第16話 第一夜〜密談
「仕方ないでしょ。私にとっては三年ぶり……念願の再会なんだから」
オレは扉に耳を押し付け、ひっそりと会話を伺う。都合がいいことに室内のスピーカーから音が出ているため、聞き取りやすい。それにしても、ステラと昔会っていたとは……。
「分かってるさ。別に咎めたりはしねーよ。だが、理解したろ?」
「ええ、今回の彼らは本気みたい。私がこっちに付けば、引くかもしれないと思ったけど……」
「予想以上に奴らは、永遠に価値を見出してるみたいだな。天成教にいた者として、心当たりはあるか?」
聞き逃せない言葉が、東さんの口から飛び出した。ステラは天成教に居たのか! ということはもしかしたらオレも……。今まで見えてこなかった過去に光が差し、自然と鼓動が早まる。
「……おそらく永遠クンの『World Error』としての力が欲しいんでしょうね。私もだったけど、特に彼の力の有効利用を研究してたから」
World Error? 何だそれは。オレがその何かに属してるのか? 二人の間では既知の言葉のようだが、聞いたことがないぞ。オレは思わず扉に身を寄せる。
「なるほどな。永遠のEコードを利用する算段が何かあるってことか」
「そうでしょうね。三年前にほとんどの研究データは消えたと思うけど、永遠クンに関する計画は私も把握できないくらい壮大だったから」
「そりゃそうか。奴らにとっても、永遠は最高傑作だろうしな」
「ま、彼らは永遠クン以降『World Error』を作れていないみたいだし、固執するのも無理ないわ」
作る? 不穏な言葉に身を硬くした。だが、気取られないようにしっかりと足に力を入れ、姿勢をキープする。東さんは分からないが、ステラはオレが聞いているとは、露にも思っていないだろうからな。
「それで……勝算はあるのか?」
「あるわよ。私、最強だもの」
流石の発言だ。頼もしいが釈然としない。天成教だって、彼女対策はしてくるはずだからだ。もやもやとした感情を抱え、無機質な壁をじっと眺めていると、ゲラゲラと笑いだすボスの声が響いてくる。扉越しでもうるさいと感じるほどには大きな声だ。
「ステラちゃんらしい言い草だな。ほんとに頼もしいな。だが、ここで悪報がある。PPA総本部は、永遠を奴らに引き渡す方へと、意見が傾いてきている。貴重な精神系能力者の仙道さんが殺されたこともあるが、他の支部も圧力をかけられているからだそうだ」
……なるほどな。確かに、組織として考えれば、オレを天成教に引き渡した方が無難か。
「……正剛はどう思っているの?」
オレはその発言に身を強張らせる。実際、東さんが他支部の意見に賛同することはないと思ってはいる。だが、ほんの少しの懸念が頭をかすめ、鼓動が高鳴る。
「もちろん、俺は永遠を引き渡すつもりなんて毛ほどもねーよ」
力強く吐かれたボスの言葉に、オレはそっと胸を撫でおろす。思わず筋肉が弛緩しそうになるが、グッとこらえ、息を潜める。
「だが、今のところ、そうなる可能性が高いんだよ」
「……どういうことかしら?」
「天成教の奴らは、こっちの動きを縛りにきてんだよ。仙道さんと神谷の一件で疑心暗鬼の種をまき、他の支部に圧力をかけることで、こちらの逃げも封じてきている。それに……」
「それに……何よ。はっきり言いなさい」
催促するような強い語気に、ボスも気圧されたのか、珍しく言葉に詰まっている。顔を見ることはできないが、苦笑と困惑が混ざった間抜けな顔をしているに違いない。
「それに……ステラちゃんの力を制限しに来てんだよ。日本支部――つまり、この島を破壊されると俺たちは詰む。……もう分かるだろ?」
「相手の島への攻撃を防ぎつつ、私はこの場所を壊さない程度の力でしか戦えないってことね」
「そういうこった」
ほんの数十秒の間だが、沈黙が場を支配した。普段ならなんとも思わない、そんな程度の静寂。だが、あのステラが……自分を最強と称え、自信満々の彼女が黙っている。それだけで、今の状況が都合の悪いのだと認識させられた。皮肉なもんだな。最強という称号が、天成教の恐ろしさを象徴してしまうとは。
まだ見ぬ脅威を目の当たりにし、オレの気分が落ち込んだ瞬間、粛然たる雰囲気を凛とした力ある声が駆け抜けていく。
「確かに、不味い状況ね。でも、そんな制限の中でもどうにかするのが私、ステラ・ホワイトなの。私が私であるために、必ずこの不利を覆してあげるわ」
普段と違う真剣な声音のせいか、彼女の発言に何の根拠がないとは分かっていても、心が落ち着いていく。なんだか毒されてきている気がするな。オレは誰もいない薄暗い廊下で、人知れず口角を上げた。
「クックッ。君らしい良い言葉だ。だが、組織の長としてそれだけで信用するわけにはいかないぞ」
「分かってるわ。また後で具体的なことを決めましょう。私にも少し時間が欲しいわ」
「了解だ。明日の昼当たりまでに連絡をくれ」
「また明日ね。一応言っておくけど永遠クンには……」
「分かってるさ。秘密にしろってことだろ?」
「分かってるならいいわ。じゃあね」
ステラの最後の声が聞こえてから、数十秒ほど経つが、次の言葉は聞こえてこない。通話は切れたのだろう。さて、オレはどうするべきか。扉から少し体を離し、月明かりで照らされた島の風景を見下ろす。
「おい、永遠! いるだろ? 入って来い」
オレはびくりと体を震わせた。おそらく、聞こえてないふりなんてする必要はないはず。だが、一応の保険のため、何事もなかったかのように、装い淡々と部屋へと入っていく。
「まあ、座れや。今の話の感想も聞きたいからな」
ボスの顔には予想通り、嫌らしい笑みが浮かんでいた。
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