【6】弱いから何をしてもいいんだ
街頭デモが激しくなる中、国会では慈たち青年部の母体である野党が、激しく与党を攻撃していた。
「そうは言ってもですね。国家予算には限りがあるのです。だいたい働くのに支障のない若者が、生活保護なんておかしいと思わないのですか」
「全く思わないな! ブラック企業に就職することはブラック労働を認めることだ!
政府は労働基準法違反の企業を放置するつもりか」
「我々与党もそういう企業を減らすように力を注いでいます。しかしブラック企業であっても、取引先があり、不十分なまでも従業員には給料を払っている。
強硬的な取り締まりで倒産するようなことがあれば、多くの関係者が困ることになる。性急な改革は社会を混乱させるだけです」
その言葉に野党が怒りをぶつけた。
「見たか! 聞いたか! 政府与党はブラック企業を取り締まらずに、違法労働を承認している! これが大企業中心のお前らのやり口だ」
「そうだそうだ!」
「貧困者に死ぬまで働かせるつもりか!」
「政府は役に立たない。我々の手で大企業から富を奪い返せ」
「お前ら政府与党。そして役人。大企業の不正蓄財は筒抜けだぞ」
「金持ちを吊し上げろ」
「いままで搾取されちきた人々に土下座しろ」
野党議員が与党を、資本家を口汚く罵る。国会は荒れ、審議は停滞する。
野党がけしかけた憎しみは底辺に伝わると、大企業は自らが目立たないよう、広告や宣伝を自粛していった。
顧客であるはずの多くの労働者が敵になってゆくことに、大企業はかねてから温めていた計画を、実行した。
それは野党が満足するものだった。
********
見たこともないような数の外国人が、空港や駅に集まっていた。彼らはツアーガイドのように旗を振られ先導され、貸し切りバスに乗り込む。
だが行先は観光地やホテルではなく、巨大な工場や、企業の研修センターだった。
労働力を移民に頼る計画は、政府与党もある程度容認していたのだが、企業の方が及び腰だったこともあり、遅々として広まらなかった。しかしここに来て、急速に増える外国人が、生活保護を頼る人々のかわりに、職場を埋めてゆく。
同時にマスコミを通して盛んに語られるのは『世界市民』という言葉だった。
国籍も人種も民族も関係ない。誰もが家族だ。だから外国人も当然のようにこの国に住むべきだ。反対する奴はレイシストだ。
「移民は政府与党が始めた政策だと聞いていたけど、違うの?」
「少子化や人手不足で政府を脅したのは僕たち野党だよ。政府は渋々了承したんだ」
尋ねる慈に、青年部の男子は誇らしげに答えた。
自分の理想を具現化出来たことが誇らしいと。
慈もその感動を共有したかった。
なのに。
「やっぱり、何かおかしいよ」
青年部の男女が不思議な顔をする。慈は言葉をつっかえながら紡いだ。
「たしかに政府や資本家は許せない。でも、外国人がこの国の労働を担うのがどういうことか。今まで私たちが助けた人は、生活保護を受け続けることなんか誰も望んでいないのに」
「どうしたの? 熱があるの」
「今日の慈は変だぞ」
心配し、不審がる青年部。慈でさえ、これが理想の具現した状態なのに、それを否定するなんて道理が通らないと思っていた。それでも言わずにはいられなかった。
「労働は社会と直結している。その労働を奪れた彼らは、才能や能力を発揮する機会を失っているような気がして」
「やっぱり変だな」
「今日は休んだらどう」
――――――――
彼らと別れ、晩秋の公園に慈はいた。
花壇の縁に腰掛け、石畳で舗装された静かな周囲を見渡していた。
「あいつ、最近見ていないな」
恢復は確かに最低最悪のレイシストだ。貧困者を嘲笑うクズだ。
でも、まるで違う考え方なのに、一方的に否定しなかった。理由があっての行動だと言った彼は、こちらの言い分を聞いてくれて、議論してくれた。
当たり前のことなのに、青年部ではすっかり忘れていた。
同じ目標に向かうみんなは、異論を唱えることは認められなかった。
恢復くんみたいな人がいるから、今日も戦う勇気をくれる。
目の前の幸せを手にするために、未来を犠牲にする。慈は今日も、努力系の小説やSNSやブログを潰すために、あの日焼けした畳の部屋で眠った。
********
かつて補助金の申請で助けた女子が血相変えて来たのは、慈の小さなアパートだった。青年部の男子女子が、既に集まっていた。
「補助金が打ち切りになっていたの。どうして? どうしてなの」
しかし男女は笑うだけだ。
「何がおかしいの」
そう怒りをぶつけるのに、青年部は笑うだけだ。
「俺たちが役所に密告した」
「お前、300万円持ってるんだってな」
「それは」
貯えがあっても補助金が受給できると聞いたから。黙っていれば誰にもバレないって言われたから。そんな慈を信用していたから。
「ねえ慈さん。そうでしょ。わたしは間違ったことをした? 国が勝手に決めたルールなら破ってもいいって慈さんが言ったんだよね」
そう突っかかられ、戸惑う慈から、女子が引きはがされた。
「黙れこの守銭奴」
男子がその女子の足を蹴飛ばして転ばせた。そして青年部の男女が彼女を部屋の隅に押し込め、暴力を奮った。
「困っているひとがたくさんいるのに、補助金詐欺なんて信じられなーい」
「そんな犯罪者は制裁が必要だな」
「申請したのはお前自身だ。別に俺たちは報酬は貰ってないからな」
「全てお前一人の犯行だ」
目を閉じ耳を塞ぎ、現実から逃れようとした慈。しかしそれでも悲鳴が連続して上がると、彼女はとうとう堰切った。
「みんなおかしいよ! この子みたいな人を守るんじゃなかったの? この子の未来のために助けたんじゃないの?」
「慈。お前いま何て言った」
すると、青年部の男女が今度は慈を取り囲んだのだ。仲間だったことをまるで忘れたかのように集団で凄んだ。
「こいつはすでに補助金を貰っている」
「助ける理由なんてないね」
「もう十分幸せな人より、もっと貧しい人に補助金は渡さないと」
「こんなのに味方するの? 信じられなーい」
そして、リーダーの男子が鈍い言葉を使った。
「おかしいと思ったら。反動勢力に毒されたか」
突然、慈は平手打ちを受けた。驚く慈を、周囲は攻め立てた。
「やっぱり貧困階層の出身者は信用できない」
「それなりの大学に通っていても、根本までは変わらないな。すぐに裏切る」
「貧しい人はみんな同じなのよねー」
「目先のことしか考えないから」
その言葉に慈の瞳孔が動きを止めた。
将来の理想より、今すぐの幸せが必要だって信じてたのに。
「お前がこいつを総括しろ」
男子が渡したのは、伸縮式の特殊警棒だった。
それを使えと、部屋の隅に追いやられる。
「これは暴力ではない。曲がった心を正す教育だ」
恐怖と痛みに震える女子が、何度も命乞いをする。
慈の手が動かない。
「ああ。もういい」
男子は警棒を取り上げると、慈に打ち付けたのだ。
ひとしきり悲鳴が上がると、男はそれを床に投げ捨てた。
「総括は楽しいもんだな」
さあ、お前の番だ。
狭い自室で仲間のような何かに取り囲まれると、慈は雄叫びとともに警棒を打ち付けた。腕に伝わる衝撃に際限はなかった。
――――――――
血が飛び散る部屋で、慈は息を切らせていた。
ドアが開き、数人が土足で上がり込んできた。
言葉の通じない外国人に、青年部の男子がその国の言葉で会話する。
誰も翻訳は求めていなかった。
倒れて痙攣する女子を手早く麻袋に詰め込む外国人に、慈は驚いた。
「何をしてるの? この人をどうするの」
その光景を眺めながら、青年部の男子は言った。
「世の中には困っている人がたくさんいる」
「そうそう。臓器移植が必要な人とか」
聞こえたのか、麻袋の中が暴れている。
「そんなことが」
慈は外国人を止めようとした。しかし彼らは彼女を突き飛ばし、あっという間にアパートから出てゆく。追いかけたが、ワゴン車を止めることなど叶わなかった。
――――――――
壁紙に血痕が飛び散った部屋に、慈は一人残されていた。
いまの体の痛みの数十倍が、他人に与えられたのを思い出し、慈は強がって立ったままだった。その痛みを、あの女子は既に感じることがなくなったと思うと、それでもここで倒れるなんて出来なかった。
思い出すのは、なぜか恢復の笑顔だった。
「恢復くん助けて。わたしを助けて」
自分でも解らず、その名を呼び続けた。
********
その恢復はひとり、部屋に籠っていた。
コンビニ弁当も買うことが出来ず、スーパーで半額で漁った食パンを少しづつ食べる。次の仕送りはまだ先だった。
底辺アルバイトに加担することは、底辺を底辺のまま固定させる奴らを認めることになる。底辺が底辺のまま居続けるのを認めることになる。
命を投げ出す覚悟があれば、絶対に抜け出せることを、あいつらに教えたい。
そのとき、スマホにSNSが着信した。
ついに特定されたのか。
薄目で画面を覗く恢復が、驚いた。
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