青に染まる面影を思い出すまで

奈那七菜菜菜

第1話

「後輩くん。私はね、一度死んでるんだよ」


 先輩は、そう言って悲しそうに笑った。

 その笑顔が見ていられなくて、俺はそれから目をそらす。


「でも、それでも、俺は先輩と一緒にいたい」


 なけなしの勇気は、紙切れ一枚よりも薄っぺらくて、先輩も苦笑いだ。

 子供のわがまま。いじっぱり。


 とにかく幼稚で、そんな言葉が響く訳もなく、先輩は俺の頭をポンポンと叩く。

 優しく、慈しむように。


「その言葉だけで、私は嬉しいよ」


 そんな訳ないのに。

 先輩が望んでいるのは、こんな言葉ではないはずなのに。


 先輩は、そんな、上っ面だけの、根拠のない、気休めなんて求めていない。


 それでも、笑っていてくれるのは、俺がただ、先輩の優しさにすがっているからだ。


 泣くな。泣いていいのは、俺じゃなく、先輩なんだから。

 そう言い聞かせても、俺の目からは涙が零れてしまう。


「いいよ。我慢しなくても。君は、もう、十分、私を救ってくれたんだから」


 先輩が俺に顔を近づける。

 吐息がかかるほどに。


 唇が微かに触れた頬。

 俺がハッとして先輩を見ると、先輩は、少しだけ顔を赤くして、目を細めていた。


「それじゃ、さよなら」


 そう言って、先輩は姿を消した。


 もう、先輩の名前も顔も思い出せない。

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