第13話
「いや、よく食べたね。気に入ってもらえてよかったよ」
「い、いえいえ。こちらこそ、ご馳走さまでした」
奈那先輩に文字通り、食らいつく思いで料理を完食した俺は今、奈那先輩と歩いていた。
送ってあげるよ、と言われて、1人で大丈夫だと言ったのだが、最終的には押しきられてしまった。
まあ、すぐそこのバス停までだけど。
帰り際、奈那先輩のお父さんが、
「まあ、少しは骨のあるやつみたいだな」
と言ってくれたのは、奈那先輩には秘密だ。
それだけ奈那先輩に合わせて食事をするというのはすごいことなのかもしれない。
「それにしても、奈那先輩があんなに料理が上手なんて思いませんでした」
「ん? それは、失礼じゃないかな?」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて」
少しムッとした顔の奈那先輩に、俺は慌てて訂正する。
「奈那先輩って、何でもできるイメージだったんですけど、料理までできたら、本当に完璧すぎるなって」
学校でも、休日に遊んだ時でも、奈那先輩は常に完璧で隙がなくて、のらりくらりとしながらも、何でもできて、まさに非の打ち所のない人。
それが家でもあんなに完璧なんて、そんな人がいるなんて思ってなかったから。
「ふふ。ありがと」
奈那先輩は軽くお礼を言うと、少し困った顔で話を続けた。
「でも、別に君が思う程、私は完璧な人間じゃないよ。どちらかと言えば、駄目な人間の部類に入るんじゃないかな。それを必死に隠していて、こうなった、という方が大きいかな」
どういう意味なのか聞こうとしたが、奈那先輩は隠すように笑みを浮かべていて、何も話してくれなさそうだった。
そんな話をしているうちに、俺たちはバス停に着いてしまう。
元々、そんなに距離がある訳じゃないとわかっていたが、それでも想像よりもずっと早く感じた。
「それじゃ、ここまでかな。もう少しでバスも来るだろうし、あまり遅いとパパがうるさいしね」
奈那先輩が手を振る。
またね、と。手を振る。
またね。と言ってくれた奈那先輩。でも、次がいつくるのか、それは、奈那先輩の気まぐれで、俺にどうこうできることじゃない。
連絡手段もない俺では。
奈那先輩が帰っていく。背中を向けて。
そんな時、ふと奈那先輩のお母さんの言葉を思い出した。
「奈那は意外とウブだから、積極的な子にコロッといくわよ」
まさか、そんな訳。とも思ったが、奈那先輩のお母さんは、冗談を言っている感じでもなかった。
楽しそうにはしていたが、本当に助言をしてくれたのだとしたら。
「な、奈那先輩」
「ごめんね。君とは付き合えないよ」
「え?」
何かを言う前に、奈那先輩が言う。
クルッと振り向いた奈那先輩は、意地悪そうな顔をして、ニヤニヤと笑っている。
「あれ? 違ったかな? ママと何を話していたのかは知らないけど、そんなことを話していたんじゃないのかな?」
「うっ」
当たらずとも遠からず。いや、むしろ近い。
奈那先輩に先手を突かれ、俺は何も言えずに口を閉じた。それを見て、奈那先輩はまた前を向いてしまう。
所詮はその程度。友達と言ってはくれたが、それ以上の関係になろうとは微塵も思っていないのだろう。
俺だって、今いきなり奈那先輩と付き合えるなんて思っちゃいない。
けど、このまま、ただ奈那先輩の思った通りの展開になるのは、許せなかった。
「奈那先輩。俺は告白をしようとした訳じゃありませんよ」
「……へぇ?」
奈那先輩が歩みを止める。
振り向いた奈那先輩の顔は挑戦的だった。
何か違うのだったら説明してみろ。説明できるものなら、説明してみろ。
そんな感じだ。
だが、俺にだってプライドはある。何も言えずに終わってたまるか。
何を言うかは決まってないけど、それでも言葉を止めることはできなかった。
「奈那先輩。俺と、俺と」
「君と?」
奈那先輩が急かす。
性格の悪い人だ。早く根を上げろと言わんばかり。こうなりゃ、自棄だ。もう、頭に思い浮かんだことを言ってやる。
ああ、言ってやる。
よし、言ってやる。
「奈那先輩!」
2度目の呼び掛け。だが、これが最後だ。
言う。言う。言うぞ。
「俺と、今度、また遊んでください!」
しばらくの沈黙。
奈那先輩の顔が見れなくて、俺はうつむいた。
「うーん」
そして聞こえてきたのは、奈那先輩のなんとも言えない唸り声。
顔を上げると奈那先輩は拍子抜けした顔をしていた。
「正直、ここまでもったいつけたんだから、もう少し、情熱的な言葉を期待してたんだけどね」
奈那先輩は、がっかりだよ、呟いて、溜息を漏らした。
失敗した。呆れられた。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
今の俺の状況がまさにその通りの状況だ。
あまりにも凡庸な発言に立ち直れずにいると、不意に奈那先輩の笑い声が聞こえてきた。
「でも、後輩くんとの会話は本当に面白いね。本当に良い反応をするよ。仕方がない。君に良いものをあげよう」
「え?」
奈那先輩が小さなメモをくれた。
そこには、電話番号が書かれている。
まさか、これは。
「私の連絡先。暇なら連絡してよ。私も暇なら出るからさ」
「い、い、いいんですか?」
「ふふ、だって、これがないと遊びに誘ってもらえないじゃん。君がどんな風に誘ってくれるのか、とても興味があるからね」
き、期待がでかい。
だが、これはラッキーだ。
これで、いつでも奈那先輩と連絡がとれる。
「今連絡するので、俺の番号も登録してください」
「もちろん、いいよ」
特に何か会話をする訳ではないが、初めての通話だ。そして、奈那先輩のスマホに俺の番号が登録される。
それだけで、俺は周りよりも優位に立てたような気がした。全くの勘違いだってわかってはいるけど。
「さて、そろそろ本当に帰らないとね。それじゃ、またね」
手を振り帰っていく奈那先輩。
奈那先輩の姿が見えなくなった頃、ちょうどバスがやって来た。
それに乗って、家の近くのバス停に降りる。
そして、
「よっしゃあぁぁぁぁ!」
俺は歓喜の叫びを上げるのだった。
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