第3話 不思議な少女

 無事、飛行機は空港に到着し、続々と乗客たちは降りていく。最後の乗客が機内からいなくなると、オレは徐に立ち上がった。


「さて、オレたちも移動しよう」


「わざわざ待ったってことは、また航空機で移動かしら?」


 彼女は、読み終えた本をつまらなさそうに抱えながら、立ち上がる。それなりの時間座っていたせいか、両手を上げ、それを組んで、体を伸ばし始める。体の凝りがひどかったのか、くぐもった艶のある声を漏らしている。


 遠回しに不満を言っているのか……。面倒な奴だ。


「悪いが、我慢してくれ。そう時間は掛からない」


「ま、依頼主様の命令だし、聞かないわけにはいかないわね」


 少女は意外にも、すんなりとオレについてくる。さっきは全く敬う素振りを見せなかった癖に……。猫みたいな気まぐれさだな。まあ、破滅的な力を持っている分、厄介さは段違いだが。


 オレたちは飛行機からそのまま滑走路に降り、近くの小型飛行機へと向かう。快晴のせいで太陽が眩しい。目を細めながら、淡々と歩を進めていく。


「ねえ、一つ聞いてもいいかしら?」


 いつの間にか、隣を歩いていた少女の明るい声が聞こえてくる。面倒なことを言いそうだが、断るのはさらに面倒な気がする。


「答えられることなら答えるぞ」


「そう。じゃあ、遠慮なく。何であなたは……いえ、あなたたちはあの飛行機が落ちるフリをしたの?」


 もう答えなど出ているはずの質問だ。状況的にもそうだが、なにより彼女のニヤニヤした面が、雄弁に語っている。だが、オレの裁量の範疇だし、答えてやるか。他の話題に飛び火する時間も潰せていいだろう。


「単純な話だ。あんたを試した。それだけだ」


「力を? それとも性格?」


「どっちもらしい。もし、あんたの力が足りなかったり、救おうとしないような人間なら、あの飛行機でそのままお帰り願うところだったとも言っていたな」


「ふふっ。あなたの上も中々とんでるわね。そんなことのために、パイロットを買収して落ちるフリなんか普通する? 私の情報なんて、調べ尽くしてるでしょうに」


 確かに、これに関しては同感だ。正直、彼女のことは入念に調査している。完全にとは言わないが、ほとんどが徒労と言えるだろう。


「まあ、あの人は慎重だからな。あれに乗っていた人たちには申し訳ないとは思っているよ」


「あら、あなたにもそんな感傷あったのね」


「……どういう意味だ?」


「別に。ただの印象よ。見た感じ感情は母親の腹の中に置いてきた、とか言うタイプの人だと思ったから。それに……私たちみたいなのは余計にね」


 彼女は一瞬だけ、儚げな笑みを浮かべていた。そんな顔をするような奴だとは思わなかったから、不覚にも固まったしまった。だが、言っていることはよくわかる。


 オレたちの特殊な力……Eコードなんて言い方もするこの力は、基本的に秘匿されている。まあ、そうは言っても、知っている奴はそれなりにいる。完全な情報封鎖など、誰にもできないからな。


 Eコードを持つ者には、利用しようと近づいて来る馬鹿どもが、蛆のように湧く。しかも、その力が強ければ強いほど、群がるものたちは指数関数的に増えてしまう。自然の摂理と言えばそれまでだが、訳も分からず狙われるこちらとしては、堪ったものではない。


 まあ、だからこそオレも彼女もその『力』に振り回された者という点では、共通の認識を持てるだろう。それが間接的にしろ、直接的にしろ、オレたちは互いに世界を壊しかねないものを持っているからな。


「そこまで冷酷ではない。ただ、感情に傾倒しすぎるわけにはいかないと、心がけているだけだ」


「なるほどね。うん、良いと思うよ。永遠とわクンらしくてさ」


 満面の笑みでそう言ってのける彼女に、怪訝な表情を向ける。妙に馴れ馴れしいな。


「いや、あんたがオレの何を知ってるんだよ」


「さあ? 何を知ってるんでしょうね」


 やはり適当な返事か。もう分かっていたが……。だが、不思議とその言葉には説得力が感じられた。こいつ、オレのことをそこまで深く調べたのか。しかし、そんなことする必要があるのか疑問だ。


 確かに、Eコードを持つ者は様々な人間や機関から狙われているが、こいつは警戒なんかしないだろう。いや、そんなことしなくてもいいくらいの武力を持っている、と言った方が正しいか。なんにせよ、可笑しい。


 ちらりと横を見ると、こちらの思考を見透かすように、にっこりとほほ笑んできた。情報戦でも負けているかもしれない……か。


「別に、あんたが何を知っているかは聞かないし、気にしない。オレをちゃんと守ってくれれば、それでいいよ」


「そう。永遠クンが言うなら……そういうことにしとくわね」


 彼女は楽しそうな表情を浮かべた。何が愉快なのか分からないが、機嫌が悪いよりはよっぽどいい。


「さて、乗り込むぞ」


 オレは目の前に迫った航空機を見ながらそう言った。

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