これから二人での行動も多くなるし、慣れておかないとな。


「分かりました。二人がそう言うなら行ってきますよ」


 オレは、重たい腰をソファーからゆっくりと持ち上げる。


「さ、早く行きましょ」


 一足先に扉の方に向かっていたステラが振り向き、催促してくる。全く持って気ままな奴だ。オレは早足で彼女の方へと向かっていく。すると、後ろから野太い声が飛んできた。


「ああ、そうだステラちゃん。天成教の声明にあった半月後ってのは二日後のことだ。勘違いしないようにな」


「分かったわ」


 ステラは振り向くことなく、手をひらひらと振りながらもう片方の手でドアノブを回す。ガチャリと音を立てて開いた扉を、オレたちは入って来た時と同様にくぐった。ドアを閉める時に一瞬、東さんの姿が視界の端に映る。何故かボスは親指を立てて嫌らしく笑っていた。ほんとにあの人はいい性格をしている。


 オレはステラを伴って、ビルから出ていく。都心のような舗装された街並みを歩きながら、彼女を先導する。


「ここ島なのに妙に近代的ね」


 ステラは周りのビル群や立ち並ぶ巨大風車、聳え立つ発電所の煙突を見ながらそう言った。


「まあな。この島で働くPPAの人間はここで暮らしているからな。必然的に近代化するしかなかったと言っていたよ。防衛設備に発電所、通信設備や快適な住居、色々と揃えていたら結果的にこうなったらしい」


「ま、それにしてはやりすぎだと思うけどね。ビルなんてあんなに高くする必要あるの? 正直、正剛の趣味にしか見えないけど」


「それもあるだろうな。さっきのビルで恒常的に使っているのは、最上階の支部長室と十五階にある事務室だけだ」


「ほんとにお金の無駄ね」


「確かにな。だが、オレたちにとって金は大した問題じゃない」


「あー、確かにそうかも。あなたの力を使えばお金なんて、錬金術のごとく生み出せるものね」


 オレはその言葉にびくりと体を震わせる。能力を見せたのは一度だけ……。それなのに、もう気づいたのか。いや、元から知っていたと考えるのが妥当か。見てわかるようなことでは無いからな。


「……まあな。だが、別にそれだけじゃないぞ。Eコードを使えば金を稼ぐのは容易だからな」


「ふーん」


 聞いているのかよく分からない生返事が、鼓膜を刺激する。何か思うところがあるのか、不思議に思っていると、彼女が街路樹の葉を一枚千切り、オレの目の前に浮遊させた。無理やり木から剝ぎ取ったせいか、端が少し欠けていた。


「見せてよ、その錬金術」


 ステラは面白そうに笑う。揶揄うようなその視線はまるで、悪戯好きな子供のようだ。


「錬金術ではないんだが」


 オレは立ち止まり、浮いている木の葉を右手でつかみ取る。ステラの方を振り返り、右手で取った葉を見せる。そして、それを左手へと移す。


「いくぞ」


 一瞬、右手周辺の空間が歪曲し、まるで陽炎が発生したかのように歪んで見える。その歪みが収束すると、そこには左手に移した葉と同じものが乗っていた。まるで複製されたかのようなその葉は、端の欠け具合さえ同じものだ。


「ほんとに物体を丸々コピーしたみたいね」


 彼女はオレの手の中にあった二つの葉を取り、見比べながらそう言った。まあ、実際その通りだ。オレはさっき右手周囲の空間を、数秒ほど巻き戻した。すると、どうなるだろうか。その戻した時間軸には、現在左手に乗っている葉が右手に存在しているはずなのだ。つまり、能力の副次的な結果によって、同じ形の木の葉が生成されたということになる。しかも、この複製は永続的に続く。等価交換を無視した夢のような力と言えるかもしれない。


「まあ、実際そうだしな」


「確かに凄い力よね。希少な物資も無限に増やせてしまうのだから。でも……」


 ステラはにっこりと笑い、ゆっくりと近づいて来る。どんどんと距離は詰められ、いつの間にか少し動けば額がぶつかってしまうほどになっていた。


「彼らがこれだけであなたに固執するのかしら?」


 星を宿したようなつぶらな瞳が、オレの心の中を覗き込んでいるかのように、妖しく煌めく。高鳴る鼓動を精一杯抑え、彼女の力強い視線から逃れるように、顔をそっとそらす。


「さあな。奴らの思惑をオレが知るわけないだろ」


 若干声が上ずり、間抜けな声を出してしまった。オレの動揺具合が余程可笑しかったのか、彼女は体を丸め、肩を小刻みに揺らしている。


「フフッ。やっぱり永遠クンといると飽きないわね」


 そう言うとステラは何事もなかったかのように、目的地への先導を促してくる。本当に何だったんだ? さらなる深淵がオレにあると思っていたようだが……。まあ、いいか。彼女の興味は逸れたようだし、気にしても仕方がない。オレは急いで均整なアスファルトを踏みしめ、駆けだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る