第31話
男から指摘された公園に来た俺と奈那先輩。
警察には連絡していない。
母さんにも、世良のお母さんにも。司にも。
スマホを盗聴されている可能性を考えて、ここまで誰にも言わずに来た。
しかし、言われた通り、公園に奈那先輩を連れてきたというのに、肝心の世良の姿が何処にもなかった。
それどころか、男の姿も見当たらない。
声しか知らないので、どんな男なのかは知らないが、そもそも俺たち以外に、この公園には誰もいなかった。
「どういうことだ? 場所は間違ってないはずなのに」
公園に足を踏み入れようとした時、奈那先輩が俺の手を引っ張った。
まるで俺を公園に入れないように。
「奈那先輩?」
「囲まれてるよ。私から離れないで」
「え?」
慌てて辺りを見回すが、誰かいるようには見えない。が、奈那先輩が言うんだからそうなんだろう。
俺は無言で頷いて、奈那先輩のすぐ横を歩いた。
そして、公園の中程まで来た所で、人の気配を感じた。
「よく来た。歓迎するよ」
声がしたのは俺たちの後ろ。
振り向くと、男が立っていた。
研究者然とした白衣を着た男は、すぐ横に屈強な男を従えていて、穏便に話を済ませようとする気配は微塵もない。
「言われた通りに来たぞ。早く世良を返せ!」
「世良? ああ、あの子のことか。焦るな、こちらの確認が先だ」
「確認?」
男はもったいつけるように言うと、隣の男に何かを指示する。
それに頷いた男は突然、懐から拳銃を取り出した。
「なっ!」
俺が声を出したのと同時に、パンパンパンと、銃声が3発聞こえた。
銃弾は、奈那先輩を撃ち抜く。
眉間に1発、胸に2発。
「ぐっ!」
奈那先輩はそれをモロに受けて呻き声を上げる。
だが、倒れることはなく、その血もすぐに止まり、傷は塞がった。
「奈那先輩! 大丈夫ですか!」
「だ、い、丈夫だよ。落ち着いて」
奈那先輩は冷や汗を流している。
当たり前だ。いきなり撃たれたら、誰だってこうなるに決まってる。
それでも、奈那先輩は俺を落ち着かせようとしてか、余裕そうな笑みを浮かべていた。
「すばらしい。報告にあった通りだ」
だが、研究者然とした男は、こんなことをしておいて、反省する所か、嬉しそうに拍手なんかしている。
「お前!」
「後輩くん。落ち着いて」
殴りかかろうとする俺を、奈那先輩が止める。
見れば、奈那先輩は静かに首を振っていた。
動くな。そういうことだろう。
わかってる。
銃を持つ相手に考えもなしに向かっていくのは馬鹿だ。
しかも、奈那先輩はさっき、囲まれていると言っていた。
つまり、ここには、この男以外にも人がいて、そいつらはこいつの仲間ということだろう。
世良の状況もわからない今、確かに迂闊に動いて良い場面じゃない。
それにしたって、こんなことをされて、そこまで冷静に考えられるなんて、奈那先輩は本当に人間なのかよ。
「ふははは。いいぞ。君は素晴らしい」
「どういうことかな?」
奈那先輩が尋ねると、研究者然とした男は、今さらながら身だしなみを整え、口を開いた。
「いや、失敬。私はとある企業で研究者をしていてね。君のような不思議な力を持つ物に興味があるんだよ」
ふざけた言い方をする男に、俺は怒りが抑えられなかった。
奈那先輩を物扱いしやがった。
それでも、奈那先輩は毅然として男と対峙していた。
「どうして、それを知ってるのかな?」
「いやなに、先日、君がチンピラに絡まれていた時のことを耳にしてね」
あの、ナンパ男の時か。
あの馬鹿のせいでこんなことに。
いや、それよりも、俺が奈那先輩に助けられたから。
「そう。なら仕方ないね」
「奈那先輩!」
「いいから」
奈那先輩は笑う。
「それより、世良ちゃんはどうしたのかな? 私はちゃんとここに来たよ。警察にも連絡していない。無事に返してくれるんだよね」
「ん? ああ、あのガキのことか。おい」
「はい」
研究者然とした男が言うと、隣の屈強な男は、近くに停めてあったクルマのドアを開けた。
よく見えなかったが、そこには人がいて、男はその人を担ぎ上げた。
「……おい」
よく見えなかった。
まるで、人形のように力なく、だらんとしたその人を担いだ男は、少しずつこちらに近づいてくる。
よく見えない。
女の子のように見える。
「まてよ」
いや、近付けばわかる。
その人は、女の子だ。
「ふざ、けるな」
血だらけの体に力を失った体躯。
生気の失った、顔。
「ほら、返すよ。もういらないからね」
ドサッとまるで荷物をそうするように、男はその女の子をこちらに投げ捨ててきた。
その姿は、俺のよく知る女の子で、それでいて、その姿は、変わり果てたものだった。
「世、良?」
呼び掛ける。
だが、返事はない。
「おい、世良」
揺さぶる。
それでも反応はない。呼吸の音も聞こえない。
だが、手につく血液だけは、まだ生温かった。
「嘘だろ? おい、世良。世良!」
何度も何度も何度も、名前を呼ぶ。
揺さぶる。
揺さぶる。
揺さぶる。
だが、反応はない。ほんの少しも動いてくれない。
「生きて返すとは言っていないだろ? それに、その力を知るのは私だけでいい。もし、他のやつにばれて、横取りされたらどうするんだ?」
研究者然とした男は、馬鹿にするような目で俺を見る。
「ふざけるな! そんな理由で、世良を、世良を、殺したのか!」
「馬鹿には理解できないか。まあ、その子も、もう少し私たちに協力的なら、少しは長生きできたかもな」
「どういう、ことだ?」
薄気味悪い男の笑いに背筋が凍る。
「後輩くん。聞かない方がいい」
「奈那先輩」
見ると、奈那先輩は、今まで見たことがないくらい冷たい顔をしていた。
俺を押さえる手には痛い程に力が込められていて、怒りに震えていることがわかる。
俺は不意に、世良の体を見た。
世良の体には、いくつもの痣ができている。
顔にも痣がある。
今、投げられてついたものではないだろう。
だったら。
「考えないで、後輩くん」
奈那先輩が俺の目を押さえつける。
だが、耳からは、あの男の声が聞こえてきた。
「君の居場所を聞いたというのに、全く教えてくれなかったんだよ。だから、少し、痛い目に……」
「うるさいよ」
視界が明るくなった。
そして、見えたのは、研究者然とした男に、奈那先輩が殴りかかる光景。
だが、その攻撃は、隣の屈強な男に阻まれる。
「はは、威勢が良いね」
研究者然とした男は、余裕な様子だ。
「君は、最低の人間だよ。人間のくずだ。私に、人を裁く資格なんてないけれど、君だけは、許さない」
奈那先輩は、辺りが凍りつくような、そんな冷たい声で言う。
その声に、研究者然とした男も少し怯んだようだ。
その隙に、奈那先輩は屈強な男の顎に蹴りを入れて、1発でその男を昏倒とさせた。
「は?」
「次は君だよ」
奈那先輩は、そのまま研究者然とした男の腹を全力で殴りつける。
「ぐべっ!」
蛙が潰れるような悲鳴と、骨が折れる音が聞こえた。
だが、それだけでは終わらない。
奈那先輩は、そのまま男の顔を掴んで、地面に叩きつける。
「ぐぎゃ!」
奈那先輩は、もう一度男を叩きつけようとした。が、
「うおっ!」
いきなり、俺は誰かに後ろから押さえつけられてしまった。
「後輩くん!」
「ぐっ」
しまった。他にも仲間がいるとわかっていたのに、油断していた。
見ると、さっきの屈強な男と同じくらいのがたいの男が、5人程いる。そのうちの1人に、俺は組み敷かれているらしい。
「博士をよくも。このガキが殺されたくなかったら、大人しくしてろ」
「ふざけるのも、大概にして」
奈那先輩は鋭く男たちを睨み付ける。
そして。
「あべっ!」
「げふっ!」
俺の目には見えなかった。
だが、奈那先輩はいつの間にか、男2人を一瞬で気絶させてしまっていた。
「ぐはっ!」
そして、俺を押さえつけていた男も気絶させ、俺は解放される。
「大丈夫? 後輩くん」
「は、はい。ありがとうございます」
強い。
俺がどんなに足掻いても振りほどけなかった程の力を持つあの男を一瞬で気絶させるなんて。
「後輩くん。逃げるよ」
「え?」
奈那先輩は、焦った様子で言う。
「まだまだ仲間がいそうだ。それに、これだけのことを平然とやってのけるなんて、相当な後ろ楯があるに違いない。素直に対峙するのは、得策じゃないよ」
「で、でも、どこに逃げれば」
そんなやばいやつらなら、逃げるのだって難しいはずだ。どこに逃げたって、逃げきれないんじゃないか。
なら、一か八か、警察に行けば。
「駄目だよ。それじゃあ、駄目。私は、世良ちゃんを助けたい」
「え? せ、世良を?」
助けるって、どうやって。世良は、もう。
「まだ大丈夫。私を信じて。お願い。私を、信じて?」
奈那先輩は泣きそうな顔で言う。
こんな表情、見たことない。
「わ、わかりました」
その表情を見れば、それに従わずにはいられなかった。
「世良ちゃんをお願い。私は、あの男たちを足止めするから。後輩くんは、あの神社に向かって」
「あ!」
そうか。
あの神社なら、龍神様なら、世良を助けられるかもしれない。
あの神社のルールに、人を生き返らせることはできないというルールはなかった。
なら、もしかしたら。
「わかりました。でも、奈那先輩は……」
さっきの光景を見ていても、やっぱり心配なものは心配だ。
俺がいた所で、邪魔になるのは目に見えているが。
「大丈夫だよ。あの程度なら、100人いたって、問題ないからね。さあ、早く行って!」
奈那先輩が俺の背中を押す。
俺は、一度だけ奈那先輩の方を振り向いて、一目散に走り出した。
奈那先輩に全てを任せるなんて、男としてどうかしていると思う。
だが、今は、今だけは、それでも走るしかなかった。
「世良、世良」
冷たくなった世良の体は、力をなくしていて、思った以上に重い。死んだ人間というのが、こんなにも重いものだったのか。
それとも、俺が無意識に、世良を拒んでいるのか。
とにかく、まだ世良を助けられる可能性は残っている。
奈那先輩が言っていたんだ。確実に勝算はあるってことだ。
俺はただがむしゃらに走っていく。
神社まで、ただただ、走っていく。
こんな深夜だからか、すれ違う人はいない。
いても気にしてられない。
ただ走る。
走る。
走る。
幸い、あの公園から神社までは、走っていける距離にある。
もう少し。もう少しで神社だ。
神社に続く階段が見えてきた。
いつもなら億劫に見えるこの階段も、今は希望の架け橋のように思える。
「世良、もう少しだ。もう少しで、助けてやれるからな」
人1人を抱えてこの階段を上るのは、普段であれば絶対にしたくない。
だが、今は関係ない。
2段飛ばして階段を上っていく。
早く。
早く。
早く。
早く頂上に着いてくれ。
「見えた」
頂上。神社が見えた。
それでも止まらず、俺は井戸の方へと走っていく。
井戸の水は満杯だ。
奈那先輩が満杯にしてくれていたままだ。
空を見上げれば、今日はちょうど満月。
条件は整っている。
後は青いものをこの井戸に投げ入れれば。
「後輩くん!」
「奈那先輩!」
声がして振り向くと、奈那先輩が走ってきていた。
「早くしよう。思った以上に数が多くてね。間に合わなくなるから、先にこっちに来ちゃったんだ」
確かに、時間は、もう少しで日が上る時間だ。
満月も消えかけている。
「私は、もう願いを叶えてしまったから、君が龍神様を呼んで」
「わ、わかりました」
俺は何か青いものがないかポケットを探る。
が、奈那先輩は、そんな俺の手を止めた。
「奈那先輩?」
こんな時に、何を、と聞こうとした。
しかし、その言葉は出てこなかった。
奈那先輩はすごく悲しそうに、それでいて、困ったように笑っていた。
「後輩くん。よく聞いてね」
畏まった様子の奈那先輩は、少しだけ唇を噛み締める。
そして、いつものような不敵な笑みを浮かべる。まるで、全てを隠すように。
「君が願うのは、私の病気が、治らなかったことにしてほしい、だよ」
「……え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます