第20話
階段は結構な距離があって、途中、休憩しながらも、なんとか頂上まで辿り着くことができた。
「やっと、着いたわね」
「そう、だな」
休憩をしながらだったが、それでもかなり疲れた。
帰りもこの階段を使わなければならないとなると、それだけで憂鬱だ。
少なくとも何度も往復はしたくない場所だな。
「見て、一樹」
世良が指差した先には、寂れた神社が建っていた。
いや、もうほとんどが壊れかけていて、雨風を凌げるような壁も屋根もほとんど残っていない、廃墟と言った方が正しいかもしれない。
近付くのも危険そうで、言っちゃ悪いが、すでにご利益なんて何処にもないだろう。
「私はここに来て、そこに奈那先輩とあんた、私と御子柴くん、黒内先輩がいたっていう記憶まではあるけど、あんたは?」
「俺は……」
何かが気になり、1歩だけ、足を踏み出す。
すると、ものすごく強い風が俺と世良に吹きつけた。
「っ!」
「きゃあ」
本当に強い風だ。
それ以上前に進むのを許してくれないような、まるで壁に押されているような、そんな風だった。
「無礼だよ。後輩くん。ちゃんとお辞儀をしないと。龍神様は優しいから、それだけで歩き回っても許してくれるんだ」
奈那先輩は神社に向かってお辞儀をする。
そんな記憶を思い出した。
俺は慌てて、1歩下がって頭を下げた。
すると、さっきまでがまるで嘘のように風が凪いだ。
「え? え?」
突然の突風に、凪ぎ。
状況が理解できずに、世良は俺と神社を交互に見ていた。
「思い出した」
その儀式は、この神社に来た時に、必ずしなければいけないということを。
それさえすれば、後は、何をしていても許してくれることを。
そして、俺たちがどうしてこんな場所に来たのかを。
「あっち、だ」
俺は記憶に従って歩き出す。
「ちょ、早いわよ」
自分でも気付かないうちに走り出していた。
早く見ないと忘れてしまいそうな気がして。
だが、記憶の通り、それはそこにあった。
「これ、井戸?」
「ああ、これが、龍神様の住み処だ」
「え?」
そこにあったのはただの井戸。
しかし、神社に比べれば、遥かにしっかりとした造りの井戸だ。
雨が入らないように大きめの屋根がつけられていて、壊れかけの神社に比べて、こちらはほとんど壊れていない。
これは、神社本体よりも、こっちの方が丈夫に作られているから。
という訳ではない。
どちらかというと、何か不思議な力が、この井戸を守っている。そんな印象だ。
「この井戸。もう枯れてるわよ。ライトで照らしても、下が見えないって、どんだけ深いのよ」
世良は、スマホのライトを使って井戸の中を覗き込む。
声も反響していて、それだけでも、この井戸がどれだけ深いのかがよくわかる。
「そうだな。この井戸が満杯になるのは、それこそ100年くらいはかかるからな」
「……それって?」
世良はハッとした顔で振り向いた。
龍神様は、100年に1度願いを叶えてくれる。
黒内先輩は、龍神様について、そう説明してくれた。
だが、思い出した。
奈那先輩は俺に違う説明をしてくれていた。
「龍神様にお願いするのには、いくつかの条件があるんだよ」
その1、井戸の水が満杯になっていること。
その2、満月の夜であること。
その3、井戸の水の中に青いものを入れること。
その3つ。
奈那先輩はそう説明していた。
「今までは、この条件が重なるのがちょうど100年だったってだけなんだよ。まあ、この井戸の水が自然に満杯になるなんて、それこそ100年はかかるだろうね」
奈那先輩は、龍神様について、多くのことを知っていた。というよりも調べていたらしい。
自分を助けてくれた龍神様について、奈那先輩は全力で調べていたんだそうだ。
奈那先輩は、龍神様について、黒内先輩よりも、かなり詳しい所までわかっていた
◇◇◇◇◇◇
「龍神様はね。水を司る神様なんだよ」
奈那先輩が語る。
龍神様は、昔、この神社で祀られていた存在だったらしい。水を司り、見た目は青い龍で、そのまま青龍様とも呼ばれていた。
龍神様は、自分を祀る者たちの信仰心の厚さから、等しく願いを叶える機会を与えてくれた。
その条件がさっきの3つという訳だ。
条件というよりも、儀式に近いかもしれない。
本来の儀式は、満月の夜。村人たちが全員でこの井戸に水を入れ、最後に龍神様の鱗を入れる。というものだった。
しかし、現在は、それに近いことをすれば同じように儀式として成り立つのだとか。
「私のこの帽子も、パーカーも、靴も、一応青いものとして成り立つんだよ」
奈那先輩が青いものを好んで身に付けるのは、この井戸に入れることができるものをなるべく常に携帯するためだったらしい。
「私が願いを叶えられたのは、長い年月をかけて、自然に貯まった水だったんだよ」
奈那先輩はヘラヘラと笑っていた。
「ちなみに、青いものも偶々持ってたんだよ。青いカチューシャ。5歳の時の誕生日にママから貰ったものだったんだけどね。いやぁ、運が良かったよね」
しかし、1つ願いを叶えると、井戸の水は空っぽになってしまい、また1から貯めないといけなくなるらしい。
「だから、この井戸の水も、私が時間をかけて満杯の状態にしてるんだ。もしもの時のためにね」
奈那先輩とここに来た時、井戸の水は満杯だった。しかも、奈那先輩は青いものも持っていたので、後は満月の夜になれば願いを叶えてくれるという訳だ。
「でもね。ルールがあるんだ」
その1、願いは1人に1つ。
その2、一度叶えた願いを取り消すことはできない。
その3、他者の命を奪う、もしくはそれに類する願いは受け付けない。
その4、複数の願いが重なり、矛盾が発生する場合は、後からの願いに上書きされる。
その5、願いはすべて言葉にしなければならない。ただし、簡潔に。
「よくわからないかな? でも、このルールは結構シビアなんだよ。特に最後なんかはね」
◇◇◇◇◇◇
「確かに、ルールの4つ目まではなんとなくわかるけど、最後のはよくわからないわね」
俺の覚えている奈那先輩の話を終えると、世良はそう疑問を浮かべていた。
「まあ、そうだよな。俺も思った」
願いはすべて言葉にしなければならない。
言われなくても願いは口にするし、あえて言われるようなルールでもない。
しかも、簡潔にまとめろ、なんて。
しかし、このルールこそが、願いを叶えるために最も注意しなければならない点になる。
「例えば、世良は何か願い事ないか?」
「え? 私? 急に言われても」
「なんでもいい。今すぐに決めろと言われたら?」
「え? えー? それじゃ、えーっと……」
急かされ、世良は焦って考える。
そして、出した答えは、
「む、胸が大きくなりたい!」
ひゅーんと、冷たい風が俺たちの間に吹いた気がした。
世良は気まずそうに下を向いている。
俺も、何と言ったらいいのかわからず、顔をそらすことしかできなかった。
それでも目が行ってしまうのは、世良が気にしていると思われる部位。
俺は気にする程ではないと思うが、最近知り合った黒内先輩のスタイルを気にしているのかもしれない。
確かにそこから比べると、多少小振りな気もするが、世良はそもそもが小柄なので、それも仕方がないと思うが。
「何、見てるのよ」
「あ、いや」
しっかりとばれていたようで、世良は不機嫌そうな声を出す。
「し、しょうがないでしょ。急に言われても思い付かないわよ」
「ま、まあ、それもそうだよな」
とりあえず、本心は聞かないでおこう。
「それはさておき、例えば、お前がその願いを龍神様にお願いしたとして、まあ、実際の結果はわからないが、多分、世良はそれを後悔すると思う」
「もう、すでに後悔してるわよ」
世良は俗物的な願いを言ってしまったことを、まだ引きずっているようだ。
「ま、まあ、そういう意味じゃなくて」
イライラしている世良を逆撫でしないように、早々と本題に入る。
「願い事はすべて言葉にしなければならない。逆に言えば、言葉にしていない部分は、叶わないということなんだよ」
「そんなの、当たり前でしょ?」
「でも、お前は、その、胸が大きくなりたい。しか言ってないだろ?」
拳を握りしめ、フルフルと震える世良。
今にも殴りかかりそうながら動かないのは、これが一応重要な話と理解してくれているからだろう。
「まあ、そうね。それで?」
「そこには色んな意図があるだろ? でも、それは口にしてない。だから、ただその願いが叶えられる。大きさの基準は龍神様だ」
「じ、じゃあ、まさか」
世良も気付いたようだ。
世良は徐々に青ざめていく。
「龍神様が、貧乳好きだったら、私はもっと小さく……」
「いや、そういうことじゃねぇよ!」
わなわなと絶望に染まる世良だが、心配する方向が検討違いすぎる。
あ、いや、世良にとっては最重要事案なのかもしれないけど。
「いや、本当にそういうことじゃなくて、基準は龍神様っていうのは、とりあえず置いておけ」
「じゃあ、何なのよ?」
世良は本当にそこしか気にしていなかったようだ。例え話なのに。
こんなに話に集中されると、次に言う言葉が言いづらい。例え話だと、聞き流してもらえなさそうだ。
でも、言うしかない。
言わないと察してもらえなさそうだし。
「つまり、その、なんというか、大きければいいってことだろ? 例えば牛みたいに」
「は、はぁ! そんな訳ないじゃない!」
案の定、世良は怒り狂って俺の胸ぐらを掴んでくる。
ぐわんぐわんと振り回されて、気持ち悪い。
吐きそう。
世良を落ち着かせるために、胸ぐらを掴む手をなんとか押さえる。
「そ、そういうことなんだよ。ここのルールでは」
「そんなの、揚げ足取りみたいじゃない」
「だから、ルールとして残ってるんだよ。求めているものはすべて言葉にしろってな」
ただ、世良が言う通り、揚げ足を取っているというのは間違いない。
「まあ、今のは流石に極端な話だったけど、そういう危険もあるってことだ」
極端な話。という部分に、世良は鬼のような形相で俺を睨んだ。
やばい。本気で殺されそう。
気付かなかったことにしておこう。
どんな願いも、その裏にはその人が望んだ姿がある。
だが、龍神様は、それを察してくれない。
こちらが完璧と思っても、受け取り方が変われば、失敗することだってある。
「だからこそ、代償がないのかも知れないね」
奈那先輩はそう言っていた。
そう世良に言うと、世良は諦めたように溜息を溢した。
「まあ、その通りかもね」
どんな願いも叶えてくれて、その代償はない。
そんな都合の良い話がある訳ない。
それは誰しもが思うことだ。
願いを叶えてもらう場面で、勘違いされる可能性があるというのなら、そこに、さらに代償があるのはむしろひどい話だろう。
まあ、願いを叶えてもらっておいて、という話もあるが。
「とにかく、龍神様の仕組みはわかったわ」
世良は取り出したメモ帳に何かを書き込む。
そうだな。また忘れないようにメモを取っておくのも良いだろう。
「なら、サイズとカップを伝えて、あと、綺麗な形にするには……」
「いや、そこを真剣に考えるなよ!」
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