第7話
黒内先輩は、奈那先輩の幼馴染み。
子供の頃からずっと一緒で、黒内先輩の、この、言っちゃ悪いが、少し不気味な雰囲気も気にせず接してくれたらしい。
黒内先輩の話によると。
小学生の頃から、奈那先輩は人気者で、クラスの中でも注目される存在だったようだ。
そんなある日、奈那先輩が病気になってしまったのだとか。
子供には難しい病名だったらしく、何という病気だったかは覚えていないようだが、とりあえず、珍しく、原因不明の重い病気だったらしい。
黒内先輩を含めて、クラスメイトの人たちは何度もお見舞いに行って元気付けるが、奈那先輩が回復することはなかった。
病気になってから1年程で、奈那先輩は帰らぬ人となってしまう。
それが奈那先輩が小学生の時の話。
つまり、俺や世良が奈那先輩と出会うよりも遥か前の話ということになる。
「な、奈那ちゃんは、小学生の時に、亡くなった、ので、今は、も、もう、いないんです」
「で、でも、私たちは、確かに奈那先輩と会ったことが……。それは、何かの間違いってことですか?」
世良が前のめりに尋ねる。
黒内先輩は、勢いに弱いのか、微かにのけ反って、首を振る。
「ご、ごめんなさい。わ、私も、よく、わからないんです」
奈那先輩が生きていて、一緒の高校に通っていたという記憶は、黒内先輩も持っているらしい。
しかし、奈那先輩が、小学生の頃に亡くなったという記憶も混在していて、すべてを理解している訳ではないのだとか。
「ただ、恐らくの原因は、わかって、ます」
「え? それは?」
「お、お二人は龍神様、という伝説を、し、知っています、か?」
俺と世良は顔を見合わせて首を傾げる。
聞いたことない伝説だ。俺だけじゃなく、世良も知らないということは、有名な伝説という訳じゃないのか。
「そ、そうですか。残念、です」
黒内先輩は項垂れる。
だが、気を取り直したように顔を上げて、鞄から1冊の本を取り出した。
「龍神様、というのは、この辺りにいる、神様のような存在、です。時には、人々を導いて、助け、寄り添って、長い年月を、見守って来てくれた、存在です」
黒内先輩は、どんどん饒舌になっていく。
よくわからないが、黒内先輩にある何かのスイッチが入ってしまったのだろうか。
「龍神様は、昔から、人々の前に現れ、願いを叶えてくれる、と言われて、います。それが100年に1度の出来事で、私たちが小学生の頃が、そのちょうど100年の周期に重なる時、だったんです。龍神様は、何でも、1つ願いを叶えてくれて、しかも、その代償は、何も、ないらしいんです。だから、私は、奈那ちゃんに、その龍神様に、お願いすれば、病気が、治る、かもしれないって、話をして、治ったはず、なんです。でも、私の記憶では、治ってない記憶、もあって」
止まらない黒内先輩の話。
「ちょ、ちょっと待ってください。情報量が多すぎて整理しきれないんですけど」
ヒートアップしていく黒内先輩を、世良が止める。
確かに知らない話が多すぎて、話が頭に入ってこなかった。
「あ、ご、ごめんなさい。テンションが、そ、その、上がって、しまって」
黒内先輩は、おずおずとうつ向いてしまった。
怒られた子犬のように小さくなる黒内先輩に、世良が慌ててフォローする。
「あ、いえ、大丈夫です。大丈夫なんですけど、えと、1つずつ、整理してもいいですか?」
「は、はい。も、もちろん、だ、大丈夫、です」
落ち着いたらしい黒内先輩に、世良はメモを取り出して質問をする。
「えっと、まず、その龍神様というのは、願いを叶えてくれる存在なんですよね?」
「はい。そ、そうです」
「それで、黒内先輩は、奈那先輩に、その龍神様に頼んで、病気を治してもらえばいいじゃないかと、提案したんですね?」
「そ、その通り、です」
黒内先輩が肯定する。
世良は、なるほどと言いつつ、あまり信じられていないようだった。
かく言う俺も、半信半疑で聞いていたが。
何でも願いを叶えてくれる龍神様なんて、聞いたこともないし、その願いを叶えるのに、何の代償も必要ないなんて、怪しすぎる。
美味しい話にはなんとやら、というのが、まさに当てはまりそうな話だ。
それを友達から聞かされれば、それ、騙されてるぞ。と言いたくなるに違いない。
「でも、小学生の子供なら、そんな話に飛び付いても不思議じゃないんじゃない? しかも、病気が治らなくて、落ち込んでいたら尚更」
「まあ、確かに」
藁にもすがる思いで、龍神様にお願いをするというのもわからなくはない。それは一種の神頼みのようなものだ。
一向に良くなる気配がなかったのだとしたら、そこに行き着くのも必然というもの。
だが、それよりも気になるのは。
「それで、奈那先輩の病気は治ったんですね?」
俺が確かめるために尋ねる。
ここが重要なポイントだ。
黒内先輩は、やや自信なさげな表情をしながらも、最後には頷いた。
「な、治った、はず、です。龍神様に願いを叶えてもらえたって、奈那ちゃんが、よ、喜んでいましたから。い、いつもは、クールな、奈那ちゃんが、はしゃいでて、可愛かったのも、覚えてます」
それは見てみたかったな。
奈那先輩は、無表情という訳じゃないが、感情を読み取らせない笑みを浮かべていて、そういう感情を露にした表情はかなり珍しい。
子供の頃の写真とか、そのうち見せてもらえないだろうか。
なんて、邪なことを考えていると、黒内先輩が沈んだ様子で肩を落とす。
「で、でも、それを思い出したのは、つい、最近です。それまでは、奈那ちゃんが、亡くなったことは、当たり前の、事実だったのに」
「なるほど」
つまり、俺たちの記憶にあるのは、奈那先輩が龍神様に願いを叶えてもらって、病気が治った奈那先輩ということだ。
しかし、俺たちは今、奈那先輩が龍神様に願いを叶えてもらえず、病気が治らなかったという現実に着面しているという訳だ。
「これって、つまり、私たちの知ってる過去が変わってるってこと」
「そう、なるか。それで俺たちは、変わった過去と変わる前の過去の記憶を持っているってことだ」
「そ、そう考えて、い、いいかもしれません、ね」
しかし、それからしばらく、誰も口を開かなかった。
口では言うものの、そんな訳がないと、どこか頭の中で否定しているのだろう。
ここまで話しても、普通に考えれば、俺たちが偶々、同じような夢を見ていただけ、という方が、まだ現実味のある話だ。
「と、とにかく、今日はもう、帰りませんか? もう、よ、夜遅くなってしまいました、し。私も、そろそろ帰ろうと、思っていたので、じ、準備はできてます、から」
時計を見れば、帰ったら確実に怒られる時間だった。こんな時間まで、女の子を連れ回して、何やってたんだ、と。
「そう、ですね。今日は、もう疲れました」
世良も同意見のようで、俺たちは早々に帰路についた。
◇◇◇◇◇◇
思いの外、黒内先輩の家は俺たちの近くだったので、黒内先輩と世良を家まで送り届けて、俺は自分の家への道を歩いていた。
空はもうすっかりと暗くなっていて、星が綺麗に見えている。
「本当に、何処に行っちゃったんだよ?」
奈那先輩に会いたい。
どうしてこうも、会いたいのか。
俺にはわからなかった。今の俺には、わからなかった。
俺の思い出していない記憶の中に、その答えがあるのかもしれないが、どうしてもそれを思い出すことはできない。
「後輩くんとの会話は本当に面白いね。本当に良い反応をするよ。仕方がない。君に良いものをあげよう」
良いもの。という単語に反応して、俺は振り向いた。
もちろん、そこには誰もいなくて、薄暗い街灯が光ってるだけだが、しかし、俺は鮮明にその場面を覚えていた。
奈那先輩は、小さなメモ帳に、何やらさらさらと文字を書いて、ピリッとそれを破ると、その紙を俺に渡してきた。
「私の連絡先。暇なら連絡してよ。私も暇なら出るからさ」
渡されたのは、携帯の番号が書かれた紙。
今時、紙で番号交換なのか、と思った記憶がある。
それでも、俺はその紙が異様に嬉しくて、すぐに電話をかけた。俺の番号を登録しておいてください、と。
「もちろん、いいよ。さて、そろそろ本当に帰らないとね。それじゃ、またね」
颯爽と帰っていく奈那先輩。
俺は何もない手のひらを見て、あの時の番号を思い出す。
「確か、これで」
携帯に番号を打ち込む。
呼び出し音が鳴る。
しかし、
「ただいまお掛けになった電話番号は、現在使われておりません」
無情な機械の声に、俺は電話を切った。
「そりゃあ、そうだよな」
俺は諦めて、家に帰った。
帰ればやはり、こっぴどく親に怒られたのは別の話。
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