第15話 第一夜〜告白

 日も落ち始めたため、オレたちはそれぞれの帰路についた。ステラと共に無人の居住区を進んで行く。


「そういえば、あんたはどこに泊るんだ? 東さんに何も聞いてないが」


「そんなの永遠クンと同じ家に決まってるでしょ」


 さも当然と言った様子で、彼女は言い放った。まあ、そんな気はしていたから驚きは大してないけど。


「それは構わないが、ここの家は狭いぞ。全て一人用で作られているからな」


「そのくらい我慢するわ。私、そこまで子供じゃないの」


 ステラは艶やかな金髪を優雅に手で払い、自慢げな笑みを浮かべていた。本当に、その自信がにじみ出る要素はどこにあるんだ。お前が我儘じゃなかったら、誰が我儘なんだろうか。


「……まあ、耐えられるなら別にいいさ」


 そんなくだらない話をしていると、オレの住んでいる家へとたどり着いていた。見た目も、先ほど爆破された神谷さんのものと全く変わらない。唯一の判別手段は表札くらいだ。オレは一宮という名を確認して、黒い板のようなデバイスに手を置く。すると、ガチャッという音が響いたので、扉に手を掛け中へと入っていく。


 ステラは部屋に入るや否や、ソファーに腰かけ、目の前のテーブルに置いてあったテレビのリモコンのボタンを押した。真っ黒だった液晶に光が灯り、人の声が響きだす。


「何か飲み物が欲しいわね」


 流し目でオレに要求してくる。ほんとに召使いにでもなった気分だ。


「はいはい」


 文句を言うことなく、台所へと足を運ぶ。隅に配置された冷蔵庫を開け、冷やしてあった麦茶を取り出した。二個のコップを左手で器用に持ち、右手に麦茶の入ったボトルを握る。ガラスのコップを彼女の目の前に置くと、茶色のお茶を入れ物の八分ほどまで入れた。


「ありがと」


 ステラは遠慮することもなく、飲み物に口をつけながら、テレビへと視線を送っている。……本当に変わらないな。あんなことがあったばかりだというのに。まあ、彼女にとっては赤の他人。この程度の感傷でも、仕方のないことか。オレは得も言われぬ粘つく気持ちを押し流すように、麦茶を口の中に流し込む。そして、気持ちを切り替えるように、煌々と照っているテレビへと視線を移した。


 そこには、打ち上げ予定の惑星探査機についてのニュースが映し出されていた。どうやら、目的は太陽系外部の惑星の探索らしい。しかし、名前は『イカロス』。なんとも不吉な名前だ。もっと縁起のいい名前をつけてやれよ。


「ねえ、永遠クン」


「なんだ?」


「何で、能力のことをEコードなんて言うと思う?」


 不意に、脈絡のない質問が飛んでくる。どういうことだ?


「さあな。というかいきなり何なんだ」


「別にいいでしょ。私が話したかったんだから」


 彼女の思考がどうなっているのか、理解しがたい。だが、それこそがステラなのかもしれない。そう言うことにしておこう。考えても無駄なことだ。


「じゃあ、質問を変えるわ。能力者が力を使うときのエネルギーはどこから来ていると思う?」


「違う次元からだろ?」


「……知ってたの?」


「知ってたというか感覚的な問題だ。不思議と他の人からは、そんな話は聞いたことがないが」


 彼女の質問によって、再び昔の疑問が心の奥底から浮上した。超能力者がEコードを行使するエネルギー、それはどこから来てるのか問題だ。端的に言えば、理論的なことは何も分かっていない。単純に、観測する方法が確立されていないからだ。オレのさっきの発言も、何かの確信があるわけではない。あくまでもオレ個人の見解だ。いや、だったという方が正しいか。ステラの同意によって、オレの意見が正しい可能性が示唆されたのだから。まあ、結局はEコードを行使でき、事象の変化が起こせる現状では、急いで知らなければならない問題ではない。


「そう。まあいいわ」


 不満げに、彼女は口を尖らせている。そんな要素がどこにあったのか疑問ではあるが、機嫌自体が下降したのは確かだろう。


「お風呂入ってくる。場所教えて」


 ステラは唐突に立ち上がり、きょろきょろと辺りを見渡す。というかEコードの由来はどこに行ったんだよ。まあ、別にいいが。


「そこだよ。ほら、台所の近くにあるその扉」


 オレは雑に目的の場所へと指をさした。


「そ」


 ステラはそう言うと、何故かスカートの端を持ち、するりと持ち上げた。艶めかしい白い肌がどんどん露になっていく。オレは見続けようとする本能を抑え、そっぽを向いた。その瞬間、クスクスという笑い声が聞こえてきた。


「そんなに慌てなくてもいいのに。中が見えても君には怒ったりしないわよ」


「それは光栄なことだが、あんたのことだ。気まぐれに首をへし折られるかもしれないだろ? そんな危険は冒せないさ」


「そっか。確かにその可能性はあるわね。うんうん、よくわかってるじゃない」


 何故か嬉しそうな声音が、オレの鼓膜を刺激する。もういいか。オレは彼女の方へと視線を戻す。すると、彼女は一台のスマホを手に持っていた。オレの視線に気づいたのか、笑みを浮かべた顔をこちらへ向けてくる。


「これは、ここに付けてたの」


 そう言い、彼女はスカート越しに太ももの位置を叩く。少しふくらみがあるところを見ると、スマホを固定できるホルスターでもつけているのだろう。ステラはスマホをテーブルに置くと、浴室の方へと歩いていく。


「覗いたらダメよ」


「さっさと入れ」


 ステラは浴室へと消えていく。オレはほっと息を吐き、テレビを呆然と観賞する。ソファーにもたれ掛かり、だらりとしていると、視界の端にステラのスマホが映った。何だかオレの使っているものに似ているな。少し見てみるか。そう思い手を伸ばした瞬間、ポケットから振動が伝わってきた。スマホをポケットから取り出し、画面をタップする。


「もしもし」


「永遠、今から俺の部屋まで来てくれ」


「今からですか? 生憎、ステラが入浴中なのでそちらへは向かえないのですが」


「いや、むしろ好都合だ。元々お前ひとりに来てもらうつもりだったからな」


「それは……大丈夫なんですか?」


「ああ。今は響に警戒させている。十分に安全は確保しているぞ」


「まあ、それならいいですが」


「できるだけ急いで来てくれ。重要な話なんでな」


 電話は切れた。この状況でオレを呼び出すとは……。一応、響にメッセージを送ってみるか。やることを終え、家から出て、真っ直ぐにビルへと走っていく。急げば十分もかからないはずだ。家を出て少しすると、響からの返信があった。『警戒中。シンパイしなくていいよ』と書いてある。僅かに緊張が緩むのを感じながら、オレは足早に目的地へと駆けていく。


 ものの八分ほどで辿り着き、エレベーターのボタンを押す。中へ乗り込むと次は最上階のボタンを押した。若干の浮遊感を感じながら、どんどん上へと上がっていく。さて、ボスの話とはなんだろうか。そんな緊張を感じながらも、躊躇することはなく扉が開くと、真っ直ぐに東さんの部屋へと向かう。


 もうすぐ目的の部屋……というところで、話声のようなものが聞こえてきた。これは……。オレは耳を澄ませながら、ゆっくりと進んで行く。


「随分、はしゃいでるようだな」


「仕方ないでしょ。私にとっては三年ぶり……念願の再会なんだから」

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