第17話
土曜日。
行く気なんて更々ないが、世良が指定した日になった。
俺の家から歩けば5分で着く。
だけど、俺は今、1人で街を歩いていた。
特に用がある訳じゃない。
何かを買いに来た訳じゃない。
ただなんとなく、家から離れたかっただけだ。
しかし、用もなく歩くには、この辺りは何も無さすぎる。
もちろん、遊ぶ場所は何ヵ所かあるが、1人で遊ぶのも如何なものかといった感じだ。
カラオケも、ボーリングも、1人でやるには味気ないし、1人でもやりたいって程、好きな訳でもない。
結局、街をブラブラ歩くだけだが、本当にただ歩くだけだと、時間もそんなにかからずに、元の場所まで戻ってきてしまう。
なら、何処かに入ろうかと思っても、入った所で、何をする訳でもなく、やっぱりすぐに出てきてしまう。
映画は面白いものもやってないし、適当に見るのはお金がもったいない。
いっそのこと、漫画喫茶にでも行こうかと思ったが、そんなに長居できる程の持ち合わせもない。
まさかここまで1人で街を歩くのが難しいとは。
「あ! こ、後輩くん、さん?」
「黒内先輩?」
そんな時、偶然にも現れたのが黒内先輩だった。
黒内先輩は、白いワンピースに、白い目深な帽子を被っていて、髪はいつものように目を隠している。
服装の雰囲気と見た目の雰囲気がここまでちぐはぐな人も珍しいな。
しかし、スタイルは抜群で、どうあがいてもそのスタイルに目が行ってしまう。
特に、いや、何でもない。
「あ、あの、ふ、服に、な、何か、ついてます、か?」
「ぶふっ! い、いえ、何でもないです!」
ガン見してるのに気付かれていた。
黒内先輩の反応を見る限り、何処を重点的に見ていたかは、ばれていないようだが。
いや、ばれてるかも。
さりげなく、猫背になって胸の辺りを隠している気がする。
「そ、それより、黒内先輩は買い物ですか?」
「あ、えっと、そ、そんな、所、です」
このまま無言だとまずいと思った俺は、当たり障りのない話をする。
黒内先輩は、それに気付いた様子はなく、遠慮がちに答えてくれた。
手には大量の本。
本屋にでも行っていたのだろう。
「こ、後輩くんさんも、か、買い物、ですか?」
「いや、俺は、ブラブラしてただけです」
「そ、そうですか」
また会話が止まる。
元々、黒内先輩はよく喋るという人ではないから仕方がないんだが、どうしても会話が弾まない。
黒内先輩も何を話していいのかわからないようで、モジモジと手持ち無沙汰といった様子だ。
このまま無理に話している必要もないだろうと思った俺は、挨拶だけして、その場を離れようとしたのだが、黒内先輩はそれよりも先に口を開いた。
「そ、それでは、つ、付き合って、もらえませんか?」
「……え?」
◇◇◇◇◇◇
当然、付き合うっていうのは、買い物に付き合うって意味で、お付き合いをするという意味ではなかった。
いや、まあ、あんな所でいきなり告白をされても困るんだが。
「あ、ありがとう、ございます。た、助かり、まし、た」
「いえ、大したことしてないんで」
黒内先輩は、さらに何冊かの本を買っていた。
なんでも、黒内先輩の欲しかった本が、微妙に手の届かない高さに置いてあり、店員さんに声をかける勇気もなくて困っていたのだとか。
そこで、偶然鉢合わせた俺に助けを求めてきたという訳だ。
黒内先輩の買った本は、オカルト関係の本で、正直、胡散臭い本ばかりだった。
まあ、こういう本もたまに読んでみたら面白いし、そもそも黒内先輩はこういうの好きそうだしな。
それにしても大量の本だ。
こんなに買って、本当に読みきれるのだろうか。
他人事ながらそんなことを思いながら本を眺めていると、いつの間にか黒内先輩がこちらをキラキラとした目で見ていた。
「ふひ、ふひひ。も、もしかして、こ、後輩くんさんも、こういう話に、き、興味があるん、ですか?」
「あ、いや、別にそういう訳じゃ」
「あ、う。そ、そう、ですか」
黒内先輩は目に見えて落ち込んでしまった。
それはもう、申し訳ない程に。
「あ、えと、や、やっぱり、少し興味あるかもしれないです」
そう言うと、黒内先輩の目は輝きを取り戻した。
「ふひ、ふひ、ひ。や、やっぱり、そ、そうですか。こ、こういう、話は、だ、誰でも、興味、ありますよね」
道行く人も避けて通るレベルの不気味な笑みを浮かべて、黒内先輩は先を行く。
黒内先輩のことを知っている俺からしたら、まあ、いつも通りの先輩だなって感じだが、知らない人が見たら、確かに少し怖いかもしれないな。
近くで見ないと、前髪で目も見えないから、それが余計に不気味な印象を与えていると思う。
だが。
「わ、私は、も、もう少しだけ、龍神様について、調べてみようかな、と、お、思います」
あの時、4人で海に行ったあの時。
黒内先輩は、オドオドしながらも、はっきりとそう言っていた。
その時の黒内先輩の目には、全く迷いがなかった。
黒内先輩があんな目をするなんて、少し、いや、かなり意外だ。
黒内先輩は、奈那先輩と幼馴染み。
一緒に高校まで通っていたはずの幼馴染みが、突然死んでいたと言われれば、信じられないという気持ちも強いだろう。
それがあの時の強い眼差しに表れていた。
そういうことに違いない。
俺なんかとは正反対だな。
こうして、黒内先輩と街を歩いていても、ふとしか瞬間に、奈那先輩との記憶が思い浮かぶ。
女々しいと、自分でもわかっているが、それでも、どうしても奈那先輩の痕跡を目で追ってしまう。
目立つ青いパーカーで、青い帽子で、綺麗な足を惜しげもなく披露して、そんな奈那先輩が俺の隣にいた。
買い物をした。
奈那先輩は青いものが好きみたいで、服だけでなく、アクセサリーも青いもので統一されていた。
何かの記念に、俺は奈那先輩に青いペンダントをプレゼントした。
何の記念なのかは、思い出せないけど。
奈那先輩と映画を見た。
奈那先輩は洋画が好きで、本当は字幕もなしにそのままの洋画を見たいのだとか。
日本でそれは、中々難しいと思うが。
奈那先輩とカラオケに行った。
奈那先輩の歌声は、とても綺麗で、歌手になれるんじゃないかと思った程だ。
こうして思い出してみると、俺は奈那先輩と、結構遊んでいたらしい。
フラれる前は、こんなにも、一緒に遊んでいたのか。
まあ、今さら過ぎる話だけど。
今さら、こんなことを考えても無駄だし、虚しくなるだけだ。
俺は深く考えてしまいそうになるのを無理矢理やめて、黒内先輩の買い物に付き合った。
そうこうしている内に、黒内先輩の欲しかった本は、とりあえず全部手に入ったようで、俺たちはこれで帰ることになった。
黒内先輩の家と俺の家は正反対にあるようで、帰りのバスで別れることになる。
黒内先輩は、重そうにしていたが、なんとか大丈夫そうだ。
「それじゃ、失礼します」
バスまで送って、俺も自分の家に行くバス停に向かおうとした。
しかし、そんな俺を、黒内先輩の声が引き留める。
「あ、あの、後輩くんさんは、本当に、な、奈那ちゃんに、会いたく、ないん、です、か?」
少しずつ小さくなっていく声。
聞いてはまずいこととでも思ったのだろうか。それとも、俺の顔がそれだけ険しくなったのだろうか。
どちらにしても、黒内先輩は俺の様子にビクビクとしているようだった。
しかし、黒内先輩のそんな小さな声も、俺の耳にははっきりと届いた。
それだけ、気にしていること、ということなんだろう。
それは、認める。
だが。
「会いたくないっていうより、奈那先輩が言ってたみたいに……」
「な、奈那ちゃんの、せいに、し、しないでください!」
「え?」
俺の言葉を遮って、黒内先輩が叫ぶ、
黒内先輩は、ビクビクとしながらも、俺を睨んでいた。
怯えていながらも、その目はしっかりと俺の方に向いている。
精一杯の顔で、俺を睨んでいた。
「こ、後輩くん、さんが、奈那ちゃんに、あ、会いたくない、と、言うのは、じ、自由です」
自信なさげな口調。
なのに、その声には力が込もっていた。
「で、でも、そ、それを、奈那ちゃんの、せいには、してほしくない、です」
奈那先輩のせい。
その言葉に、俺は何も言い返せなかった。
俺は、奈那先輩に会いたくない理由を、奈那先輩も会いたくないだろうから。と、勝手に決めつけていたのかもしれない。
奈那先輩は助けてもらおうなんて思っていない。だから、助けに行くことはできない。
奈那先輩はもう縁がないと言っていた。だから、もう会えない。
奈那先輩は、これが本来の姿だと言った。だから、これを変える必要はない。
どれも、奈那先輩に言われたから仕方がない。それが根底にある考え方だ。
俺がどうしたいのか、そんな考えは1つもなかった。
「でも、それは、奈那先輩の言ってることが正しいから」
そうだ。反論の余地もないくらい、奈那先輩の言っていることは正しかった。だから従ったんだ。
別に考えなしにそんな結論になった訳じゃない。
だが、黒内先輩は首を振る。
「な、奈那ちゃんが、言っていたことが、た、正しいなんて、証拠は、な、何もないです、よ」
そう言うと、黒内先輩は、手に持っていた。
数冊の本のうち、1冊を目の前に出した。
そこに書かれていたのは、青い龍。
本のタイトルは、古事龍神記。
「この本に、は、願いを叶えてくれる、龍が、出てきます」
パラパラと開いたページには、墨で描かれたと思われる龍の姿があった。
「こ、この、龍は、どんな願いも1つだけ、叶えてくれます。そして、それ、は、100年に、一度だけ、です」
「それって」
「そ、そうです。私が、説明した、龍神様と、似ています、よね?」
黒内先輩は、優しく微笑む。
「な、奈那ちゃんは、わ、私なんかより、ずっと、頭が良いから、多分、龍神様のことなんて、すぐに、調べられちゃうんです。だ、だから、奈那ちゃんが、言っていることの方が、正しいのかも、しれない、です。でも、わ、私だって、自分で、調べないと、信じられません。こ、後輩くんさんは、違うんですか?」
黒内先輩の前髪で隠れていた、その綺麗な瞳がこちらに向く。
その目は、嘘を許さない。強い眼差しだった。
「俺は……」
奈那先輩の言っていたことが間違いだったら?
俺はどうするんだろうか。
「こ、後輩くん、さん。違います。違いますよ。奈那ちゃんが、何を言ったから、では、ありません。あ、あなたが、どう思っているか、です」
「俺が」
奈那先輩を、どう思っているのか。
奈那先輩の顔を思い出す。
頭の中に勝手に浮かぶものではない。
自分で、自分から思い出す、奈那先輩の顔。
奈那先輩の不敵な笑顔。
からかう笑顔。
優しい笑顔。
呆れた顔やムスッとした顔。
俺は色んな奈那先輩の顔を思い出した。
そして、やっぱり最後に思い出したのは、奈那先輩の泣き顔だった。
あの涙の意味を、俺はまだ思い出していない。
泣いているのに、それでも俺を安心させようと笑いかけてくれた、あの奈那先輩のことを、忘れたままで良い訳がない。
「そう、ですね。俺、やっぱり、奈那先輩に、もう一度会いたいです」
考えるまでもないことだった。
たとえフラれていたって、俺はやっぱり奈那先輩に会いたい。
その気持ちに変わりはない。
何のことはない。
俺はただ不貞腐れていたんだ。
フラれたからって、子供みたいに、不貞腐れていただけ。
そんなこと、最初からわかってた。
これではガキだと言われても仕方がない。
世良が苛立っていたのも当然か。
「な、なら、やることは決まってます、よね? き、希沙羅さんから、聞いてます、よ」
奈那先輩に、まだ会いたいって思うなら、土曜日、私の家まで来なさい。
それが、世良の言葉だった。
そして、今日がその土曜日。
時計を見ると、すでに7時を回っていて、周りも暗くなっていた。
「まだ、今日は、終わってません。き、希沙羅さんに、よ、よろしく、伝えておいて、ください」
「はい。ありがとうござきます」
お礼を言うと、黒内先輩はたじたじしていたが、ちょうど到着したバスに乗って、最後は笑顔で帰っていった。
「俺も早く行かないとな」
怒った世良がどんな感じなのか、というのは、誰よりも知っている。
この前の感じだと、行った所ですんなり話が進むとも思えない。
「でも、頑張るしかない、か」
奈那先輩に会いたいという気持ちに嘘はないから。
俺は帰りのバスに勇んで乗り込むのだった。
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