第30話
当然のことだが、今の時間は女の子が1人で出歩いていい時間じゃない。
黒内先輩だって無理やり連れて帰ったぐらいなんだから。
だというのに、世良はまだ帰っていない。
しかも、こんなに遅くなるというのに連絡の1つもないらしい。
世良は決して不良ということはない。
もし、何か理由があってこんなに遅くなるのだとしたら、必ず連絡をするはずだ。
だが、実際には連絡はなく、世良のお母さんからの連絡にも出ないらしい。
司に頼んで、世良の友達にも聞いて回ったが、誰も行方を知らなかった。
「とりあえず、希沙羅さんが行きそうな場所を聞いたから、俺も探してみる」
「ああ、頼む」
司と手分けして世良を探すことになったが、正直、何処にいるのか検討もつかなかった。
ただ、気持ちだけは焦る。
こんな時間に連絡もなしにいなくなるなんて、只事ではない気がして。
俺は、藁にもすがる思いで、とある番号に電話を掛けた。
「もしもし? 後輩くん?」
「奈那先輩! 助けてください」
「いきなり、どうしたの?」
奈那先輩なら、何か知恵を貸してくれるかもしれない。そう思った俺は、世良がいなくなったことを伝えた。
「わかった。すぐに行くよ。後輩くんは、世良ちゃんに連絡してみて。もしかしたら、偶々電話に出られなかっただけかもしれないから」
「わ、わかりました」
「合流場所は神社。世良ちゃんと分かれたのはそこだから、そこから何か痕跡を探そう」
「は、はい」
流石、奈那先輩だ。
冷静で的確な指示に、俺も少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
そして、俺はすぐに神社に向かう。
その間に、母さんは警察や学校に連絡をして、世良のお母さんは家で待機してもらい、帰ってきた時の連絡をもらうことにした。
神社に行く道中も、奈那先輩から指示され、世良の家から神社までの道のりで、世良が使っていそうな道を見ながら歩いた。
しかし、世良を見つけることはできなかった。
「くそ。何処に行ったんだよ」
こんな時間にいなくなるなんて、確実におかしい。もしかしたら、なんて考え出すと、焦って何も考えられない。
「と、とにかく、世良に連絡してみないと」
神社に向かうためのバスに乗り、俺は世良に電話を掛ける。
呼び出し音は鳴った。それから数度、音が鳴るが、一向に出る気配はない。
「でも、電源が切れてるとかはなさそうだな」
それが逆に不気味だ。
俺はそのまま電話を掛け続ける。
もしかしたら、世良が電話を何処かに落としている可能性もある。
だとしたら、誰かが気付いて電話に出てくれるかもしれないと思ったからだ。
だが、そんな期待は空しく、誰も出ることはなかった。
「くそ。本当に、どうしたんだよ?」
仕方なく電話を切ろうとした。
その時、
「もしもし?」
「もしもし!」
誰かが電話に出た。
それは世良の声ではなかった。やっぱり世良が落として、誰かが拾っていたのか。
「このスマホ、何処かに落ちてましたか? そのスマホの持ち主の友達なんですけど、今何処ですか? 何処に落ちてましたか?」
やっと見つけた世良の手がかりに、俺は矢継ぎ早に質問する。
何処にスマホが落ちていたのかさえわかれば、大分範囲は絞れるはずだ。
失礼かとも思ったが、今はそんなこと気にしている時間も惜しい。
「あの、聞こえてます?」
だというのに、電話に出た相手は、中々声を出してくれなかった。
聞こえてきた声からして、恐らく大人の男性だろう。
雑音も多いから、屋外にいるような気もするが。
「君は、彼女の知り合いか?」
「彼女? あ、このスマホの持ち主とは知り合いです。番号も登録されてましたよね?」
ああ、なるほど。
怪しい人物ではないかと疑っているのか。
確かに、この人からしたら、知らない人の電話に出たら、いきなり知らない人で、しかも、何処にいるかなんて聞いてくれば、警戒するのも仕方がない。
だが、スマホの画面には俺の番号とか名前が表示されてるはずだから、怪しい人ではないと信じてもらえると思ったんだが。
ん?
「このスマホの持ち主が女性って何でわかったんですか? もしかして、落とし主が近くにいるんですか?」
一応、名前を出して聞くのは避ける。
嫌な予感がしたから。
「ああ、落とし主は近くにいるよ。ただ、私が聞いている彼女とは、この子とは違う子のことだよ」
「違う子?」
「あの、不死身の女の子だよ」
「っ! そ、れって」
誰のことを言っているのか、一瞬でわかってしまい、俺は思わず声を出してしまった。
「ああ、知ってるようだね。なるほど、君が、彼女と一緒にいた男の子か」
俺の反応に、電話の向こうから、気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
「このスマホの持ち主の女の子は、私が預かっている。返してほしければ、彼女を連れて、私が指示する所に来なさい」
「なっ! ゆ、誘拐」
「拒否すればどうなるかは、言わなくてもわかるな?」
そして、男は街の外れにある公園を指定してきた。
「ああ、それと、君のスマホの情報は手に入れた。警察に連絡したらすぐにわかるから気を付けることだね」
それだけ言うと、男は電話を切った。
「嘘、だろ?」
世良が誘拐された。
そんな現実味のない話に、俺は体が動かなかった。
そんな馬鹿な話があるか。世良が誘拐されるなんて。
しかも、要求は奈那先輩を連れていくこと。
いや、そもそも、あいつはなんで、奈那先輩が不死の体であると知っていたんだ。
奈那先輩は、そんなこと俺たち以外に言っていないはずなのに。
俺たちだって、誰にも漏らしていない。
他に奈那先輩が、不死だって知ってるやつなんて……。
「そんなことより、早く奈那先輩に連絡しないと」
あの男の目的はわからないが、世良が危険なことは間違いない。
奈那先輩を連れていくのは危険だが、世良も危険だ。
どうすればいいのか、すぐにでも奈那先輩と相談しないと。
俺はすぐに奈那先輩に電話を掛ける。
「もしもし。何かあった?」
奈那先輩は開口一番そう言った。
待ち合わせに到着する前の連絡に、何かあったと感づいたのか。
「世良が、誘拐されたみたいなんです」
「……それは、確かなの?」
「はい。実は……」
俺はさっきの電話のことを奈那先輩に説明した。
◇◇◇◇◇◇
「なるほど。それは、確かな情報みたいだね。しかも、私の体質を知ってる、か」
「奈那先輩。どうしたら、いいんですか?」
すぐにでも警察に電話するべきなんだろうけど、あの男にばれたら世良が危ない。
本当か嘘か、あいつは俺が警察に連絡してもわかると言っていた。
なら、奈那先輩に警察に連絡をしてもらえば。
「それは、危険かもね。もしかしたら、この会話も聞かれている可能性があるから」
「そんなことが、できるんですか?」
「わからない。でも、可能性はある。だから、選択肢はないよ。後輩くん。場所を教えて」
奈那先輩が言う、場所とは、俺がさっき男から指定された場所に他ならない。
だが、本当に、奈那先輩を連れていっても、大丈夫なんだろうか。
やっぱり、警察に連絡した方が、だが、奈那先輩の言う通り、もしこの会話も盗聴されていたら、取り返しのつかないことになる。
「大丈夫。後輩くん。私を信じて」
「奈那、先輩」
「私が何とかするから。絶対」
奈那先輩の声には、不思議な力がある。
実績があるからなのかもしれないけど、奈那先輩が大丈夫と言えば、大丈夫なような、そんな気持ちにさせてくれる。
不甲斐なくて仕方がないが、奈那先輩の言葉に、俺は少し安心した。
「わかりました。場所は……」
だが、心の奥にある嫌な予感はずっと消えてはいなかった。
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