第23話
「なるほど。それは、考えられなくもないか」
一通りの説明を終えて、司は難しそうな顔で椅子に深く背をもたれた。
「そんな。な、奈那ちゃん、が?」
黒内先輩もかなりショックを受けている。それこそ、昨日の世良よりも遥かに。
どこまでも青ざめて、うつ向いて、もはや泣きそうになっている。
「まだそうと決まった訳じゃないですけど、その可能性も捨てきれないってだけの話で」
そう言っても、黒内先輩の耳には届いていない。
予想はしていたが、一番ショックが大きいのは、やっぱり黒内先輩だったか。
「黒内先輩。落ち着いてください」
世良が黒内先輩の背中をさする。
それでやっと、黒内先輩が顔を上げた。
世良の心配そうな顔を見て、黒内先輩は少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
「そ、そうですよね。まだ、そう決まった、訳じゃない、ですよね。な、奈那ちゃんが、誰かに嫌われるなんて、そ、そんなこと、ある訳、ないです、よね」
そう言う黒内先輩だが、その顔は青ざめたままで、無理をしているのは明らかだった。
「なあ。実際には、どのくらいの確率だと思ってるんだ?」
黒内先輩を気にしてか、司は俺だけに聞こえるような声量で尋ねてくる。
チラッと見たが、今は世良が黒内先輩を落ち着かせているので、2人に俺たちの話は聞こえていないだろう。
俺も念のため同じように小声で司に答えた。
「ほぼ、確実にそうだと思ってる」
恨まれている。嫌われている。云々はともかくとして、奈那先輩が消えてしまった理由を合理的に説明できる原因はそれくらいしか思い付かない。
俺たちの記憶に間違いがあるという可能性もあるが、もしそうなら、正直お手上げだ。
もう推理するための取っ掛かりがない。
それに、人が1人、記憶ごと消えるなんて超常的なこと、同じく超常的な存在でなければできるはずもない。
龍神様が関わっていると考えるのは、むしろ自然と言える。
「そう、だよな。でも、どうする?」
司も察しているのだろう。顔を曇らせて横目で黒内先輩の方を見た。
確かに、ここまでショックを受けている黒内先輩に、この路線でさらに話を進めよう。と言うのもあまりにも酷だろう。
重苦しい空気が辺りに立ち込めていて息苦しい。
「ま、まあ、でも、これで少しだけ希望は見えた」
そんな空気を打ち消すために、俺は努めて明るい声を出す。
本来、こういうことをするのは俺のキャラじゃないんだが。
それでも、この空気を作ったの俺だし、このまま暗く落ち込んでいても進まない。
「さっき言ったみたいに、奈那先輩との記憶は、実際に起きた時期に近づけば思い出しやすくなる。ということは、奈那先輩がいなくなった日のことも、近くなれば思い出せるかもしれないってことだ」
俺は奈那先輩の最後の姿をおぼろげにしか思い出せていない。しかも、肝心な部分にいたっては恐らく何も思い出せていない。
他の3人も同じだ。
奈那先輩がいなくなった時の具体的な記憶は全く残っていない。
しかし、これまでの傾向から、奈那先輩がいなくなった日、時間に近付けば近付く程、そのことを思い出せる可能性は高くなる。
と思う。
そうすれば、そこから解決の糸口が掴めるかもしれない。
制限時間がある訳でもないだろうし、それを待つのも1つの策だろう。
「確かにそうね。というより、それが1番は現実的かもしれないわ」
「そうだな。少しずつだけど、確実に答えに近付いてる気もするし」
世良と司も同意見のようだ。
黒内先輩も頷いている。
「よし。そうと決まれば、当面の方針は、奈那先輩との記憶を思い出せるだけ思い出すことってことでいいか?」
「意義なし」
「いいわ」
「り、了解、です」
奈那先輩が消えた理由さえわかれば、それこそ龍神様にお願いすれば叶えてもらえるかもしれない。
そして、それは時間が解決してくれるかもしれない。
その認識が、俺たちの中で共有され、少しだけだが、みんなの顔に安堵が生まれた。
今までのように、奈那先輩の見えない面影を追うのではなく、しっかりと方針が定まったのが大きいんだろう。
そして、俺はさらに話を進めた。
「そのために、もう1つ、やっておきたいことがある」
俺はついさっき思い付いたことをみんなに説明する。
◇◇◇◇◇◇
「うおお、お、つ、疲れた」
「だらしないわね。あんたは」
プルプルと震える足を押さえて、俺はその場に座り込んだ。
その横にある大きめの石に世良が腰かける。
言うだけあって、世良はまだまだ余裕そうだ。
俺たちは今、龍神様を祀る神社の井戸の前にいた。
というのも、俺たちはこの井戸の水を満杯にするために、交代で水汲みをしているのだ。
奈那先輩も言っていたが、もしもの時のために、というやつだ。
今の所、具体的に何か願いを叶えてもらおうと思ってる訳じゃない。
だが、保険としては、これ程力強いものもないだろう。
いざという時、何でも願いを叶えてくれる存在があるというのは。
ただ、元々、4人でやっても、1日、2日でできるとは思ってなかったので、交代制で数日にかけてやる計画を立てたのだが、先の遠さに目眩がする。
今日で5日目だが、水はまだ見えない。
石を投げ入れると、辛うじて水音が聞こえるので、確実に増えてきてはいると思うのだが。
「これを1人でやってたっていうんだから、奈那先輩には頭が上がらないわね」
あの階段を水を汲んで往復するのは大変だろう、と思ってはいたが、実際にやってみると、想像の何倍もきつかった。
しかも、人気がないとは言え、こんな辺鄙な場所に、バケツを持って何往復もしていれば、流石に怪しまれるだろうし、人の目を気にしながら作業をしているので、なおさら疲れる。
「まあ、今日はこれぐらいにして、また今度にしましょ」
「そうしよう」
世良は全然疲れていないように見えるが、これでもすでに5往復はしてる。
しかも、下りはまたあの階段を下りていかないといけないのだ。
ここら辺でやめておくのがちょうど良い。
俺は神社の境内にある比較的綺麗な縁側に寝転がった。帰りのために少しでも体力を回復しなければ。
「本当に軟弱」
「いや、明らかにお前の体力の方がおかしい」
世良は涼しい顔で俺の横に座る。
そして、何を言う訳でもなく、鳥居の方を見ていた。
特に話すこともないので、俺も同じように鳥居の方を見る。
すると、鳥居の方から心地よい風が流れてきて、汗ばんだ額を優しく冷やしてくれた。
すごく心地よい。
「ふわぁ」
「何か思い出した?」
このまま寝てもいいんじゃないかと、欠伸をしている所に、世良の問いかけが聞こえてきた。
世良はこちらを見ない。
特に何か答えを期待している訳ではなさそうだ。
「いや、何も」
「そう」
「お前は?」
「私も同じ」
会話が途切れる。
ここ数日、俺たちは奈那先輩との記憶を思い出そうと色々会話をしていたが、特にこれといって目ぼしい記憶は思い出せなかった。
「ねえ」
「ん?」
今度はこちらを向いて、世良がまた尋ねてくる。
「あんたは、奈那先輩の何処が好きになったの?」
「ぶっふぅ!」
まさかの質問に、俺は思わず吹き出してしまった。
「きったないわねぁ。いきなり何よ?」
「お、お前こそ、いきなり何て質問するんだよ!」
「はぁ? 別にそんな変な質問はしてないでしょ」
「いや、でも、それは……」
奈那先輩にフラれたと知ってるくせにそんな質問をしてくるって、どんだけ鬼畜だよ。
しかし、世良は茶化しているような気配はなく、純粋に不思議に思っているように見えた。
「もちろん、奈那先輩はすっごい美少女だし、学校でも人気者で、頭も良いし、運動もできて、非の打ち所のない完璧な人で、誰でも好きになっちゃいそうな人だけど」
ほとんど理由言ってんじゃん。
「でも、あんたが奈那先輩を好きになったのって、それが理由?」
「……うーん」
世良の言葉に、俺は疑問を覚える。
奈那先輩を好きになった理由。
確かに、最初に出会った時から目が離せなくて、すごい美少女だと思った。
それだけで理由としては十分な気もするが、それだけなのかと言われると、決して違うと言いたい。
少なくとも、仲良くなりたいと思ったきっかけはそれだったと思う。
だが、告白までしてしまったあの気持ちは、それだけじゃなかった。
そう、付き合いたいと思い始めたのは。
「多分、あのデートの時だな」
「それ、詳しく聞かせなさい」
世良が前のめりに問い詰めてくる。
「い、いきなり、どうしたんだよ?」
別に奈那先輩と遊んでいるのは、世良だって知らなかった訳じゃない。
少なくとも、3人で遊ぶこともあったし、世良が急用で来れなくて、2人で遊んでいたことも何度かあった。
だというのに、世良はまるで焦っているかのように、顔を間近まで寄せてくる。
「それは、今後の参考のというか、と、とにかく! 早く話なさいよ!」
世良は顔を赤くして怒るように言う。
これ以上、何か言っても、さらに怒らせるだけだろうし、気にしても仕方がないか。
世良の顔には、もう待てないって書いてあるし。
「まあ、別に大した話じゃないんだけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます