第27話
「君と付き合えないって話した時のことを覚えてるかな?」
病院に連れてこられた俺は、そのまま数日入院ということになった。
まあ、当たり前だけど。
幸い、見た目程ひどい怪我ではなかったようで、後遺症とかは残らないらしい。
両親や世良たちもすぐに来てくれて、とりあえず事情を説明したが、あの男たちは奈那先輩が撃退してくれたと話している。
ほとんどは本当の話だが、あの最後の光景だけは、まだ誰にも言っていない。
言える訳ないし、言っても信じてくれないだろうけど。
とりあえず痛みも引いて暇していた頃、俺の元に奈那先輩がお見舞いに来てくれた。
そして、何げない会話をしていた時に、奈那先輩が唐突にそう切り出した。
あまりに突然の話題だったが、俺はそのまま答える。
「覚えてますよ」
「ふふ、まあ、そうだよね。あれだけはっきり諦めませんから、と見栄を切ったんだから、ね」
「それも、覚えてますよ」
意図せず告白したあの日。
俺は見事に奈那先輩フラれた。
それはもう、はっきり、ごめん、と。
付き合えない、と。
それでも俺は諦められず、すぐに、
「いや、一度じゃ諦めませんから。もっとかっこよくなって、また告白しますから」
そう言った。
奈那先輩は面白そうに、期待しないで待ってるよ、と言っていた。
それからも、特に何かできる訳ではなかったが、それまで通りに接していた。
奈那先輩が、告白する前と後で、全く態度が変わらなかったら、そんなに難しいことでもなかったが。
「じゃあ、私があの日、何の話をしたか、覚えてる?」
「え? えーっと」
奈那先輩があの日していた話。
無意識の告白をしてしまった直前の会話。
確か、あれは。
「映画の話ですよね」
「そう。正解。じゃあ、具体的には?」
まるで尋問のように、奈那先輩は質問を続ける。
何の意味があるかはわからないが、俺はとりあえず素直に答えていく。
「主人公と化け物のヒロインの激動の恋愛映画を見て、もし、奈那先輩が化け物だったらって」
「うん。大正解。ちゃんと覚えてるみたいだね」
そうだ。言いながら思い出した。
奈那先輩は、あの時、あの映画を見て、少し元気がなくなっていた。
それは、ヒロインが化け物だなんだという話に繋がっていたはず。
そして、この前の奈那先輩の発言。
「奈那先輩は、何者なんですか?」
「まあ、そういう質問になるよね」
奈那先輩は世良がお見舞いの時に持ってきてくれたリンゴを手に取り、ナイフで綺麗に皮を剥いていく。
「私は化け物だよ」
奈那先輩は何事もないように言った。
「私はね、不死の体を持ってるんだ。試したからわかる。私はどんなに怪我をしても死ぬことはないんだ」
「試したって……」
死なないことを確認したってことなのか。
それは、つまり。
「深くは考えないでね。若気の至りってやつだよ」
「そんな話じゃないでしょ」
奈那先輩はこんな場面なのに少し笑った。
「ふふ、そうかもね。原因は、この前未来が言っていた、龍神様。私がちゃんと考えて願い事を言わなかったから、こんなことになったんだね」
「龍神様って、そんなのが本当にいるんですか?」
「いるよ。証拠は、この前の私を見れば十分じゃないかな?」
確かにその通りだ。
あんな光景を見せられたら、今さら龍神様がいると言われた所でそれ程驚くことでもない。
黒内先輩は、龍神様は願いを叶えてくれる存在だと言っていた。
むしろ、そんな神様みたいな存在が実在すると言われた方が辻褄があるような気すらする。
「あれ? でも、黒内先輩は、龍神様を見たことないって」
「うん。詳しいことは話してないからね」
「え?」
「龍神様が助けてくれたって話は、未来にも一度したけど、未来も私が助かったことが嬉しくて、そこまでよく覚えてないんじゃないかな? それに、私もそれ以上は言う気はなかったし」
幼馴染みであり、親友であり、龍神様のことを教えてくれた人なのに。その人に龍神様のことを話していないなんて。
しかも、そんな話を俺にしてくれるなんて。
「こんな話をしたのは、君が初めてだよ。まあ、あんな場面を見られたんだから仕方ないよ」
「それも、そうですね」
あれを見られて言い訳できる訳ないか。
いや、奈那先輩ならできそうな気もするけど。
とりあえず、それは置いておこう。
「まあ、でも、君になら話しても良いかなと思ったっていうのはあるかもね」
「え?」
「君なら、私が嫌がることなんてしないでしょ?」
「あ、当たり前です!」
何で、好き好んで好きな人の嫌がることをしなくちゃいけないんだ。
むしろ喜ばせなきゃいけないってのに。
「ふふ。後輩くんは、本当に単純だよね」
「いきなりなんですか?」
否定はしないけど。
「だって、こんな話、脅迫材料としては十分すぎるじゃないか。ばらされたくなかったら、なんてね」
「は? いやいや、そんなことする訳ないじゃないですか」
それこそ本末転倒だ。
どうしてそんなことをしなくちゃいけないんだ。
そんなことで言うことを聞かせても、何一つ嬉しいことなんてないのに。
「ふふ。だから、君なら大丈夫だと思ったんだよ」
「よくわからないですけど、それって、信じてくれてるってことですよね?」
「うん。そういうこと」
奈那先輩は優しく微笑む。
まるで女神のような笑みに俺の心は弾んだ。
奈那先輩からの信頼。
これ程嬉しいことはない。
自分でもわかるくらい顔がにやけてしまう。
「でも、だからこそ、私は君とは付き合えないんだよ」
奈那先輩は、切り終えたリンゴをくれた後、少し伸びをして背中を向けた。
「私は君に、好意を持ってるよ。でも、私は化け物だ。君は気にしないと言うだろうけど、いつか死ぬ君と、こんな、死なない私じゃ、絶対に一緒にはなれないんだよ」
奈那先輩の顔は見えなかったが、その声は少し悲しげに聞こえた。ほんの少しだけど。
…………。
……。
「てか、奈那先輩。俺のこと好きなんですか!」
正直、今の話で1番気になったのは、そこだ。
もちろん、その他の話も重要だが、それよりもまず第1に確認しなければならないのはそこだ。何よりもそこだ。
奈那先輩は振り向いて、仕方がないなとばかりに溜息を漏らすと、呆れたように笑った。
「二度は言わない。言わせないでね」
奈那先輩ははっきりと言ってはくれなかった。
だが、間違いだと言わないということは、それはもう答えってことだ。
「よっしゃぁぁぁ!」
俺は思わず叫んで喜んだ。ここが病院だということも忘れて。
すぐに看護師さんが来て怒られたけど、そんなことなんて気にならないくらい、テンションが上がっていた。
◇◇◇◇◇◇
「かなりこってり怒られたね」
「流石にあんなに怒られるとは思わなかったです」
反省の色がなかったからなのか、看護師さんの怒りのボルテージはどんどん上がっていって、最終的には正座をさせられる勢いで怒られた。
足を怪我してるので、流石にさせられなかったけど。
それでかれこれ10分ぐらいは説教を食らう羽目になったのだが、その間、奈那先輩はずっと看護師さんの後ろでにやにやしていた。
「ふふ。まあ、自業自得だよ。女の子に恥ずかしい思いをさせたんだからね」
「うっ」
奈那先輩の笑顔には微かな怒りを感じた。
確かに、テンションが舞い上がって気にしていなかったが、奈那先輩の、ある意味で言う告白を、あんなに盛大に喜ぶのは、少なくとも奈那先輩の好みではないだろう。
言いたくなかったと言うのだから、あまり大事にはしたくなかったと言う訳だ。
それをあんなに大声で喜んだというのだから、奈那先輩が怒るのも仕方がない。
「すみません」
「ふふ。さっきの看護師さんの時よりも反省してるみたいだね」
謝る俺に、奈那先輩はケラケラと笑った。
「でも、この前も言ったけど、君とは付き合えないよ。だから、あまり言いたくなかったんだけどね」
奈那先輩は、話を繰り返した。
釘を刺すように。
だが、
「わかってますよ。今は、ですよね」
「ん?」
奈那先輩が俺と付き合えない理由はわかった。
なら、俺がやることは1つ。
「奈那先輩は、不死だから、俺と付き合えないんですよね?」
「うん」
「そして、奈那先輩は、不死の体が嫌なんですよね?」
「……なるほどね」
奈那先輩も俺が何を言いたいのかわかったらしい。
「奈那先輩が元の体に戻れるように俺も協力します。だから、その時また、気持ちを聞かせてください」
奈那先輩が不死だから、付き合えない。
もし、奈那先輩がその不死の体を良しとしているのなら、俺にはどうすることもできない。
だが、さっきの言い方を考えれば、奈那先輩自身も不死の体を望んではいないということがわかる。
なら、奈那先輩が元に戻ることができれば、すべてが丸く収まるはずだ。
まさに一石二鳥。二兎追うものが二兎を得る、という珍しく良いパターンだ。
俺の提案に、奈那先輩は思案する。真剣に。
「魅力的な提案だけど、不可能な契約はしない方がいいよ」
「これは、契約じゃありません。約束です」
以前の業務的な表面上の繋がりじゃない。
この前もらったペンダント。
あれは俺にとって宝物だ
だが、あれは、いわば報酬。
奈那先輩は、物で俺との関係を繋ごうとしたんだ。
そんな作られた繋がりじゃない。
俺と奈那先輩の見えない絆。それが、今はあると信じて。俺はあえて訂正する。
奈那先輩は俺の目をまっすぐに見据える。
いつもと変わらないその表情の中に、少しだけ不安があるように見えるのは、俺の気のせいではないだろう。
やがて、奈那先輩は諦めたように天井を見上げた。
「強気だね。でも、そんなことを言われて嬉しいと思う私もいるんだよね。私って、意外と押しに弱いのかな」
奈那先輩の頬は少しだけ赤い。普通なら見逃してしまいそうな微かな変化だが。
「奈那先輩のお母さんが言ってた通りだ」
「ママが?」
思わず口に出た言葉に、俺はすぐに口を塞ぐが、まあ、手遅れだろうな。
奈那先輩は諦めたように溜息を漏らす。
「あの人は本当に……」
それだけ呟くと、奈那先輩は困ったように笑った。
「私の今までの人生で、最も勝てないなと思ったのは、ママなんだよね」
「なんとなく、わかる気がします」
奈那先輩のお母さんは、得たいの知れない、というと失礼かもしれないが、なんとも言えない不思議な気配を纏っている。
奈那先輩の目も、すべてを見透かしているような気にさせられるが、奈那先輩のお母さんは、さらに強くそれを感じさせる。
奈那先輩は、1度大きく深呼吸をして、俺の方を見た。
その表情には笑みが浮かんでいた。
「ふふ。負けたよ。私からもお願い。私が元の体に戻れるように協力してくれる?」
「っ! は、はい!」
奈那先輩からのお願い。約束。
それが嬉しくて、俺はまた叫びそうになるのを必死で堪えた。
そんな俺に奈那先輩は立ち上がって近付いてくる。
「もう、君はただの友達ではないね。でも、彼氏じゃないし。うーん、そうだ、君は今から私の彼氏かっこ仮だね」
「彼氏かっこ仮って。いや、今までのままでいいですよ」
いちいちそんな長い呼び名は困る。
まあ、他とは違うということをアピールできるのは、捨てがたいが。
奈那先輩もちょっとした冗談だったみたいで、そうかな、なんて言ってあっさり引き下がった。
「ふふ、わかったよ。彼氏かっこ仮くん。もとい、後輩くん」
「はい。奈那先輩」
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