第28話
しかし、奈那先輩の体を元に戻すのは、俺が思っていたよりも遥かに難しいものだった。
奈那先輩は、俺の他に世良や黒内先輩、司にもこの事を打ち明けた。
「少なくとも君が味方でいてくれるという安心があるからね」
奈那先輩はそう言っていた。
そして、俺たちはまず龍神様がいる神社に案内してもらったのだが、その時点で俺の考えていた策はすでにボツになっていた。
最初、俺は奈那先輩の体を元に戻してくれと、龍神様にお願いするつもりだった。
しかし、奈那先輩から聞いたルールによれば、それは違反になるのだという。
ならば、死ぬことができる体にしてくれという願いならばどうか、という話になったのだが、それは他者の命を奪う行為に類するとしてルール違反になるらしい。
だったら、奈那先輩が願いを叶えるよりも前に病気が治った、ということにすればとも思ったが、たとえそうしても、願ったことが取り消される訳ではないので、不死であることには変わりないのだと言う。
「中々、難しいですね」
そもそも、奈那先輩自身も、自分の体を元に戻す方法について色々と考えていた。
その奈那先輩ですら、まだその方法を思い付いていないというのに、俺が簡単に見つけられるはずもなかったんだ。
「あれ? もう諦めちゃうの?」
「そんな訳ないじゃないですか。ただ、改めて気を引き締めないとと思っただけですよ」
奈那先輩の挑戦的な言葉に、俺は真っ向から受け答える。
その答えに満足したように、奈那先輩は笑った。
それを見ていて、世良がジトッとした目を向けてくる。
「なんか、怪しい。2人とも、どうかしたの?」
「は? な、何がだよ」
「なんか、いつもと雰囲気が違う」
す、鋭い。
司や黒内先輩は全く気付いていなさそうだったのに。
「別にどうもしないよ。ただ、後輩くんと私の気持ちが通じあったというだけ」
「え? それって、もしかして」
「付き合ってはいないよ。でも、付き合いたいという気持ちはあるね」
世良は絶句していた。
奈那先輩の飄々とした告白に、司や黒内先輩も驚きを隠せないようだった。
しばらく言葉を失っていた世良は、やがて下唇を噛み締めて、奈那先輩を睨む。
そんな世良を奈那先輩はいつもの余裕綽々な笑みで睨み返す。
「謝らないよ。謝ってほしくもないでしょ?」
「奈那先輩のそういう所だけは、嫌いです」
世良が奈那先輩にそんなことを言うなんて。
奈那先輩は愉快そうに、そして、挑戦的な顔で世良と向かい合った。
「ふふ。私は逃げも隠れもしないよ」
「なら、私が……、何しても、大丈夫なんですね?」
「うん」
「どんなに卑怯なことをしても?」
「うん。むしろ、それでこそ世良ちゃんだよ」
「それはあまり釈然としません」
俺にはわからない会話が、俺の横で流れている。
奈那先輩と世良の間には、目には見えない火花のようなものが散っているようにも感じた。
「な、なあ、司。これ、どういうことだ?」
「はぁ? これ見てわからないとか、ふざけんなよ」
ゲシゲシと脛を蹴られる。
「いてぇ、いてぇって」
「くそ。前々からそうなんじゃないかとは思ってたが、畜生。しかも、奈那先輩もだと? 畜生、畜生」
司は何にショックを受けているのかわからないが、涙まで流して、若干気持ち悪い。
「み、御子柴、さんにも、い、良い人が、きっと、あ、現れますよ」
「う、うう。く、黒内先輩」
そんな司を励ますように黒内先輩が優しく言う。しかし、その距離は少し離れていて、黒内先輩の胸中も想像するに容易い。
すがるように近寄ってくる司から、同じ速度で離れていく黒内先輩。
それに気付かず、さらに近付いていく司。
そろそろ収拾がつかなくなってきたな。
「とりあえず、話を本題に戻さないか?」
◇◇◇◇◇◇
奈那先輩を元の体に戻すために問題になっていること。
それは、龍神様の力を借りないと不可能だが、逆に龍神様の力のせいで、元に戻すことが難しいということ。
例えば、龍神様のルールのどれか1つがなくなれば、奈那先輩を元に戻すことはそんなに難しくないような気がする。
だが、実際には、ルールを破ることは不可能で、下手に抜け道を探ろうとすれば、願ってもない願いが叶う可能性もある。
慎重に動かなければいけないのは、そういう理屈だ。
「で、でも、奈那ちゃん。奈那ちゃんは、どうやって、り、龍神様のことを、調べた、の? こんなに、詳しく」
やっと落ち着いた頃、黒内先輩が奈那先輩に尋ねた。
それは俺も疑問に思っていたことだ。
奈那先輩のことだし、俺たちの知らないことを知っていても別に不思議ではないんだが、熱心に調べていた黒内先輩すらも知らないことを知っていたというのは、流石に謎だ。
「ああ、それはね。この神社を調べたんだ」
「この、神社、を?」
「そう。ちょっとついてきて」
奈那先輩は神社の建物の中に入っていく。
ボロボロの社は、少しの振動で崩れてしまいそうで、俺たちは慎重に奈那先輩についていった。
ギシギシと嫌な音を立てて、床が抜けて穴だらけの中を、奈那先輩は恐れることなくどんどんと進んでいく。
そんなに広くもない広間を行くと、周りとは雰囲気の違う床が現れた。
「ここから、地下に行けるんだよね」
奈那先輩は床に手を触れて、隠れていた取っ手を掴み、持ち上げる。
すると、そこから扉が開いて、暗くじめじめとした階段が現れた。
光もなく、先が全然見えないが、奈那先輩はスマホのライトで先を照らし、さらに手招きする。
俺たちはチラッと顔を見合わせて、軽く頷いてから奈那先輩の後についていった。
階段はそれ程長くなく、すぐにまた扉が出てくる。
今度の扉は、ノブの所が壊れていて閉まらなくなっているようだった。
「鍵がかかってたから、私が壊したんだけどね」
「器物破損してるじゃないですか」
「まあ、でも、ここはもう誰も管理してないし」
「それこそ、龍神様に怒られなかったんですか?」
「あー、そういえば、帰りはものすごい雨だったかも。バケツをひっくり返したって、ああいうことを言うんだね。比喩じゃなくて、死ぬかと思ったよ」
「いや、絶対怒ってるでしょ、それ」
奈那先輩のアグレッシブさにツッコミを入れつつ、促されるまま、俺たちはその部屋の中に入っていった。
そこは小さな部屋で、たくさんの書物が置かれている。じめじめとした湿気が多いせいか、そのほとんどが読める状態じゃなかったが、その中で、他と比べて、あまり汚くなっていない本を見つけた。
「奈那先輩。これは?」
「それは、この神社の成り立ちとか、周辺の歴史が書かれているものだよ」
「へー」
その本を開くと、中もそれなりに保存状態が良くて、しっかりと文字が書かれているのがわかった。
が、
「読めない」
いや、日本語だということはわかるのだが、当然のごとく古い言葉で書かれていて、解読するのが難しい。
「はぁ。だから、普段から勉強しときなさいって言ったでしょ」
世良が責めるように言う。
「いや、無理だって、こんなの。教科書とは違うんだぞ」
古典の授業で、教えてもらいながら、分かりやすい解説が入っている訳でもないのに。
英語の授業だけ受けて、外国にほっぽり出されるくらい、難易度が高い。
「まったく、貸してみなさい」
世良は俺から本を奪い去る。
「えーっと、何々? ……あー、なるほどね。割りと簡単な言葉で書かれてるじゃない」
「は? そんな馬鹿な」
「いや、これは希沙羅さんの言う通り、かなり初歩的だ。というか、そこまで昔の文字でもないぞ」
「ぐっ」
司は仕返しとばかりに世良を援護してくる。
何がそんなに気に食わなかったのか、未だにわからないが、今の司に助け船を求めるのは無理そうだ。
「な、奈那先輩?」
「うーん。私は普通に読めちゃったから、後輩くんの気持ちはわからないかな」
助けを求めようとした先が間違いだった。
チラッと見ると、黒内先輩もわかっていそうだし、四面楚歌とはまさにこのことだ。
「そ、それより、何て書いてあるんだよ?」
これ以上この話題はまずい。
全員から勉強しろコールが飛んできそうだ。
早々に話を進めようとする俺に、世良はもの言いたげな視線を向けていたが、なんとか本に視線を戻してくれた。
「ここには、龍神様という存在が、ここにあった村の守り神的な存在だったということが書いてあるわ」
そこに書かれているのは、概ね奈那先輩から聞いていた話と同じものだった。
「私はここの本を読んで龍神様のことを調べたんだよ。他にも色々な本があるからね」
「なるほど」
確かに、まだ読めそうな本は他にもいくつか残ってる。
ただ、ここにある本は粗方奈那先輩が読み尽くしているということだし、新しい発見はあまり無さそうだな。
「な、な、奈那、ちゃん。ち、ちょっと、この中、み、見て回っても、い、い、いい?」
そんな中で黒内先輩は、こんな薄暗い中でも、そうとわかるくらい、黒内先輩の目は輝かせていた。
まあ、黒内先輩は、奈那先輩に龍神様のことを教えた張本人で、本人もこういう話に強く興味を持っていたから、当然の反応と言えば当然なのかもしれないけど。
「いいよ。多分、そうなるだろうとは思ってたからね」
奈那先輩も、これは予期していたようで、仕方がないとばかりに笑っていた。
「あ、ごめんなさい。私、これからちょっと用事があるから、今日は帰りますね」
世良は時計を見て、少し慌てた様子で言う。
「うん、わかった。気を付けてね。それと、ありがとうね」
「どういたしまして。また連絡しますね」
そう言うと、世良は小走りで神社を出ていった。
「さて、俺たちはどうするか」
黒内先輩は、読めそうな本探しに集中しているようだが、奈那先輩がここの本を調べ尽くしたとなると、ここにはあまり進展はなさそうだが。
「でも、見方が変われば、新しい発見もあるかもしれないし、俺たちもここを調べてみようぜ」
「それもそうか。奈那先輩、それでいいですか?」
「うん。そうしてもらえたら嬉しいかな」
それから俺たちは、奈那先輩も一緒に日が暮れるまで、部屋の中を調べて回ったのだが、やはり新たな情報を見つけることはできなかった。
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