第33話 第二夜~裁き
――午前零時二十五分
「それにしても、十六夜菜月のEコードは本当に便利ですね」
「……いきなり、何だ?」
オレは影に嵌った左足を抜こうと持ち上げるが、思うようには動かせない。クソ! こんな使い方もあるのか。
「君の無様な姿を見て、改めて思っただけですよ。物資の運搬だけでなく、足止めや拘束にも使えるのですから。まあ、それも私が彼女のEコードというものをよく理解しているというのもあるでしょうが」
自慢げに語る<
――邪悪、それがこいつの本性なのだろう。
人を見下し、愉悦に浸る様子や、虚言を用いて感情を揺さぶり、主導権を握る戦略からも伺える。流石は裏社会の重鎮、根元まで腐りきっている。
「その口ぶりから察するに、あんたが乗り移った人たちは最初から狙っていたということか」
奴は小馬鹿にするように口角を上げ、満足そうに目を細める。
「半々と言ったところですかね。君の言う通り、神谷幸作と十六夜菜月は狙っていましたよ。神谷は情報を盗み出すため、十六夜は荷の運搬と戦況の操作のために必要でしたから。ですが、不知火仙道は偶々ですよ」
「偶々だと?」
「ええ、そうですよ。偶然、乗っ取ることのできる条件を満たしていた。偶然、この島に残っていた。偶然、単独行動をしていた。だから、狙った。それだけです」
何でもないように淡々と奴は語る。あまりの命への関心のなさに、思わず拳を強く握った。その様子から、オレの心の揺らぎを見透かすように、奴はゆっくりと口角を上げる。
「ですが……あなたには堪えたようだ。この見事な采配を神に感謝しなくてはなりませんね」
得も言われぬ怒りが沸々と湧き上がるのを感じる。この正体不明の悪魔を消してやりたい。そんな欲求が体中を満たしていく。感情に突き動かされ、前のめりになった瞬間、不意に右耳から通信機が零れ落ちる。それを見て、オレの頭は冷たい電気が走る。
――忘れるところだったな。
オレはため込んだ熱を吐き出すように、ふっと息を吐く。
「勝手に感謝しとけよ。オレたちがそんなくだらない神の思し召しってやつを否定してやるから」
オレの冷静な返しが予想外だったのか、奴は間抜けな表情を浮かべている。どうやら、今回は手のひらで踊らされずに済んだらしい。
「意外ですね。今のあなたなら確実に怒りをあらわにすると思ったのですが……。やはり、人間もどきは人にはなれないということでしょうか」
「さあな。オレは人間じゃないらしいからよくわからないな」
オレの回答が余程つまらなかったのか、奴の顔は元の平坦な表情へと戻る。
「……なるほど。もう遊べませんか。残念です」
やはり、今までの会話は挑発だったようだ。流石の性格の悪さだ。
「まあ、どうせ今回の作戦はもう終わりのようですし、いいですが」
奴は割れた窓の外と位置情報を監視している画面を見ながら呟く。外を見ると、島の一部が浮き上がっているのが見えた。いや、それどころではない。その下にあったであろう海水までもが上空にひっぱりあげられている。これは十中八九、ステラの力。つまり――
「あなた方の勝ちですね」
確信した勝利を何故か<幻影>が告げた。そして、タイミングよく一気に周りが暗くなる。俗にいう停電だ。しかし、ステラの力のせいだと思ったのだろう。奴はオレの拘束が解けたのも気にせず話し続ける。
「彼女はあの上にいます。ベータとガンマもね。おそらく、島に致命的なダメージを与えないために上空へと戦場を移したのでしょう。正面戦闘になればこちらに勝ち目はありません。やれやれですよ」
「確かに、お前の言葉が正しいのならばそうだろうな。だが、いやに潔いな」
「戦況を冷静に見ているだけですよ。こちらの駒はすべて倒されてしまったようですし」
オレは内心ほくそ笑む。流石、ボスたちだ。
「ですから、私は退散させてもらいます。話の続きはまたの機会と致しましょう」
「待て!」
オレは再び奴へと銃口を向ける。幻影の紫紺の瞳は瞳からは呆れ混じりの感情が伺える。
「またですか。無駄ですよ、そんな脅しは」
「意味ならあるさ」
迷うことなくオレは銃を投げ渡した。真っ黒な拳銃が月明かりに照らされ、クルクルと回っているのが辛うじて見える。予想外の行動に一瞬奴は硬直した。その姿に口角を上げ、オレは勢いよく真後ろへと跳んだ。一連の行動に目を丸くしている奴の体を突如、眩く発光した。いや、雷に打たれたと言った方が正しいか。
淀んだ奴の瞳がオレを睨みつけてくる。ようやく気がついたようだ。自分が嵌められたのだと。
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