第22話

 リビングに行くと、母さんが昨日の帰りが遅かったこと、というか、もはや朝帰りだったことについて問い詰めてきた。


 まあ、世良と適当に散歩していただけだ、と伝えると、そんな時間に女の子を連れ回すな、と多少怒られはしたものの、相手が世良だし、ここら辺は変な人もいないから、話はそれだけで済んだ。


 そして、朝ご飯もそこそこに、俺はすぐに家を出る。


 司とは、街で待ち合わせをしていた。


 世良にも伝えているが、流石に怒られてすぐに世良の家に行くのは、まずいだろうと、連絡だけして別々に行くことになった。


 ちなみに、黒内先輩には、世良から連絡することになっている。


 家をすぐに出ただけあって、待ち合わせ場所にはまだ世良や黒内先輩の姿はなかった。


「よう」


 いるのは、すでに街にいたらしい司だけ。

 元々、街にいる時に連絡してきたらしい。


「世良と黒内先輩はもう少ししたら来ると思うぞ」

「ああ、よかった。いきなりだから、もしかしたら、集まれないかもって思ってたんだよ」


 確かに、実際、今日は日曜日だし、特に世良あたりは、何か用事が入っていてもおかしくなかった。


 まあ、朝方まで俺と一緒で、寝てなかったんだし、予定はどちらにしてもキャンセルしているだろうが。


「まあ、世良とかは危なかったかもな」

「いやいや、1番来なさそうだったのはお前だからな?」

「は?」


 意味がわからない。

 と思ったが、司の顔を見て思い出した。


「あー。まあ、色々あって、な」


 司には、はっきりと諦めるというような話をしてしまっている。

 そのことを言っているのだろう。


 確かに、あそこまではっきりと言っておいて、何食わぬ顔でここにいるのもおかしいか。

 司には昨日のこととかも、何も話してないし。


 それは流石に失礼だったかもしれない。


「まあ、いいよ。立ち直ったんなら、別に」


 だが、司は気にしたそぶりを見せず、ただ笑っていた。

 変に詮索してくることもなく。

 そんな気遣いに感謝しかなかった。


「さんきゅ」

「気持ち悪」

「てめぇ」


 せっかく良い奴だと思った所なのに。 


「まあいい。それで? 奈那先輩を思い出したってのは?」

「そのままだよ。奈那先輩のことを思い出した。本当にいきなりな」


 司は自分でも驚いているようだった。


 俺たちの中で、奈那先輩のことを思い出していなかったのは司だけ。

 どれだけ奈那先輩のことを話しても、司だけは何も思い出さなかった。


 だから、この記憶を持っているのは俺たち3人だけなんだろう。

 そう思っていたのだが。


 しかし、まさか、ここに来て、司が奈那先輩のことを思い出すなんて。


「何かきっかけがあったのか?」

「わからない。街に来てたら、なんか、ふと思い出したんだ」

「そうか」


 確かに俺も、別に何かきっかけがあった訳じゃない。


 それ考えれば、司の言うことも当たり前なのだろう。


「まあ、詳しい話は希沙羅さんたちが来たら改めて話すよ」

「そうだな」


 ◇◇◇◇◇◇


 それから程なくして、世良と黒内先輩がやってきた。

 

 黒内先輩は俺を見つけると、こっそりと、

「げ、元気になったみたいで、よ、よかった、です」

 と、微笑んだ。


 近くで見る黒内先輩の顔は、少しだけ赤らんでいて、年上に言うのもあれだが、すごく可愛く見え、ドキッとした。


 というか、前髪で隠れていてよくわからなかったが、黒内先輩って、かなりの美少女なんだな。

 普段の不気味な雰囲気がもったいない。


 そんな俺を、世良はジトッとした目で睨み、こそこそと何を話していたのかと、しつこく問い詰めてくる。


 なんとなく恥ずかしかったので適当にはぐらかしたが、世良の訝るような目は変わらなかった。


 とりあえず、近くの喫茶店に入った所で、世良は諦めたようだが。



「そ、それでは、ほ、本題に、入ります、けど、え、えと、御子柴さん、は、奈那ちゃんの、ど、どんなことを、思い出したん、ですか?」


 飲み物を頼んで、全員分の飲み物が配られたのを確認し、黒内先輩がそう切り出した。


 年上としての責任を感じているようだ。

 それと、奈那先輩と最も付き合いが長いというのも、意識しているのかもしれない。


 とりあえず、このまま進行は黒内先輩に任せようか。あまり得意そうには見えないけど。


 すでにこっちに、何かあったら助けてくださいよ、みたいな目を向けてるし。


 司も気付いているようで、苦笑いしながら説明を始めた。


「最初から話しますと、と言っても、本当に突然なのでそんなに話はないんですが、今日、街に来ていたら、突然、奈那先輩との会話がフラッシュバックした、みたいな感じですね」


 これはさっき聞いた話と同じだ。

 連絡の時も聞いていたし、再確認みたいなものだろう。


「え、えと、そ、そうですか」


 沈黙。


 しばらくの沈黙。


 中々話を続けようとしない黒内先輩の方を見ると、何を話せばいいのかわからなくなっているようで、見るからにオロオロとして、こちらに視線を向けていた。


 案の定、だな。


「ちなみに、どんな会話だった?」

「あ、そ、そうですね。ど、どんな会話でしたか?」


 まるでおうむ返しのように、黒内先輩が続ける。まあ、いいけど。


「他愛ない会話だよ。奈那先輩が一樹をからかってた」

「どんな風にからかわれてたんだよ」

「下着の趣味を聞かれてたな」

「どんな辱しめだよ」


 いやでも、確かにそんなことを聞かれた覚えはある。

 しつこく聞いてきて、結局、俺が選んだ下着を奈那先輩が買ったんだ。


「あー、あったわね。確か、あんた、黒い下着が良いって言ってたわよね」

「うっ。覚えてるのかよ」


 黒内先輩も思い出しているようで、顔を赤くしている。


「そ、そんなことより、ここの全員がそれを覚えてるってことは、全員がいる時の記憶ってことだよな」


 早々に話を切り替える。

 これ以上この話を続けても、俺にとって何の得もないからな。


「そうだな。確か、まず4人がいて、そこに俺が鉢合わせた感じだったと思う」


 司の援護射撃もあって、俺の話題は逸れてくれた。こういう時は、同じ男として頼りになる。


「こいつが変態なのは元からだからね」

「……まあ、そうかもね」


 司の追い討ちに、世良が頷く。


 前言撤回。こいつはそういう奴だった。


 それはともかく、話は本題に戻る。


「全員が揃ってて、つまり、どういうこと?」

「それは、まだわからない」


 奈那先輩を含めた5人での記憶は、別にそれに限ったものではない。


 それこそ、海に行った時も5人だったのだから、5人の時の記憶を思い出すという訳ではなさそうだ。


 それに、その場合、先に俺たちだけが思い出していた理由も説明できない。


「そ、それなら、他の、要因がある。ということ、でしょうか?」

「そういうことになりますね」


 今回、司が思い出した原因。


 状況を整理すると、司は今日、買いたい物があって、1人で、朝から買い物に来ていた。


 デパートに来ていて、しばらくすると、突然、奈那先輩のことを思い出した。


 さて、この中で、俺たちの時との違い。もしくは、同じ状況は何だろうか。


 それがわかれば、奈那先輩のことを思い出す条件がわかるかもしれない。


 関係するとすれば、時間、場所、人数、ぐらいだろうか。


 俺たちが思い出したのは昼間。

 俺や黒内先輩は1人の時だが、世良は俺と2人の時だった。

 場所は学校。黒内先輩は、自分の家だったらしい。


「あまり、共通点はなさそうね」

「そうだな。かといって、これだっていう違いもないし」


 となると、思い出す状況が条件になるのだろうか。


「司が思い出したのは、デパートの中だよな?」

「ああ。そうだ」

「ちなみに、何しに来たんだ?」

「普通に漫画を買いに来たんだよ。今日が発売日だったからな」


 特別な目的があった訳でもない訳か。

 まあ、それは俺たちも同じだったけど。


 しかし、不意に司が、あっ、と声を出した。


「そういえば、奈那先輩と初めて会った時も同じ漫画を買いに来てた気がするな」

「同じ漫画?」


 それがどうしたんだ。

 と聞こうとして、俺も気付いた。


「そうか。今日は、そういう日だったか」

「え? どういうこと?」


 世良は理解できていないようだ。黒内先輩も。


 俺は司と顔を合わせて同時に頷いた。


「つまり、今日は司と奈那先輩が初めて会った日なんだよ」


 その説明で、2人も俺たちが考えていることを理解したようだった。


「そ、そう、でしたね。御子柴さんと奈那ちゃんは、私たちの、記憶の中、では、今日、出会っていました」


「そうよ。そういえば、一樹も奈那先輩のことを思い出したのは、奈那先輩と初めて会った日だったわよね」


 そう。俺が奈那先輩を思い出したのは、俺が奈那先輩と出会った日。というよりも、その瞬間だった。


 そして、世良もその時点では奈那先輩と知り合っていて、俺の話ですぐに奈那先輩を思い出している。


 黒内先輩は当然ながら、奈那先輩と子供の頃に出会っているし、司は今日、恐らく出会った瞬間に奈那先輩のことを思い出している。


 突然だったのは、俺たちから奈那先輩の話を聞いていたからだろう。


「じゃあ、御子柴くんだけが奈那先輩を思い出してなかったのは、まだ早かったからってこと?」

「多分、そういうことだ」


 つまり、奈那先輩を思い出す条件は、奈那先輩と出会った日付以降ということ。


 例えば、今日の司のように。


「実際、奈那先輩との記憶は時間が経てば経つ程、思い出していったしな」

「なるほど。実際に起きた時期に近づけば思い出しやすくなるってことね」


 世良は一定の理解を示す。

 が、すぐに眉間にシワを寄せた。


「でも、私は、奈那先輩と出会ってたのに、一樹に言われるまで思い出せなかったわよ?」

「それなんだよな」


 誰かに何かを言われずに奈那先輩のことを思い出したのは、俺と黒内先輩だけだ。


 司は先に言ってしまってるので、なんとも言えないが、少なくとも世良は、俺に奈那先輩の話をされるまでは特に気付いていなかった。


 つまり、思い出す時期としては、恐らく間違いないだろうが、思い出すための条件は他にもまだありそうだということだ。


「た、多分、それ、は、奈那ちゃんとの、関係性によるものだと、お、思います」


 しかし、悩んでいる俺たちをよそに、黒内先輩は言う。


「関係性、ですか? でも、私もそれなりに……」


 黒内先輩の推理に、世良は納得がいかないようだった。


 世良と奈那先輩は、俺よりも付き合いが長くて、実際、俺の記憶の中でも、2人はかなり仲が良かったと思う。


 しかし、黒内先輩は首を横に振った。


「な、仲が良いか、とか、ではなく、た、多分、奈那ちゃんと、龍神様の繋がりを、知ってるか、どうか、だと、思います」


 その話に俺たちは首を傾げる。


「龍神様についてなら、俺も希沙羅さんも知ってるはずですけど」


 司の言う通りだ。

 確かに、思い出す条件として、奈那先輩と出会っていて、龍神様のことを知っていること。

 ということは考えられる。


 俺たちの共通点はそれだし。

 だが、その共通点は俺と黒内先輩だけの共通点ではない。


 しかし、黒内先輩にはしっかりとした推測があるらしい。


「じ、重要なのは、り、龍神様のこと、ではなくて、奈那ちゃんが、龍神様に、何をお願いしたのか、です」


 奈那先輩が龍神様に何を願ったか。

 それは、確かに世良も司も知らない。


「でも、それは俺も同じですけど」

「いいえ。こ、後輩くんさんも、絶対に、奈那ちゃんから聞いてるはずです。私も聞いてる、はず。ただ、忘れてるだけで」

「どうしてそんなことが言えるんですか?」

「こ、後輩くんさん、は、奈那ちゃんが、泣いているのを、見たことが、あるん、ですよね?」

「え? あー、はい」


 俺が思い出せる最後の奈那先輩の顔は、泣き顔だった。

 だから、少なくともその1回は奈那先輩の泣いた姿を見たことがあるはずだ。


 その答えに、黒内先輩が羨ましそうに目を細めた。


「わ、私は、奈那ちゃんが、泣いた所を、見たことが、ありません。奈那ちゃんは、他人に、そんな姿を、見せようと、しないんです」


 それは、幼馴染みでも見せてくれなかったことに対する嘆きなのか。悔しさなのか。

 俺にはわからなかったが、黒内先輩の顔は少し落ち込んでいるように見えた。


「でも、後輩くんさんには、そんな姿を見せた。そんな、弱った部分を、見せる、こと、ができる相手に、奈那ちゃんが、こんな大事なことを、言わない訳が、ありません」

「でも、俺は奈那先輩に、フラれて……」

「そ、それは、後輩くんさんの、夢の中の、話でしょう?」

「それは……」


 夢の中の話。確かにその通りだ。

 しかも、その中で奈那先輩が言っていた話は、結局、かなり違っていたし。


「ゆ、夢、というのは、人の記憶を、整理するため、と、聞いたことが、あります。でも、後輩くんさんは、すべての記憶を、思い出してない、でしょう?」

「はい」


「だから、多分、何かを、か、勘違いしてるんです。もしくは、足りない、のかも。奈那ちゃんの、説明が、ぜんぜん違ったのも、同じ、理由、だと思います」


 黒内先輩の推測は、確かにすんなり納得のいくものだった。


 奈那先輩も言っていた。

 あれは夢の中で、俺が体験したことか、俺が望んでることしか見えないはずって。


 なら、俺は中途半端に思い出した内容で、思い出していない部分を、辻褄を合わせるように、勝手に補完してしまっていたのかもしれない。


「ど、どちらにしても、恐らく、後輩くんさんは、奈那ちゃんから、龍神様に、何を願ったのかを聞いてるんです。だ、だから、自分で思い出せた、という、こと、だと、思います」


 黒内先輩の話に、世良は少し唸ってから、とりあえず納得したようだった。


「私たちの中でも差があるのはそれで説明できますけど、その願い事については覚えてないんですよね?」

「はい」

「一樹も?」

「そう、だな」


 何か大切なことを聞かされたという記憶はある。しかし、それは、てっきり、龍神様の存在についてぐらいだと思っていたんだが。


「まあ、でも、予測はつくな。奈那先輩は、子供の頃に病気を治してほしいって願った。それで、1度は助かった」


 再確認のためだろう、司は説明口調で話を進めていく。


「のはずなのに、何故か、それがなかったことにされている。それが今の状況だ。正直、奈那先輩が何を願ったかは、いなくなった原因に関係する話じゃないような気がするけど」


 ああ、そうだ、忘れていた。

 俺と世良は昨日思い出したことを、司たちにまだ話していないことを思い出した。


「そのことで、みんなに聞いてもらいたい話がある」

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