第19話

 夜も遅かったが、世良はすぐにでも行こうと言って、目的の神社に向かった。


 本当は、女の子をこんな時間に連れ出すのも気が引けるのだが、おばさんに聞いても、気を付けてねー、の一言で終わりだった。


 まあ、信頼されてるのは有り難いけど、流石に適当すぎるんじゃないだろうか。


 まあ、そんなこんなで、こうして夜の道を俺と世良は歩いていた。


「こんな時間になったのは、あんたのせいだけどね」

「それは、反論の余地もないな」


 世良の言う通り、こんな時間になったのは、俺がうじうじ考えていたからだ。


 昼間から世良の家に来ていたら、ここに来るのはこんな時間にはならなかったはず。


 言い訳を言う余地もない。

 完全に俺の責任。


 だからこそ、明日にしたかったんだけど。


「善は急げよ。もし、また忘れちゃったらどうするのよ」


 と言う世良。

 それは確かにその通りで。


 今の所、一度思い出した記憶を忘れるということはないが、今回はそれだけ気を付けなければいけない、重要な記憶ということ。


 俺はその神社を思い出せていないが、世良が最後に思い出せる奈那先輩との記憶ということなら、それは確かに重要な情報だ。


「それにしても、こんな所に神社なんてあったんだな」


 スマホの地図で見た時、そこには水無月母神社と書かれていた。


 しかし、そんな名前、全く聞いたことがない。

 家から少し離れているとはいえ、俺や世良の行動範囲内だ。

 少しくらい聞いたことがあっても不思議じゃないと思うんだが。


「それは私も思ったわ。でも、お母さんに聞いても、そんな神社知らないって言ってたし、おばあちゃんに聞いても同じだった」

「それは、ちょっと怪しいな」


 聞いた人数は少ないが、誰も知らない神社というのは、かなり怪しい。


 もしかしたら、本当にそこに奈那先輩に繋がる何かがあるかもしれない。


 俺たちはスマホの指示通りに神社を目指す。

 神社は山の上にあるようで、俺たちは長く続く階段の前までやって来た。


 しかし、こんな所に階段があるなんて、これまた初めて知ることだった。


 上を見上げても頂上が見えないような階段。


 こんなものがあったのに、知らなかったなんて。気にしたことがなかったからなのだろうか。


「とりあえず、行きましょう」

「あ、ああ」

「……何? 恐いの?」


 少し言い淀んだ俺に、世良が突っかかってくる。


「いや、そんなことはない。ただ……」

「あー、はいはい。わかったわ。言いたくないのはわかったから」

「いや、そうじゃなくて」

「あー、やだやだ。怖がりの男ってやだやだ」

「人の話を聞けって」


 全くこちらの話を聞こうとしないで、世良が捲し立てる。

 というより、こっちの話をわざと聞かないようにしているようだ。


「後輩くんは、世良ちゃんのことがわかってないなぁ。手を繋ぎたいって、顔に書いてあるじゃないか」

「あ」


 横から俺の手を握って、世良と手を繋がせる。

 世良の手は少し震えていた。

 寒い訳じゃないと思う。


 世良は驚いた表情をしながらも、手を振りほどこうとはしなかった。


「い、いきなり何よ。び、びっくりするじゃない」

「いや、これは」


 奈那先輩がやったんだ。

 そう言おうとして、それは錯覚だと思い出す。


 今のはただ、俺が世良の手を繋いだだけ。

 でも、今、確実に奈那先輩の声が聞こえた。また、聞こえた。


「恥ずかしくて手を繋ぎたいなんて言えないんだよ。そこは君も察してあげないとね」


 奈那先輩はそう言いながら、俺のもう片方の手を繋ぐ。


 なんで、奈那先輩も手を繋いでるのかと問いかけると、笑いながら、

「だって、世良ちゃんだけずるいじゃないか」

 と、そう言った。


 そうだ。

 やっぱり俺もここに来たことがあるんだ。

 だから、こんな声が聞こえた。


「恐いなら恐いって言えよ」

「は、はぁ? そ、そんなんじゃないわよ」


「駄目だよ。そんな言い方じゃ。世良ちゃんは本当に恐がってるんだから、ちゃんと言ってあげないと」


 奈那先輩が俺の眉間を小突く。

 わかってますよ。


「別にここは恐い所じゃない。一度来てるんだしな」

「え? じゃあ、何か思い出したの?」

「来たことだけな。神社がどんな場所なのかは、多分、行けばもっと思い出せる」


 世良の震えていた手はもう収まっていて、俺の言葉に少しだけ安心しているようだった。


「なら、やっぱり早く行きましょう。今度こそ、何かわかるかもしれないんだから」

「ああ、そうだな」


 そして、俺たちは手を繋ぎながら、階段を上っていった。


 今更ながら、中々恥ずかしい絵面だな。

 というか、司が見ていたら、後ろからドロップキックでもされていたかも。


 以前、奈那先輩と来た時は、もう片方に奈那先輩がいたと思うと、さらに恥ずかしかったに違いない。


 そう考えると、ここに来る時、司はいなかったのかもしれないな。


 曖昧な記憶で、司がいると思い込んでいたが、この光景を、司がそのまま見てるとは考えづらいし。


 まあ、頂上に行けば、それもわかるだろうか。

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