第14話
奈那先輩と連絡先を交換してから、俺は何度か奈那先輩をデートに誘った。
奈那先輩は、あの時言っていたように、自分が暇な時にだけ電話に出るようで、たまに繋がらないこともあったが、それでも連絡先の交換をしていない時に比べれば、遥かに話しかけやすかった。
そのお陰で、世良や司、それに奈那先輩の幼馴染みという黒内先輩ともよく遊ぶようになり、前よりも仲は深まっていると思う。
それでも、友達止まりであることは感じていたが、まあ、こればっかりは仕方がない。
少しずつ頑張っていくしかない。そう思っていた。
そんなある日。
俺は奈那先輩と2人で街を歩いていた。
本当は、世良も一緒に来るはずだったのだが、急な用事が入ってしまったとかで、来れなくなってしまったらしい。
2人っきりで遊ぶのは久しぶりだったが、当初の目的通り、映画を見ることにした。
チケットも買ってしまってるしな。
「まあ、世良ちゃんが好きそうな映画だよね。私はあまり、詳しくないんだけど」
「正直、俺もです」
俺たちが見るのは、話題作の恋愛映画。
世良が、見ないと絶対に損。と豪語していた作品だ。
話題性もあるし、面白いのは間違いない。
だが、その一番見たがっていた本人がいないとなると、あまり興味も持てない。
とりあえず席に座ったが、どんな作品なのかもわからないし、周りを見るとカップルばかりで、少し気まずかった。
一方の奈那先輩は特に気にしていないようで、さっき買ったパンフレットを眺めていた。
「おや、これは中々」
奈那先輩が興味深そうに言う。
「どうかしましたか?」
「いやね、この作品は、人間と化け物の恋愛映画らしい」
「へー」
なるほど。よくあるファンタジーが含まれているんだな。
日常ではあり得ない恋愛。それは確かに興味がある。パンフレットを見せてもらうと、化け物はヒロインのようだった。
「へー。ヒロインが化け物の方って、なんか珍しいですね」
「そうかな? あー、そうなのかもね」
奈那先輩が苦笑いする。
そんな変なことを言ったかな、そう思っていると、ちょうど上映時間になったようで、辺りが暗くなり、話が途切れてしまった。
前を向いてしまった奈那先輩の横顔は、いつもと同じに見えたが、何か違和感があるように思える。
が、それを聞ける雰囲気でもないので、俺も映画を見るために前を向いた。
映画の内容は、パンフレットにある通り、主人公と化け物のヒロインの恋物語。
だが、ヒロインは最初から化け物であった訳ではなく、魔法によって化け物に変えられていた。
主人公は、化け物に変えられたヒロインを助けようと魔法をかけた悪魔を探す旅をする。
道中、ヒロインが化け物として迫害されそうになったり、主人公も化け物の仲間だと襲われたりと、かなり危険な冒険を繰り広げていた。
一番手に汗握ったのは、ヒロインが心まで化け物になって、主人公に襲いかかった所だ。
ヒロインの心と化け物の心が混濁して、主人公を傷付けたくないヒロインだが、それでも化け物の本能に勝てないヒロインの心の声が涙を誘い、不覚にも泣いてしまった。
最後は魔法が解けたヒロインと主人公が結ばれて終わるハッピーエンド。
世良が薦めてきたのも納得の最高に面白い作品だった。
◇◇◇◇◇◇
映画を見終わった後、特に用事はなかったが、俺たちは近くの喫茶店に入った。
いつもなら、コーヒーでも頼んで、適当な話をしたりするのだが、今日の奈那先輩は頼んだコーヒーも飲まずに、何やら窓の外を眺めている。
その間、特に会話はない。
物思いに耽っている奈那先輩は、普段では考えられない程に隙だらけで、手の前で手を振っても気付いてくれないぐらいだ。
「後輩くん。外が見えないよ」
あ、見えていた上で無視されていたのか。
「どうかしたんですか? なんかずっと上の空って感じですけど」
「うーん。特に何かがある訳じゃないんだけど。君との時間が暇だったから、かな」
「ぐはっ!」
心に深刻なダメージを受けた。
今までで一番のダメージだ。
もうこの世の終わりじゃないかと思える程に。
「ふふふ。良い反応だね。ムンクはこういう光景を見て、あの絵を描いたのかな?」
奈那先輩の意地の悪いからかいは、いつものよりも辛辣だ。
冗談だとわかっていても、心に響くダメージは紛れもなく深刻なもの。
しかし、やはりどこかがおかしい。
いつもの奈那先輩なら、もっと思考を巡らせて、もっと追撃をしてくる気がする。
いや、別にそれを待っている訳じゃないんだが、いつもよりもかなりあっさりとしていた。
奈那先輩の笑顔も、やはり少し翳りがあるように思える。
「やっぱり何かあったんですね? 話ぐらいなら聞きますよ」
「後輩くんが? それは嬉しいけど、本当に大したことはないんだよ」
「やっぱり、いつもの奈那先輩じゃないですね」
「……そう?」
奈那先輩の表情に、一瞬の戸惑いがあった。
これが他の誰かであったなら、不自然な所は何もない。
でも、奈那先輩だからこそ、おかしなことに気付けた。
「いつもの奈那先輩なら、こんなにわかりやすくないですからね」
「中々、失礼なことを言うね」
奈那先輩は笑っているが、目は笑っていない。
感情が隠せていない。
それが一番の違和感だ。
「いつもの奈那先輩なら、もっと簡単に俺を騙せるじゃないですか。何もないよって。煙に巻くみたいに」
今度は奈那先輩の表情が崩れない。
でも、もう遅い。
「俺にここまで引き下がられる時点で、いつもの奈那先輩のキレがないってことですよ」
言っててみっともないが、本当にそういう所なのだ。
いつもの奈那先輩なら、俺は何も気付けなかったに違いない。
何を考えているのか全く悟らせず、わかっていないことにも気付かせない。
それが奈那先輩だ。
俺の答えは、奈那先輩の予想を完全に裏切っていたのだろう。
奈那先輩は、出会ってから今までで、一番驚いた顔をしていた。
そして、その顔は少しずつ笑い顔に変わり、
「ぷ、くく。くく、くく。あっははははははは」
盛大に笑った。
「君は、そんなことで私がおかしいと思ったのかい? 自分が気付くのがおかしいって。何に気付いたのかもわからずに? あっはははは」
周りの誰もが振り返る程、奈那先輩は大爆笑していた。
店員さんが注意しに来なかったのが不思議なくらい、それはもう大爆笑だ。
◇◇◇◇◇◇
ひとしきり笑って、それでもまだ笑い足りないようで、奈那先輩は目には涙まで浮かんでいた。
流石にあの店にそれでも居続ける勇気がなかった俺は、とりあえず近場の公園に場所を移して、奈那先輩が落ち着くのを待っていた。
「いやー、笑ったよ。人生で1番笑ったかもしれない」
奈那先輩の声はまだ震えている。少し気を抜けば、また笑い出してしまいそうだ。
「いい加減、落ち着いてもらえませんか?」
「無理だよ。それに、君のせいなんだから、私は悪くないんじゃないかな?」
「いや、笑わせようとして言った訳じゃないんですけど」
こっちは真剣に言ってるっていうのに。
「ふふ。いや、ごめんね。確かに君は悪くないよ。ただ、予想の真上を行ったのがおかしくて」
奈那先輩は、ふー、と深呼吸をして、やっと落ち着いたようだった。
「確かに君の言う通りだよ。私が君に違和感を持たれた時点で、私はいつものキレがなかったね。君ごときが、気付いてしまったんだから」
こういう所でいじって強調してくるのは、いつものことだ。うりうりと言って、頬をつついてくるのも。
今、何を思ってそんなことをしているのか。全くわからない。
少しはいつもの調子に戻ったようだ。
「ふふ。ありがと、後輩くん。君の言葉には、元気をもらえるよ」
「今その台詞を聞くと、全く違う意味に聞こえますね」
「そのままの意味だよ。素直に受け取りなよ」
奈那先輩がニカッと笑う。
その笑顔が見れて、俺は少し安心した。
改めて何があったのかと問う俺に、奈那先輩は珍しく歯切れ悪く頬をかく。
やがて、諦めたように話し始めた。
「あー、わかったよ、後輩くん。降参だ。正直に話そう」
空を見上げて、奈那先輩が言う。
「私は、あの映画を素直に楽しめなかったんだよ」
「そうなんですか? 結構面白かったと思いますけど」
まあ、人それぞれ好みはあるだろうけど、映画を見てる時、ふと奈那先輩の方を見たが、その時の奈那先輩は、真剣に映画を見ていた。
それだけ集中していたのだから、それなりに楽しんでくれていると思っていたんだが。
「少し言い方が悪かったね。映画は良くできていたと思うよ。流石に人気作なだけあるよね」
「じゃあ、どうして?」
少しの沈黙の後、奈那先輩が口を開く。
「後輩くんは、もし、自分の好きな人が化け物だったら、どう思う?」
「え?」
好きな人が化け物だったら。
よくわからない質問だが、奈那先輩の表情は真剣だ。
笑える答えを聞きたい訳ではなさそうだ。
もし、俺の好きな人が化け物だったら。
あり得ないことだが、もしもの話だ。想像してみたら、俺はどう思うのか。
考えてみれば、案外あっさりと答えが出た。
「まあ、驚くとは思いますけど、あー、そうなのかーって感じになる気がしますね」
「へー? そんなに簡単なんだね」
「まあ、そうですね。普段からこの人、完璧すぎるよなぁって思ってるし、それが化け物だからって言われたら、ああ、そういうことか、みたいな」
人間離れ、とまではいかないが、それでも他の人とは違う天才だから、その理由が人間じゃないって言うんなら、それはそれで納得だ。
常に余裕がありそうなのも、人間よりも優位な存在だからこそなのかもしれない。
そう考えれば、むしろ納得の結果とさえ言える。
何気なく自分の考えに頷いていると、奈那先輩は、ポカンとした顔をしていた。
「どうかしましたか?」
「君は、私のことを想像してるみたいだね」
「え? だって、好きな人って……、あ」
しまったぁぁぁ!
こんな場面でいきなり告白みたいなことを言ってしまった。
告白ではないが、もうほとんどそれに近いことを言っていたようなもんだ。
いや、奈那先輩なら、俺の気持ちなんてお見通しなのかもしれないけど、それでも、こうやって口に出して言うのは、これが初めてだった。
俺は奈那先輩の反応が恐くて、恐る恐る奈那先輩の表情を伺う。
すると、奈那先輩は予想に反して、困った表情をしていながらも、その頬を少し赤くなっていた。目も泳いでいて、焦っているように見える。
「え?」
この反応は、もしかして、
「奈那先輩。もしかして、照れてるんですか?」
「この場面で、そんなことを聞くなんて、君は無粋だね」
奈那先輩は俺と目を合わせようとせずに言う。
それが照れ隠しなのは、俺にもわかった。
「君は、真っ直ぐだね。私とは大違いだ。だから、そんな所に、私は引かれているのかもしれないね」
「え? え? それじゃあ?」
もしかして、この流れは、俺の告白に答えてくれるってことなのか。
期待に心を弾ませていると、奈那先輩は俺を真っ直ぐに見据え、目を閉じる。
そして、覚悟を決めたのか、目を開き、ゆっくりと唇が開いた。
「ごめんね」
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