第2話
夢の中くらいは、自分の理想が反映されてもいいと思う。
それは、漫画のヒーローみたいな特殊な力を持っている自分だったり。
それは、超絶美少女たちで織り成されるハーレム舞台の主人公だったり。
はたまた、悪の組織に立ち向かう勇敢な人間だったり。
理想はそれぞれだが、夢は自由だ。
昨日はあれで、今日はこれ。明日はそれで、明後日は、なんてどれだけいろんな夢を見ても、バチが当たるなんてことはないだろう。
それが夢というものだし、誰もが見る権利を持っている。
夢の中では、自分が神様で、すべての権限を持っていて、なんでもできる人間になれる。
なら、いっそ、夢の方こそが現実で、今、現実と思っているものこそが夢だと考えれば、少しは希望も持てるというものだ。
だが、そんな夢すらも許されないとしたら、俺はこの世界で生きていくのが、辛い。
◇◇◇◇◇◇
「いや、軟弱すぎだろうが、ぼけ」
「いたっ!」
急に教科書の角で叩かれた。
めっちゃ痛い。
「夢の話をそう長々と語られてもめんどくさいだけだろ。聞く方の気持ちにもなれ」
「なんだよ、
「できる、できないは関係ない。興味がないんだよ」
司は呆れた様子で溜め息を漏らす。
まったく、この崇高な話を理解できないとは、無知というのは悲しいものだな。
「声、漏れてるぞ」
おっと、危ない危ない。
司が睨んでくる。あまり怒らせるのも恐いので、これくらいにしておこうか。
今は昼休み。
午前中の学業を終わらせ、束の間の休息を取っていた俺は、弁当を持ってくるのを忘れていることに気付き、友達の司と共に食堂に来ていた。
周りには俺と同じ様に、弁当を持たない生徒が多くいる。あいつらも、みんな弁当を忘れたんだろうな。
「いや、んな訳ねぇだろ」
司がピシャリと否定する。
まあいい。
とりあえず俺は、一番安い素うどんを注文し、近くの席に座った。
司は、弁当を持ってきているので、それを持って食堂まで来ている。
この食堂は、別に弁当を持ってきている生徒が使っても問題ないので、司のように、友達と集まるために食堂に来て食べている人も結構いる。
そのため、この食堂は大抵人が多い。
少なくとも、今日みたいに弁当を忘れていなければ、俺は近づきたくない。
「それにしても、
「いや、別に、そこまで弁当に執着がある訳じゃないぞ」
人を食いしん坊みたいに。
というか、そんな言われ方したことないぞ。お前が勝手に言っているだけだろうが。
「素うどんの人ー!」
「あ、はい」
そんなことを言い合っている間に、俺の料理が出来上がったみたいだ。
流石に、素うどん。待ってから5分としていない。この早さも素うどんの良いところだ。
俺はさっさとカウンターに向かい、素うどんを受け取りに行った。
が、
「ん?」
不意に足が止まる。
別に何があった訳じゃない。
何かを見つけた訳じゃなく、誰かに声をかけられた訳でもない。
だが、俺は何故か、その場で立ち止まってしまった。
「あれ? 何か……」
立ち止まった理由がわからず、辺りを見回す。それも意味があることではなかったが。
「おっとごめんよ。後輩くん、大丈夫かな?」
「えっ!」
不意に聞こえてきた声。
急いで振り返るが、そこには誰もいない。
確かに聞こえたはずなのに。
誰かの声が。
「ちょっと、素うどんの人かい? 早く持ってってくれないかい?」
「あ、すみません」
立ち止まりすぎていたのだろう。
カウンターのおばちゃんが、めんどくさそうに言ってくる。
俺は慌ててトレイに乗っけられた素うどんを受け取ると、すたこらと自分の席に戻っていった。
並々注がれた素うどんに違和感を覚えながら。
席に戻ると、司が怪訝な顔で俺を出迎える。
「どうかしたのか? なんか固まってたけど」
「あ、いや、何でもない」
俺は曖昧にごまかす。
何せ、俺自身が、あの時どうして立ち止まったのかが理解できていないのだから。
俺の返事に納得していない様子の司だったが、俺がそれ以上言うつもりがないと伝わったのか、なら、いいけど、と呟いて弁当を開け始めた。
「はい、これ。私の月曜限定特盛定食だよ。さっきのお詫びにどうかな?」
「は?」
またしても聞こえてきた声。今度は右隣から。
しかし、右を見てみても、やはりそこには誰もいない。
右の席は誰も座っていない。
それどころから、俺の右側は壁際まで誰も座っていない。離れた誰かの声ということもないだろう。
そもそも、月曜限定特盛定食なんてものを頼んでいる生徒は近くにいなかったし、それを頼む生徒がいるなんて話も聞いたことがない。
あの月曜限定特盛定食は、未だかつて、完食できた人がいないと言われる伝説の学食だ。
残り物に厳しいこの食堂で、その定食を頼む生徒は滅多なことではいないだろう。
それなのに、俺は、その定食が、何故か無性に食べたくなった。
「一樹? 本当にどうかしたのか?」
「なあ、司。俺って、月曜限定特盛定食を食べたことあったか?」
「はぁ? ないだろ。入学してから1年。噂は聞いても、誰かが注文したって話すら聞いたことないぞ」
「そう、だよな」
俺はなんとなく落胆する。
どうしてかはわからない。だが、その定食を食べたことがないという事実に、言い様のないショックを受けている自分がいた。
司は意味がわからないという表情をしていたが、俺も意味がわからない。
どうして急にこんなことを思うようになったのか。
「まあ、いいか。それより、もうそろそろ食べ始めないと、昼休み終わるぞ」
「ああ、そうだな」
「ご馳走さま。君は少食なんだね。ほとんど私が食べてしまったよ」
また聞こえてきた声に、俺はもう驚かなかった。ああ、これが白昼夢というやつかと。
俺も相当疲れているのかもしれない。
声は綺麗な女性のもので、口調は少し不思議だが、聞いていていやに心地よい。
俺がもし、理想の女性を思い描くとしたら、こんな声の人を想像するのかもしれない。
そんなことを思いながら、不意に隣を見ると、いつの間にかそこには誰かが座っていた。
顔は見えない。逆光で影になっている。
だが、制服から、先輩であることはわかる。
それも女の先輩だ。しかし、見たことがある人ではない。
というか、先輩に知り合いはいない。
部活もやっていない。委員会にも所属していない俺には、先輩たちとの接点はほとんどない。
それなのに、俺はその人のことを知っているような気がした。
いや、知らないはずだ。顔は見えないが、断言できる。俺はこの人を知らない。
知らない。
「おや。私の顔に何かついているのかな? それとも、見とれていたのかな?」
憎たらしい笑み。
表情も見えないはずなのに、その声音だけで想像ができてしまった。
人を小バカにしたような。すべてを見透かしたような、そんな笑み。
悔しいのに、俺はそれに見とれていたんだ。ずっと。
ずっと?
おかしい。意味がわからない。
そもそも、俺はこの人を知らないはずなのに。
ずっと、見とれていたなんて、ありえないのに。
「一樹!」
「っ! え?」
「寝てたのか? もうチャイム鳴ったぞ?」
「あ、ああ」
気付けば、食堂の人もまばらになっていて、周りの人もいなくなっていた。
もちろん隣には誰もいなくて、席も動かされた形跡はない。
また、白昼夢でも見ていたのだろうか。
俺は、司の後を追って教室に戻る。
食堂を出ようとしたところで、
「そうだ。さっきのお詫びに、もう1つ、面白いものを見せてあげるよ。放課後、屋上に来てごらん」
そんな声が聞こえてきた。
これは本格的に疲れているのかもしれない。
ただ、その声の言葉には、謎の興味があり、俺は結局、放課後に屋上に行くことを決めた。
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