第29話
神社での調査は、特に収穫もなく終わってしまった。
黒内先輩は、まだ神社で調べものをしたいと言っていたが、時間も遅いので無理やり連れて帰ることになった。
奈那先輩と黒内先輩は、幼馴染みというだけあって家も近いので、その役をお願いした訳だが、帰ってから連絡してみると、やはり最後までかなり駄々をこねていたらしい。
声から察するに、流石の奈那先輩も、少し呆れているように感じる。
「まったく、未来にも困ったもんだよ。いくらあの神社が神聖な場所だからって、女の子が1人でいたら、危ないに決まってるじゃないか」
「まあ、そうですね。でも、その光景は想像できますけど」
初めて奈那先輩から黒内先輩を紹介してもらった場所があの廃墟だ。
むしろ、あの神社で調べものをしている光景は、お似合いのようにも思える。
「その認識が問題ってことだよ。まあ、そのうち私からきつく言っておこうかな」
奈那先輩は割りと本気で言ってる様子だ。
まあ、女の子1人で廃墟に入り浸ってるのは、確かに危ないか。
「それに、未来は可愛いから、変な男に絡まれたら危ないでしょ?」
「あー、そうですね」
この前、ふと黒内先輩の顔を見ることがあった。
いや、普段から黒内先輩の顔は見てるんだが、いつもなら前髪で隠れている瞳も見ることができて、その綺麗な瞳に釘付けになったのは事実だ。
前髪をもっと整えていたら、相当な美少女だろうということは、その時気付いたことだった。
そんなことを思い出していると、電話の奥で少し不気味な笑い声が聞こえた。
「何を考えてるのかな?」
「へ? いや、何も」
奈那先輩の声がかなり冷たい。
いつもとトーンは変わらないはずなのに、かなりの恐怖を感じる。
「ふーん」
その言葉だけで、奈那先輩の気持ちが伝わってくるような気がした。
というよりも、これ見よがしな態度とは、こういうことを指しているんだろう。
俺が自分で言うのを待っているというような感じだ。
この無言の時間が何よりの証拠。
「えっと、奈那先輩?」
「何かな?」
淡白な返事。
「えっと、俺が1番可愛いと思ってるのは、奈那先輩ですよ」
「そう。ありがと」
淡白な返事。
「えっと、俺が好きなのは、奈那先輩だけです」
「うん。ありがと」
淡白な返事。
これ、どうすればいいんだよ。
もうどれが正解なのかわからない。
奈那先輩はまだ無言だし、機嫌が直った気配もない。
俺の言い方が悪いのだろうか。
だが、これ以上何を言えば良いのか。
「ふふ」
なんて考えていると、電話の奥から楽しげな声が漏れてきた。
「奈那先輩?」
「ごめんね。電話越しでも君の姿が想像できて笑っちゃった。多分、子犬みたいに困っていたんだろうね」
奈那先輩は笑いを堪えられないといった様子だ。つまり、俺はからかわれていたというのことなんだろう。
「脅かさないでくださいよ」
「ふふ。ごめんね。でも、ここは嫉妬というものを見せておくのも良いのかなと思ってね」
奈那先輩は少しだけトーンを下げて、話を続けた。
「私には、あんまり恋愛がよくわからないんだよね。だから、正直、さっきのも別に嫉妬したりはしてないんだよね」
「そうなんですか」
それはそれで少し負けた気がする。
誰に、という訳じゃないけど。
「私は、後輩くんに、他の人とは違う感情を持ってるのは確かだけど、それが世間一般の恋愛感情とは違うというのはわかるんだ」
「え?」
世間一般の恋愛感情じゃないって。それってもしかして。
「ふふ。大丈夫。私の感情に名前をつけるなら、好き、に間違いはないから。でも、多分、それよりも、私は、安心の方が強いんだよ」
「安心、ですか」
「そう、安心」
その言葉を、どういう意図で使ったのか。
俺にはすべてを理解することはできていない。
聞いても教えてはくれないだろう。
多分、この話題は、奈那先輩にとって、最も秘密にしておきたい話なのだろうから。
この前襲ってきた男。
あの時、奈那先輩は自分の胸にナイフを突き刺して、久しぶりの痛みだと言っていた。
それが何を意味するのか、俺にだってわかる。
だが、奈那先輩は、恐らくその時も、1人だったのだろう。
そんな奈那先輩の気持ちを、今の俺がすべてを理解しようなんて、おこがましいに違いない。
でも、それでも、そんな俺に、奈那先輩が少しでも安心してくれているのなら、俺は、その気持ちに応えたい。
「俺、絶対、奈那先輩の願いを叶えてみせますから。龍神様なんかとは違う。奈那先輩の本当の願いを、絶対に」
奈那先輩が龍神様に願ったのは、こんなことじゃなかったはずだ。
少なくとも、今のこの状況を望んではいなかったはずだ。
なら、俺は龍神様なんかよりも、もっと上手く奈那先輩の願いを叶える。叶えてやる。
そのために、俺は今、こうして奈那先輩と一緒にいるのだろうから。
そう意気込む俺に、奈那先輩は全く反応を返さない。
「奈那先輩?」
電話越しなので、奈那先輩の表情がわからない。これが、何の沈黙なのかがわからない。
しばらく黙ったままの奈那先輩。
声を出していいのかわからずに、俺も黙り込んでしまう。
「君は」
やっと聞こえてきた声は、ポカンとした顔が浮かぶような、そんな声だった。
「君は、神様よりも自分の方がすごいと思ってるんだね」
「え? そういう捉え方になっちゃいます?」
俺が言いたかったのは、そういうことじゃないんだけど。いや、でも、よくよく考えれば、そう言っていることになるのか。
「ふふ。いいね、君は。本当にまっすぐで。ただ一緒にいるだけで、元気をもらえるよ」
「誉めてます?」
「うん。これ以上ないほどにね」
はっきりと言われて、こっちの方が恥ずかしくなってきた。
だが、素直な奈那先輩というのと、なんか新鮮でいいな。これが電話ってことだけが悔やまれる。
実際に顔を見ていたら、どんな表情をしていたんだろうか。
いつもの余裕綽々な、それでいて不敵な笑みを浮かべている奈那先輩の顔。
しかし、照れるとほんの少しだけ顔を赤らめて、さりげなく目を合わせようとしない。
そんな可愛らしい表情をしているんじゃないだろうか。
「気持ち悪い笑い声が漏れてるよ」
「うえぅ! まじですか!」
「ふふ、冗談だよ。でも、その反応。何か気持ち悪いことを考えていたみたいだね」
さ、流石に鋭い。
「そ、そんなことないですよ、奈那先輩のことを考えてました」
「あー、それは、あれでしょ。変態的なことでしょ」
「ち、ち、ち、違います!」
奈那先輩は、笑いながらも疑っている。
そんな奈那先輩から話題をそらすことができず、俺はその後、奈那先輩の執拗な尋問にあったのだった。
◇◇◇◇◇◇
奈那先輩との電話が終わり、小腹が空いたのでリビングに行くと、母さんが誰かと電話をしていた。
「そう。わかった。こっちも聞いてみるわ」
母さんの様子は何やら神妙で、電話しながらもこっちをチラチラと見ている。
俺、何かしたか。
いや、そういう雰囲気でもなさそうだ。
母さんは、その後、二、三言話すと、電話を切った。
「一樹。あんた、今日、世良ちゃんと遊んでたわよね」
「え? 世良? 遊んでたけど、途中で他の用事があるって分かれたぞ」
「そう。何処かに行くって言ってなかった?」
「いや、聞いてない」
母さんは、そう、と呟くと、溜め息と唸り声を漏らした。
何か重々しい溜息だな。
「世良がどうかしたのか?」
尋ねると、母さんは真剣な表情で口を開いた。
「世良ちゃんがまだ家に帰ってないらしいのよ」
「え?」
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