第24話

「後輩くんは、あまり服に興味がないみたいだね」

「え? そうですか?」


 街で歩いていると、奈那先輩が唐突にそんなことを言ってきた。


 言われて俺は、改めて自分の服を見る。


 今日の俺は黒のTシャツにジーンズ。

 特別おしゃれという程でもないが、それなりに無難な服装のはず。


 対して奈那先輩は、いつものように青いパーカーに青い帽子で、青黒く光る髪が映えて見える。


 そして、まるでトレードマークのような超がつくようなショートパンツ。

 モデル並みの着こなしだ。


 確かにこの差は天と地程に離れている。


「まあ、奈那先輩から見れば、そういう風に見えるかもしれませんね」


 というより、奈那先輩に言われれば、誰であろうと反論できない気がする。

 例え芸能人だろうと、奈那先輩には敵わないだろう。


 いつも同じような服装をしている気はするけど。まあ、似合ってるのだからどうでも良いことか。


「うーん。そういうことじゃないんだけどね。ああ、そうだ、じゃあ、こうしようか」


 ◇◇◇◇◇◇


 奈那先輩に連れられてやって来たのは、若者に人気の店が集まるショッピングモール。

 俺はあんまり来ないが、司や世良はよく来ると言っていた気がする。


「ここはセンスの良い店が多いからね。私もよく買い物に来るんだよ」

「へー、そうなんですか」


 人気、と言うだけあって、確かに人の数は多い。それも、ほとんどが俺たちと同じくらいの年代だ。


「まあ、後輩くんは、こういう所に興味なさそうだよね」

「うっ」


 見透かされ、少し恥ずかしくなる。


 そんな俺を嘲笑うように目を細め、奈那先輩が俺の手を引く。


「さて、せっかくのデートだよ。少しは私に見合う男になってよね」

「え? えぇ?」


 奈那先輩に見合うって、難易度高すぎるだろ。

 何て考える暇もなく、あれよあれよと俺は店の中に連れていかれた。


 店に入った途端、全員の視線がこちらに集まる。


 そりゃあ、こんな美少女がいきなり店に入ってきたら、驚くのも無理はない。

 さっきから、歩いてる時もこっちを見てる人は多かったし。


 しかし、当の本人はそんなことなどお構いなしで、どんどん中に入っていく。


「ほら、後輩くんも、そんな所で立ってたら、他の人の邪魔になっちゃうよ」

「あ、はい」


 仕方なく、俺も店の中に入る。


 こそこそと、話し声が聞こえてくる。


 やれ、あれは彼氏なのか、だの。

 やれ、釣り合ってない、だの。

 やれ、爆発してしまえ、だの。


 まあ、言いたい気持ちはわかる。

 俺が逆の立場なら、少なからずそう思ってたかもしれないしな。


「これなんかどうかな?」


 奈那先輩が早速持ってきたのは、青いパーカーだった。


「先輩は、本当に青が好きなんですね」

「ん? うーん。そうなのかな」

「いや、絶対そうですよ」


 これだけ青いものを身にまとっていて、好きじゃないなんてあり得ないだろ。


 だというのに、微妙に納得してなさそうな顔なのが驚きだ。


「まあ、そうなのかもね。それで、後輩くん的にはどうかな?」


 なんとなく話を流されたような気もするが、とりあえず奈那先輩が持ってきてくれた服を手に鏡の前に立つ。


「私的には、良い感じだけど、君の好みもあるだろうからね」

「これは……」


 俺は言葉を詰まらせた。


 確かに良いセンスだと思う。


 普段の雰囲気を壊さずに、いつもとは違う雰囲気を醸し出している。

 奇抜さはないが、卓越されたセンスを感じる。そんな感じだ。


 しかし、すぐに感想を言えなかった理由は他にある。


 というのも、俺の横には奈那先輩が立っている訳だが、奈那先輩は俺と同じ青いパーカーを着ていた。


 デザインは違うが、遠目からは同じような服を着ているように見えるだろう。


 しかも、奈那先輩は私服で青いパーカーを着る可能性がかなり高い。


 そうなると、これから俺はこの服を着る度に、奈那先輩とペアルックのような服装になってしまうということだ。


 それはまずい。

 非常にまずい。


 何がまずいって、すでにこの光景を横目で見ている周りの男性客から殺気の視線をひしひしと感じている訳で。


 こんな殺気の中でもし夜道でも歩いたら、命がいくらあっても足りない気がする。


「えーっと」

「気に、いらなかった、かな」


 そんなことを考えて答えあぐねていると、奈那先輩から弱々しい声が漏れてきた。

 心なしか泣きそうな表情をしているようにも見える。


 普段の余裕綽々な奈那先輩から想像もできない様子に俺は慌てて口を開いた。


「いやいやいやいや! す、すごくかっこいいです!」

「だよね。じゃあ、これで決まりだね」

「へ?」


 さっきまでの切なそうな顔は何処へやら、奈那先輩はまるで悪戯に成功した子供のように笑っている。


 これはもしや、

「嘘泣き、ですか?」


「ふふ、私は泣いてないよ。幻覚でも見たんじゃないかな」


 なんて言ってる奈那先輩だが、その顔を見れば確信犯であることは間違いない。


 とは言え、奈那先輩に口で勝てるはずないし、潔く受け入れるしかないか。

 似合っていたのは事実だし。


 奈那先輩には悪いけど、保管用として家に置いておこう。

 奈那先輩が選んでくれた服ということなら、それだけでも十分有り難みはあるはずだ。


 なんてことを考えていると、奈那先輩はにっこりと笑って店員を呼び止めた。


「すみません。これ、着て帰りたいんですけど」

「あ、はい。わかりました」


「ちょっ! 奈那先輩!」


 俺の制止は間に合わず、店員さんは手際よく値札を外していく。

 気付いた時にはすでに準備が終わっていて、後は料金を払うだけという状況になっていた。


 ここまでされて、今さら着ません。なんて言えるはずもなく、

「ははは、えーっと、ありがとうございます」


 そのパーカーを受け取って、店員にお金を払うことしかできなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


「さて、次は何処に行こうか?」


 奈那先輩は、満足げな顔で振り向く。


「あれ? 元気なさそうだけど、どうしたの?」


 悪魔め。

 奈那先輩の笑みが、まるで悪魔の笑みのように見える。


 やはり2人で並んで立てば、ほとんどペアルックにしか見えない。

 横を通りすぎる人たち、主に男たちから舌打ちが聞こえてくる。


「もういいですよ。諦めました」

「ふふ。そう? それはよかった」


 何がよかったのか。

 怖くてそれは聞けなかった。


「とりあえず、歩こうか。ここで立ち止まってても邪魔になるからね」

「そうですね」


 できるなら、人通りの少ない所に行きたい。

 あまり人目のない所。


 じゃないと本気で誰かに刺されそうだ。

 それ程の殺気が俺の背中に集まっている。


 ような気がする。


「そんなに怯えなくても、後輩くんが危険な目に遭ったら、私が助けてあげるよ」


 奈那先輩は、余裕の笑みで言う。


 いや、確かに奈那先輩なら、例え男相手でも勝てそうな雰囲気あるけど。


 あるけども。


 流石にそれは男としてプライドが傷付く。


「流石にそれは大丈夫ですよ」

「ふふ。そう?」

「そうですよ。なんなら、むしろ俺が奈那先輩を守ってみせますよ」


 悔しくて、何も考えず、ただ対抗するように言う。


 あまり現実的な話ではないけど。

 なんて、心の中で自嘲していると、隣を歩いているはずの奈那先輩の姿がないことに気付いた。


 少し後ろを見ると、奈那先輩は驚いた表情をして立ち止まっていた。


「え? ど、どうかしたんですか?」

「ああ、いや、少し驚いちゃって」


 奈那先輩は目を見開いて俺のことをまじまじと見つめている。

 やがて、含みのある笑いを浮かべると、ずいっと顔を間近まで寄せてきた。


 一瞬、キスされるんじゃないかと思った俺は、少しだけのけぞってしまった。


「ふふ。こんなので驚いちゃうのに、本当に私を守れるの?」

「へ? そ、そりゃあ、も、もも、もちろん」


 奈那先輩の綺麗な顔が、息がかかる程の近くにある。

 それだけで心臓が高鳴った。


 心臓の音がうるさい。

 

 青く透き通った奈那先輩の瞳。

 ここまで近くに来て初めて気付く程度の青。


 でも、それはどこまでも深い青で、俺はその瞳に吸い込まれそうになる。


「奈那せ……」

「じゃあ、約束だよ」


 言いながら、奈那先輩が離れる。

 そのことに落胆しつつ、俺は聞き返す。


「約束、ですか?」

「そう。約束。より、契約、の方が今の私には合ってるかも」

「契約って」


 あえて業務的なことを言う奈那先輩に呆れていると、奈那先輩は首からかけている青いペンダントを俺に差し出した。


「はい。契約の証」

「は、はぁ」


 奈那先輩の身に付けてたペンダント。

 それをもらった。


 嬉しすぎる。


 俺、今日死ぬのかな。


 なんてアホな事を考えている俺に、奈那先輩がいたずらっぽく笑う。


「君が私のせいで危険な目に遭ったら、私が助けてあげる。その代わり、私が危険な目に遭ったら、助けてくれるかな?」

「もちろんいいです。けど、俺を助けてくれるのは、条件付きなんですか?」


 今の言い方だと、奈那先輩の時は、どんな状況でも助けに行くということになるのに、俺の場合は、奈那先輩が関係している時だけのように聞こえる。


「不満かな?」


 その認識で合ってるみたいだ。


「いや、別にそういう訳じゃないですけど」


 元々、助けてもらおうなんて思ってないし。


「ふふ。それは頼もしいね」

「くっ。心にもないことを」


 そう言って笑う奈那先輩の表情は心なしか切なげで、これっぽっちも期待なんてしていない。そんな顔だった。


 その顔がどうしようもなく悔しくて、俺はその日から必死で体を鍛えることにしたのだった。

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